四話 私は故郷を捨てたのだ
『捨てる、という行為は、
別に悪いことではない。
ただ、何かを、誰かを、
悲しませることがある。
私は故郷を捨てたのだ。』
日付が変わって、二十分ほど経ったときのこと。
私は、ただ歩いていた。
後ろには、私を
二十分ほど前に、私の故郷は名も知らぬ竜に屠られたそうだ。
竜はーー信じられないかもしれないけれど、
私のもとへ訪れた少年は、何故かそんなことを知っていて、その少年は私だけを救って
謎ばかりで、私もなにがなんだかわからないけれど、私が今生きていることは確かだ。そんな私は、家族のこと、友達のことなどを悶々と考え、ひとしきり罪悪感に駆られた後に、歩いた。
とりあえず歩いた。
現実逃避なのかもしれない。故郷から少しでも離れたかったのかもしれない。
いずれにせよ、私は歩いたのだ。
終始無言で先を歩く私に、少年は何も言わず従った。
東へ。ただ歩いて、身体も疲れ切らそうと考えた。身体は心に合わせた方が、楽なのだ。
俯いて歩いていたとしても、発見は止まらない。
石畳がリハナルータのように整備されている道があれば、荒い石畳の道もあり、草が刈られただけの土で出来た道もあった。
道が整備されていても、そして同じ道でも、何かわからない動物の糞があったり、割れたランプの欠片だらけのところがあった。綺麗に水洗いされたあとのある道もあった。
ふと顔を家々に向けても、違いはもはや必然的にというようにあった。
緑、赤、薄青、茶などと色とりどりな扉の家があれば、簡単に泥棒に入られてしまうような、まるで大きな箱といえるような家もあった。立派なレンガ造りの家、お洒落な木の家は見ていて気持ちが良かったけれど、厚い紙で出来た家、小さな脆そうな家にはしっかりと目を当てられなかった。
リハナルータだけで育った私が、見たことの無かった風景を目にして、それだけで私は落ち込んだ。家族、友達、知り合いを見捨てた私にそれは、どうもきつかったのだ。運とか教養とか、そんなもののせいではないものから、これまでに無かった心情が生まれた。
どれだけ熱心に歩いても、傷ついても、時は流れて日が昇った。その頃には、私も少年もクタクタで、疲れきっていた。
リハナルータから何時間も歩き続けてたどり着いたのは、テイトと看板に書かれた小さな村落だった。
地面はすべて土で、そこら中草で茂っていた。粘土でできた家々が並んで建っており、村落の奥のほうに大きな屋敷ーーそれでもキアの家のほうが大きかったーーが建っている。小さな田畑も目立ち、色とりどりの野菜や果物も美しく実っていた。
朝早くなので、外に人の気配がない。もう起きているようなオーラを醸し出している家はいくつかあったけれど、誰も家を出ない。
村落の中心に、寂れた広場があった。スペースはあるのだけれど、長い間使われていないようだった。
私はそこで立ち止まり、少年に座ろうかと言った。
少年は私の小さな言葉に頷いて、近くにあった大きな丸太に腰を下ろし、私に隣に座るようジェスチャーした。かなり眠たそうな表情だ。
大きな丸太の上の、少年の隣に腰を下ろして一息をつく。とにかく疲れた。
上に広がる空を見上げると、西の方の藍色から明るい水色、そして白にかけてのグラデーションが恐ろしく美しかった。雲は空の端っこの方で、申し訳なさそうに佇んでいた。
隣を見ると、少年が大きく口を開けて眠っていた。呆れることができるほど、私はこの少年について知らない。名前も知らない。なんにも知らない。だから今は、その寝顔をなんの他意もなく眺めることができた。
私だって寝たかったけれど、村落の人が出てきたときのため、しばらく私は睡眠を我慢することにした。
どれくらい経っただろうか。太陽が出てきた位置と一番高くなる位置の間くらいで輝いたいたとき、やっと人を見つけた。
私達がいる広場から、ギリギリ見えるところに位置する家の扉が開いたのだ。
その扉から、ややスタイルのいいお姉さんが出てきて、伸びをしていた。
このままだと、家に戻ってしまう。そう思った私は、少年を大きな丸太において駆け出した。
石畳に比べて柔らかい土の上で、私は全力ダッシュをする。足をひねりそうになったけれど、頑張って地面の凸凹には対応した。
そしてーーたどり着いた。スタイルのいいお姉さんは突然走ってきた私に驚きの表情を見せたが、私を見たときのその表情に変に嫌がっている色は見えなかった。
「ど……どうされました?」
息のきれた私にお姉さんは問いかける。
ぜいぜいと、私は答えるのに時間を要した。
「あの……この村についてぇ……」
「えっと……無理して話さなくてもいいわよ。でも、今外で話すのはまずいわ。私の家に入りなさい」
なにかしらの理由により、外に出るのはまずいようで、お姉さんは家の扉を開けた。
「で……でもっ、もうひとり……」
そう私は言って、広場を指差した。
一瞥したお姉さんは理解したようで、家の扉を開いて誰かを小さな声で呼んだ。
するとお姉さんの家の中から、すらっとした背の高い男性が出てきて、お姉さんからなにかを聞いた。男性は頷くと広場の方へ向かっていく。
「さあ、あの少年はあの人に任せて、あなたは家に入りなさいな」
不安なこともあったけれど、お姉さんが私の背を押して家に導いたので、私はそのお姉さんの家にお邪魔することにした。
この国を、私が救います 芹意堂 糸由 @taroshin
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