三話 心なしか、空は明るく
『心なしか、空は明るく。
少年は、私の前を歩く。
私は、全てを見捨てて。
育てられた街を離れる。
私はどうなるのだろう。』
私は少年に
別に私の意思ではない。
貧困層が富裕層に指図された、そんな感じだ。
少年は私を家の外に出すことに成功しても、表情と目の色を変えなかった。先ほどと同じの、男の子らしい微笑みを浮かべていた。
「さて、と。どこ行こうか」
突然の少年の言葉に、我が耳を疑う。
どこ行くかって、私が一番ききたいに決まってるでしょ。
「は、はぁっ?」
やばい、声が出てしまった。せっかく冷静でいようとしているのに。これでは少年に舐められてしまうのではないか。
「だ、だってよ、俺たちの目的はこの街から出ることだから……」
この少年の言っていることもわかる。だがあまりにも無責任ではないか。私を連れてこの街を出るなら、それなりの計画が欲しかった。
私と少年との間に、ちょっとしたムードが訪れる。
しかし、いつまでも怒っていても仕方ないので私は、少しの間黙ったあとにせめてものフォローとして小さくつぶやいてみた。
「〈森〉のほう、行ってみたいなぁ……」
森、というのはいわゆるニーアン王国の東端に位置する、自然が豊かな地方である。私が暮らす(暮らしていた)リハナ
ルータは王国の中央北に位置しており、少し遠い。大きな大人でもその森へは、歩いて1ヶ月はかかると聞いていた。
「フォレストライン……?」
「そうそう、フォレストラインがあるところ」
「たしかに行ってみたいなぁ……」
少年はため息をついた。遠い、そう思っているのだろう。先ほど少年が訊いた、フォレストラインとは黄金の大樹であり、ニーアン王国で最も大きく、年寄りの生物として知られている。なんでもフォレストラインには魔法がかかっているとかなんとかで、今では王国屈指の観光地になっているらしい。
「行きたい……?」
少年のかわいらしい黒い瞳孔が私を見る。
行きたい、そう言うしか道がないように思ってしまう私はおかしいのだろうか。
「……うん」
私の家の玄関の前にいる私達の周りを、小さなつむじ風が舞った。まるでどこかのファンタジーの中のようだ。
「じゃあ、行こうか。フォレストライン目指して」
少年は高く宣言すると、右手を私に差し出した。よろしく、という握手を求めているのだろう。
「よろしく」
「ああ、よろしく」
まったくもって、おかしな話だ。
おかしな少年についていく私も、どうやらおかしい少女らしい。
そう思うと、自然と笑いがこみ上げてきた。
あははっと、声をあげて笑う。
少年は一瞬驚いたように目を大きくさせたが、私が笑っているのだとわかると、一緒になって笑った。
二人の笑い声がおさまり、つむじ風がどこかへ去っていった頃、私達は進み始める。
家と反対方向へ歩いた。
途中で寂しくなって、後ろを振り返ったとき、私の大きな家はいつもより大きく見えた。
そして、次の角で見えなくなった。
明日、本当にこの街は滅ぶのだろうか。
少年が言っていたことが本当だとして、私の判断は正解なのか。
私は、家族を、友達を裏切っているのだろうか。
たくさんの考えが頭をよぎり、私は自然が下を向いて歩いていた。
少年は、そんな私をわかってか、ずっと黙っていた。
私達がリハナルータを出ても、日付が変わるのはまだまだのようだった。
リハナルータを出て、小さな町をいくつか歩いた。
どこもリハナルータより石畳があらく、リハナルータの歩きやすさに気づいた。
途中、少年が大きな噴水のある町で休憩しよう、と言い、私も賛成した。
二人で、噴水の隣に小さく設置されていたベンチに並んで座った。
「そろそろ」
少年は短く言い、私を見やる。
どこかその顔には、真剣さが見て取れた。
「そろそろ……って?」
「日付が変わる」
少年は噴水の真ん中にお洒落にあった時計を指差した。
時計は、私に「あと三十秒足らずで日付が変わりますよ」と伝えた。
三十秒近く待って、そして日付は進んだ。
そのときだった。
空をーー噴水のさらに上を、大きな竜が羽ばたき、通り過ぎていった。
まるで木を燃やしているような色をした竜は、私達のはるか上を行き、そして私達がやってきた方向へと去っていった。
「今の……竜?」
私は少年に問いかける。
少年は無表情で、私にうなずいた。
「あの竜はこれから、君の街リハナルータを屠る」
少年の声が私の頭に衝撃を与えた。
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