〈3〉占われた一日・午後 2

 会議は次から次へと長引き続けた。

 ササカワはその間のわずかな時間を使い、憤怒の勢いで仕事に噛みついていた。


 今日はどうも流れが良くない。このままでは、また仕事を残したまま帰る羽目になってしまう。

 とかく仕事に関しては完璧主義気味であるササカワにとって、これは許し難い状況である。なのに、今日はいちいち思考の片隅からちょっかいが出る。

 ササカワは、今日ほど生真面目でシングル・タスクな自分の脳を恨んだことはなかった。


 こうなったら、何とかして日付が変わるまでにシシトウのてんぷらを食べてやる。そして、邪魔ばかりする占い師に、サギ師のレッテルを堂々と貼りつけてやるのだ。

 そうでもしないと、あの白いカードが目の前から消し去れないような気さえする。


 てんぷらは、シシトウ程度ならフライパンで揚げられるらしい。ならば、帰りに天丼屋に寄ってメニューを見、シシトウがなさそうなら買って帰って家で食べればいい。




 予定されていた全ての会議が終わったのは、既に19時近かった。

 ササカワはもう、何とか最低限のことを終わらせてオフィスを出ることだけ考えていた。多分、傍目にも異常なほどの焦りようだったのではないか。


 20時半をまわったあたりで、ササカワは限界を迎えた。

 奇しくも昨日、件の占い師にうっかり出会ってしまった時間。


 明朝、重要な順番に手がつけられるように書類をきちんと重ね、ササカワは席を立った。


「部長。本日、ちょっと野暮用がありまして……すみませんが、お先に失礼いたします」


「おや、ササカワくん珍しいな。もうアガリか?」


「え、ええ、今日中にどうしても片付けなきゃならないトラブルがありまして」


 ウソはついていない。

 ウソはついていないが、たかがインチキ占いのために、仕事を放り出す後ろめたさはある。


「ん、どうした。体調が悪いならそう言えばいいじゃないか」


「いえ! そういうわけでは」


「早く帰りたまえ。いいじゃないか、明日の仕事は明日やれば」


「あ、ありがとうございます、失礼します」


 部長が部下の体調を気遣っている図なんかの方がよほど珍しい。そう思いつつササカワは、無意識のうちに頭を小突いていた手を勢いよく後ろにまわした。

 早く退散した方が吉だ。

 パソコンをしまい、鞄を抱えて、ササカワは大股にオフィスを出た。


 同僚が奇異な目で見ていたように思い振り向いたが、意外なほどに人の姿がない。この時間にもなると、あまり人が残っていないのだ。


 ササカワの勤務会社の定時は18時である。

 ただでさえ業界全体が冷え込んでいると言われる昨今、何時間単位で残業をする者はそういない。

 さらに思い返せば、先日総務部から「残業申請書には上長の印をもらった上で、詳細な理由を添付のこと」というお達しが出たばかりだ。なんでも、社員の平均残業時間が長いとブラック企業と見なされ、いろいろとマズいらしい。


 毎日のように深夜まで居残りながら、ササカワはそんなことに今更気づいたのだった。

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