〈4〉占われた一日・夜 1

 オフィスを出たササカワは、点滅する信号を見て交差点の対岸に走った。何をそんなに慌てているのかと、自分にツッコミを入れながら。


 渡り切ったところには、昼間入りそびれた天丼屋がある。

 心拍数が勝手に増える心臓に腹を立てたが、それも一瞬。

「本日臨時休業」

の無慈悲な貼紙がササカワの疑心を確信に変えた。


 あいつは、疫病神だ。


 自分は、何か悪い「気」の流れのようなモノに巻き込まれてしまった。

 そして、厄を落とすためにシシトウのてんぷらを食べなければならないのだ!


 オフィス最寄りの駅近くには、ファッション専門店がひしめく駅ビルの他は洒落た雑貨屋と花屋しかない。

 駅の反対側に出れば確かコンビニが二店あるが……ササカワはその記憶を無視し、電車のホームに駆け上がった。コンビニの近くには疫病神の仕事場があるわけで、そちらに足を向けるなどというおぞましい事は絶対にしたくないのを全力で自認したからだ。


 降車駅から自宅までには、コンビニとスーパーが一店ずつある。必ずどちらかで買えるはずだ。そう自分に言い聞かせつつ乗り込んだ電車の中は、予想外に混んでいた。

 いつもなら、一日の反省や後悔に始まり、明日の会議の仮想シミュレーションを繰り返したりする貴重な時間。それを、あの占い師にいかに劇的に再会していかにショックな言葉を投げ付けてやろうか、などと考えることばかりに費やしてしまったことに、ササカワは我ながら驚いた。




 ササカワの家は、急行の停まらない小さな駅にある。

 途中駅で急行から各停に乗り継ぎ、結局のらくら占い師をヘコませるのは至難の業だという結論に達し、いつものようにホームの階段ピッタリの場所で電車を降りた瞬間。


 ササカワは、異様な悪寒に襲われた。


 まさか、この時間にスーパーが開いていないなどということは……!


 腕時計に目をやると、表示はちょうど22時。

 閉店の曲が流れ、シャッターが閉まっていく光景が目の前に浮かび、ササカワは咄嗟に走り出した。走ってどうなるわけでもない、とはわかっていたが。


 折しも外は今流行りのゲリラ豪雨という状態で、疫病神の本領発揮といったところだ。

 ササカワは思いっきり眉根に皺を寄せ、鞄を小脇に抱え直し、雨の中に猛然と突っ込んだ。

 突然の雨に駅舎へ戻ろうとする人の間を摺り抜け、ササカワは駅前の歩道橋を駆け上がる。


 階段を上りきらないうちに、くたびれた革靴も半袖のワイシャツもびしょ濡れになり、下りきらないうちにグレーのズボンも水を吸って重くなる。前髪が瞼にちくちくと張り付いてうざったい。


 ツイてない、ツイてない!

 まったくもってツイてない!!


 雨粒を弾き飛ばすほどの勢いで無言のうちに毒づき、ササカワはぐんぐん近づくスーパーの看板を睨んだ。

 無駄に広い駐車場を横切ったところで思わず前髪をかきあげたのは、スーパーの出入口に、雨止みを待つ人がたくさんいたからだ。


 もう一度看板をよく見ると、「朝9時から夜24時まで営業」の文字。

 ああ、やはりシシトウを食べる運命にあるらしい……!


 あからさまに乱れた息をなんとか整え、文字通り水を被ったような髪を撫で付け、鞄と顔と両手の水滴だけ申し訳程度にハンカチで拭うと、ササカワはまっすぐ野菜コーナーに向かった。

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