本日もササヤカながら
黒渦ネスト
〈序〉なぜだか
「……で、仕事のことが頭から離れない、と」
「そうなんです」
「ふぅん。ほんとに一時も?」
「はい。寝ても覚めても頭の中が仕事、仕事で」
――なんでこんなところに来てしまったのだろう。まだ仕事の途中だったのに。
ササカワは、ちらりと腕時計に目をやり、目の前に座る男に視線を戻した。
初対面の人間の前だというのに、眠そうな顔の男は机に頬杖をついたまま、しゃべりにくそうに口を開く。
「なるほどね、『カイシャニンゲン』ってなわけだ。大変だねぇ」
間延びして抑揚に欠けた言葉の羅列に、ササカワは返事をしそびれた。
今夜も、もう何日続いているかわからない熱帯夜だ。確かにダラけても仕方ないかもしれない。……しかし、それにしてもダラけすぎではないか?
まるで実家の縁側で寝こける老野良猫のような奴だな。ぱっと見た感じでは、自分とさほど変わらないくらいの歳だろうに。
何とはなく、そう思う。
「じゃあ仕事に身も心も捧げてるってことかぁ。会社にとってみりゃ、貴重な人材なんじゃないの?」
もしかして持ち上げてくれようとしているのだろうか――とは、残念ながら露ほども思わせない見事な棒読みだ。まったくもって、うっかりこのガタガタする椅子に尻をつけてしまった数分前の自分に腹が立ってくる。
何が占い師だ!!
こいつが!?
とても信じられない!
駆け出しでも、もうちょっとまともに接客するものじゃないか?
しかも信じられないことに、この夏の夜気に溶けかけたダラけ男を、崇拝すらする依頼者が存在するのだという!
現に、隣の部署の何とかいう女子社員も、一回占ってもらっただけで心酔してしまったらしい。
ササカワは、信者は彼女一人だけなのではないかと思いたくなってきた。
もし本当に目の前の男が迷える人々を救うカリスマ占い師なのだとしたら、世の中、意味不明なものが流行るのも仕方ないのかもな……としか言いようがない。
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