第8話 決着と決着

「……うまかった」

「えへー」


 神楽坂がふにゃりと笑う。


 テーブルの上には、空になったカレー皿が二つ並んでいた。昨日作って一晩寝かせたらしく、コクがあって非常に美味しかった。家のカレーとは味がだいぶ違ったが、それもまた新鮮でいい。


「いいお嫁さんになれそう?」

「え? あ、まあ、そうだな……」

「やったあ!」


 不意打ちの質問に、しどろもどろになりながら答える。神楽坂はえらく喜んで、勢いよく立ち上がった。


「片付けてくるねー」

「早く帰ってきてくれよ」

「うん!」


 鼻歌を歌いながら部屋を出ていく。俺は何となく落ち着かない気分になって、頬をぽりぽりとかいた。


 もうすぐ夜の八時だ。俺の推測が正しければ、八時頃には『鈴の音』が鳴るはずだった。二人で協力して、今日こそ正体を暴くつもりだ。


 もう四時間以上、神楽坂と二人で居るんだな、とふと気が付いた。今までに、こんなに長時間誰かと会話した記憶はない。俺がよく分からない話題でも面白おかしく話してくれて、飽きずに聞いていられる。一種の才能だな。


 ……まあ、才能がどうとかいうだけじゃないよな。単純に、俺が、あいつの話を聞くのが楽しい。一緒に居るのが楽しい。そういうことなんだろう。


 遠くの方からぱたぱたという足音が聞こえてきて、俺は思わず顔を引き締めた。いや、にやけてなんか無いぞ……多分。


「まだ鳴ってない?」

「ああ」


 戻ってきた神楽坂は、ベッドの上にぽすんと腰を下ろした。


「恐らく……」


 あと十分か十五分以内だ。

 そう言おうとした直後に、りん……という小さな音が鳴る。

 鈴? いやベルの音? 俺は体を強張らせて、意識を聴覚に集中させた。


 再び音が聞こえた。あそこだ!


「ひゃ!?」


 神楽坂を押しのけてベッドに乗る。壁との隙間に手を差し込むと、堅い感触があった。俺はそれを掴み上げた。


「……そういうことか」


 手の中にあったのは、小さなデジタル時計だった。りん、という頼りないベルの音が、もう一度だけ鳴った。『鈴の音』の正体は、こいつのアラームだったわけだ。


 ほとんど消えかけている表示板には、午前六時が表示されていた。電池が無いせいで、時間がどんどん遅れていったのだろう。だから、音が鳴る周期もだんだん長くなっていたのだ。


「お前、この時計のこと忘れてたんだろう。多分、床に落ちた時にたまたまアラームのスイッチが入って……」


 横を向くと、唖然とした表情の神楽坂と目が合った。その頬は、何故か赤く染まっている。


「え、と……」


 神楽坂は困惑したように呟いた。その時になってようやく、ベッドの上に二人で並んで座っていることに気が付いた。……待て待てこれはまずい!


 謝罪の言葉が口から出るよりも、相手の行動の方が早かった。俺の方に体をずらし、目を閉じた顔をわずかに持ち上げ……


「なんでそうなるんだよ!?」


 俺は、肩を掴んで揺さぶりたい衝動に襲われた。いやまずい。その行動は余計にまずい。


 目を開けた神楽坂は、唇を尖らせて言った。


「……えー、ここまでしといて、そういう反応?」

「い、いやこれは不可抗力でだな……」

「あっ、でもその前に、ちゃんとあたしと付き合うって言ってよー」


 何の前だ。いやそれよりも、


「待て! そもそもお前、山川と付き合ってるんじゃないのか?」

「付き合ってなかったら、オッケーしてくれる?」

「いや、それは……」

「じゃあ教えない」


 ぷい、と顔を背けられ、言葉に詰まった。


「……だめなの?」


 不安そうな表情で、上目遣いの視線を向けられる。至福と苦痛の中間のような感情が、俺を襲った。


 絞り出すように、俺は言った。


「……俺と、付き合ってください」

「やったー!」

「うわっ!」


 がばっと抱き着かれ、慌てて肩を掴んで押し返した。だからここでそういうのはまずいって!


「……山川とは何ともないってことでいいんだよな」

「ないよー。信也、アニメの女の子にしか興味ないし」

「そうなのか……」


 全然知らなかったな。いかにもモテそうなのに、人は見かけに……。


「もう、他のこと考えないでよー」

「必死に気を紛らわせようとしてるんだよ!」


 肩に触れてるだけで辛いんだからな! こら近づこうとするな!


 すると、急に抵抗をやめた神楽坂が、俺の目をじっと見ながら言った。


「今日は……泊ってく?」

「泊まるわけないだろ!」


 俺は悲痛な声をあげ、ベッドから降りた。

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木梨雄介はオカルトを信じない マギウス @warst

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