木梨雄介はオカルトを信じない

マギウス

第1話 オカルト研究部の日常

「信也! これ!」

「おお、よく見つけたな、璃愛りあ!」


 俺は、ちらりと顔を上げた。制服を着た二人の男女が、仲良く肩を寄せあってソファーに座っている。誰が見ても、微笑ましい高校生カップルだと言うに違いない。


 二人が座っているのは、ぼろぼろになったビニール張りソファーだ。に金を取られ、うちの部は常に財政難に苦しんでいる。


「これなんて言うんだっけ! ええと……」

「オーブだ、オーブ! 近くに霊が居る証拠だ」


 二人は、テーブルに並んだたくさんの写真を見て盛り上がっていた。そこには、深夜の高校の廊下を進む、四人の生徒が映っていた。それに加えて、彼らの言う『オーブ』、ぼんやりとした小さな光の玉が宙に浮かんでいる。


 俺は机の上の技術書に目を落とした。騒音さえ我慢できれば、何故かエアコンが付いているこの狭い部室は、読書に最適だ。今みたいな真夏には特に。


「雄介! 見てよ雄介!」


 俺を呼ぶ声を、あえて無視する。ぺらりとページをめくると、数式がずらりと並んでいた。初めて見る理論に、俺の胸は高鳴る。


「雄介ってば!」


 ぱたぱたと近寄ってくる足音のあと、肩を持ってがくがくと揺らされた。仕方なく顔を上げる。


 目の前に立っていたのは、茶髪をツインテールにした幼げな少女だ。いや、俺と同じ高校二年生のはずなのだが、どう見ても小学生、よく言っても中学生。頬を膨らませた子供っぽい表情をしているから、なおさらそうとしか見えない。


「下の名前で呼ぶなと言ってるだろ、神楽坂」

「あっ名前で呼んでって言ってるじゃない、雄介!」


 ほとんどオウム返しのような台詞が返ってきた。皮肉で言ってるのかと思ってしまうが、単に人の話を聞いていないだけだろう。


璃愛りあ! あたしの名前は璃愛だから! 忘れないでよー」

「いや、忘れてるわけじゃないからな?」


 忘れるも何も、ついさっき山川に呼ばれてただろ。本気で言ってるんじゃないよな、とちょっと不安になってきた。


「とにかく名前で呼んでよね!」

「分かった」


 俺は、ぱたんと本を閉じる。


「じゃあこれからもずっとお前のことを苗字で呼ぶか、もしくは二度とお前と会話しないか、どちらか好きな方を選べ」

「え、え? うーん……?」


 真剣に悩みだした。まずは選択肢の再検討を要求した方がいいと思うぞ、神楽坂。


「あっ、そんなことより、これ見てよ雄介!」


 目の前に掲げられた写真は、山川と神楽坂の二人がアップで写っていた。二人の顔のちょうど中間に、大きめの光の玉が浮いている。


「ほら、これ絶対、あの……」

「オーブ」

「そうそう、それだよね!」


 山川に補足されながら、神楽坂はドヤ顔で言った。いい加減用語ぐらい覚えろよ。

 俺はため息をつきながら言った。


「オーブと言うのは、宙を舞うほこりが光を反射したもので……」

「まあ待て、木梨」


 山川が口を挟む。女子人気ナンバーワンらしい(神楽坂から聞いた)端麗な顔に、気障っぽい笑みを浮かべている。


「これはいつもと違ってちょっとすごいぞ。見てみろよ」


 手招きされて、俺は仕方なく立ち上がる。


 山川は、何枚かの写真を横に並べていった。近くにいた神楽坂が、廊下の奥に走っていくシーンだ。カメラは、それを追うように九十度近く向きを変えている。


 奇妙なことに、どの写真でも光の玉は神楽坂の顔のすぐそばに位置していた。大きさは変わっていない。これが本当に宙に浮かんだほこりだとすると、極めて確率の低い偶然だということになるだろう。


「な? どう見ても、ただのほこりじゃないだろ? 寂しがり屋の霊が、璃愛を追いかけてるんだよ!」


 だが俺は、すぐに否定した。


「いや、これはレンズに付着したほこりだろう。追いかけているように見えるのは、カメラも神楽坂を追ってるから、単に両者の相対位置が変わっていないだけだ」


 写真の上下を揃えて重ねながら並べると、光の玉の高さがほんのわずかにも変化していないことが分かる。左右の位置も同様だ。


「ほらな」

「ありゃー」


 山川は首筋をかきながら苦笑いする。こいつは重度のオカルトマニアだが、科学的な思考を否定したりはしない。


「どういうこと?」

「つまりね……」


 神楽坂への説明は山川に任せ、俺は席に戻って読書を再開した。部活をさぼっていると言われればその通りだが、基本的には参加自由だしな。


 オカルト研究部。それがこの部の名前だ。心霊スポットを巡ったり、怪談に関する文献を調査したり、わりと真面目に活動している。部長が熱心なおかげだ。


 つい最近できた部で、メンバーは二年生ばかりが五人。部長以外の四人は、副部長の神楽坂が勧誘して集めたため、全員同じクラスだ。


 俺も神楽坂に無理やり誘われたクチだ。新しく部を作るには五人必要だから、まあ数合わせみたいなものだったんだろう。

 とは言え最近では、俺も『超常現象を科学的に解明する』ということをそれなりに楽しんでいる。部長の山川も、そんな俺をさせようと意気込んでいるようだ。


「ねえ雄介」

「なんだ」


 名前の件については諦め、俺は素直に返事した。


「今日加藤君来てた?」

「来てたぞ。途中からは」


 今日は居ない部員のうちの一人だ。サボり常習犯で、学校に全く来ない日もある。俺と同じくオカルトには縁が無さそうだが、何故か部活動だけは熱心だ。


「そっかー」


 俺は神楽坂の顔にちらりと目をやった。人差し指を口元に当て、何事か考え込んでいる。

 その悩ましげな表情を見て、思わず眉を寄せてしまった。なんだ、二股か?


 まあいいか。俺は再び目を落として、自分の世界に没頭した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る