〈2〉占われた一日・午前 1
ササカワは目を覚ました。
見慣れたいつもの朝、ぴったり5時半。
外は見事に晴れており、じっとりと汗ばむ熱が既に伝わってくる。
朝が苦手だったはずなのに、もう目覚ましが鳴る寸前に止める器用さも身についた。
昨日と同じように、テレビの電源を入れる。画面の中では昨日と同じキャスターが、昨日と同じような顔で昨日と同じようなニュースを読んでいる。
無意識に冷凍庫から食パンを取り出し、トースターに放り込んだところで、ササカワはふと思い出した。昨晩、ちょっとした気の迷いからなぜか手にすることになってしまったモノが、鞄の内ポケットに入ったままになっていることを。
今日の、占いか。
「開けて、みるかぁ……」
まだエンジンがかかりきっていない頭を小突いてぼそぼそとつぶやき、ササカワは小さな封筒の端を切った。
中には封筒とほぼ同じサイズのカードがきっちりと収まっている。
あまりにもぴったりなサイズのため、振っても引っ張ってもなかなか出てこない。
ただそれだけのことに苛ついている自分に気づき、余計に腹が立つ。
……いや、違う。
これは、昨日のあのダラけ占い師が余計なストレスをかけたせいだ。そうに決まってる。
きっと、自分のリズムが狂ったか何かして、よく眠れなかったに違いない。
封筒の切り口に八つ当たりしてようやくカードを出してみると、そこには跳ね上がるような角張った癖字で、こう書かれていた。
「今日のラッキーアイテム
シシトウのてんぷら」
シシトウのてんぷら!
ササカワは、呆れた。
何かを期待していたとは絶対に認めたくなかったが、思わず脱力した。
シシトウのてんぷら!
一人暮らしも7年が経つが、家でてんぷらを揚げたことなど幾度もない。その自分が、シシトウのてんぷらを今日中に食べれば、何かいいことでもあるのだろうか?
トースターからぷんと芳ばしい匂いが流れてくる……いや、芳ばしいというには苦すぎる匂いだ。
しまった! 焦がした!
何がラッキーアイテムだ、朝から損をしたじゃないか!
眼前に、昨晩の占い師の半眼の笑いがちらつく。
焼けすぎたパンに負けず苦い顔をして、ササカワはバターをいつもより多めに塗り、新聞を読み始めた。
(シシトウのてんぷらか……そういえばオフィスのすぐ向かいにてんぷら屋があるな。あそこの天丼ランチ、シシトウ乗ってたよなぁ……)
気がつくとテレビは天気予報が終わり、コマーシャルになっていた。そろそろ占いコーナーに入るところだ。
ササカワは慌ててリモコンを押し、着替えをすませ、いつもより3分遅く家を飛び出した。
いつもの電車にぎりぎりで駆け込むと、大急ぎで一日のスケジュールを確認し始める。
会社に着くと、未読メールが50件以上待ち構えていた。
昨夜の分が残っているからなぁとため息をつき、いつものように仕事に取りかかる。
慌ただしい朝だ。つくづくツイてない。
昼飯は天丼にしてやろうか、などと考えていたが、そもそも食べに行く時間がなさそうだ。
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