第5話 彼の家

「たーだいまー…って誰もいないんだけどねー。あ、ちょっとそこでまってて!」


 來はそう言うと部屋に入っていった。

 どうやら家には誰もいないらしい。

 誰もいない彼の家に夜にお邪魔して大丈夫なものか…。

 私は少し不安になった。


「ごめんね、上がって上がって!」


 來に招かれるまま私は彼の部屋に上がらせてもらった。


「今日は父さんも母さんも仕事でいなくてさ。きっと2人とも帰り遅いし、1人っ子だから兄弟に茉莉の事バレたりすることもないし!のんびりしてってよ。」


「う、うん、ありがと」


「ちょっとお茶入れてくるね!そこら辺のマンガ読んでていいから!」


 來はそこ言葉を残して部屋から姿を消した。


 彼の部屋には無駄な物は置いておらず、白と黒を基調としたシンプルな部屋だ。マンガ、小説が数冊並んだ本棚。白と黒のシマシマベット。彼のものと見られるノートパソコンが机のうえに置かれている。壁には部活の時に撮ったと思われる弓道部の写真が飾られ、その下には弓が立てかけられている。


 これが男の人の部屋かー。

 初めて入る異性の部屋に、私は少しだが心踊らせている。


「緑茶でよかったかな。」


 來はマグカップを両手に持ち、器用に足を使ってドアを開け部屋に戻って来た。


「あ、うん。ありがと。」


 彼は私の目の前に猫のマグカップを置いてそのまま横に座ってきた。


「あの、近いんだけど。」


「いいじゃん近くにいるくらい!彼氏なんだからー。」


 あ、來が犬だ。

 ほんと、人の目につかないところになると急に犬になるんだからこいつは。


「ねぇー茉莉ー?」


「なに」


「なんでもなーい!呼んだだけ!」


 なんだこいつ。


「ムカつくような事言わないで」


「…ごめんなさーい。」


 え、ちょ、極端すぎるでしょ。

 來は眉を歪めて謝った。どうやら茉莉に叱られてしょげているらしい。

 極端すぎてこれじゃ調子が狂ってしまうなぁ…。


「あのさ來?」


「な、なに?」


「私と付き合ってて楽しい?」


 私が内心気になっていたこと。

 私じゃなくてもあんな付き合い方だったら誰でも気になると思う。


「茉莉と?そりゃ楽しいよ!」


「私、特別可愛くもないよ?お菓子作りが趣味なくらいで、あとは特にオシャレする訳でもないし、私みたいなのよりももっと可愛くてオシャレで來に似合う子は他にいっぱいいるんじゃないかな?」


 これが私の本音。


「えへへー。茉莉何言ってるのー?」


「はい?」


 この状況で何を言ってるかはこっちが聞きたいよ!?


「茉莉、ギューってしちゃだめ?」


「お触り禁止の約束破るの?」


 そう、私たちの間の約束を破るなら別れるのが条件だ。

 來はこうやってしっかり約束をさせていないと人目につかないところで何をしてくるかわからない。


「うぅーダメー?」


 う、目が、今にも泣きそうな目をしている…。

 しかし負けるものか!

 ここで許したらあとがさらにとんでもないことになりかねない!

 襲われるのはごめんだ。


「や、約束は約束!もうこれ以上は時間が遅くなるから私帰るよ?」


「えー早いー」


「早くないです!」


「んじゃ最後に1回くらいぎゅー…ね?」


 そんなにしたいのかコイツ…

 まぁどうせ帰るしなぁ…玄関でパッとして帰ればいいか。


「んじゃ玄関でね?」


「ほんと!?やった!!!」


 玄関まで案内してもらい、來の家を後にする。

 結局は大したこともなく平和に帰りが迎えられそう。


「それじゃ帰るよ。」


「ぎゅーは?ぎゅーは??」


 毎度毎度この性格にはほんと困惑させられる。

 どっちが女なのかわからなくなっちゃう。


「はいはい。」


 玄関で來を抱きしめる。

 私と2人っきりの時はこんな正確になる男のくせに、体つきがしっかりしているのがわかる。

 服の上からでもわかる來の温もり。


 あーこれ…意外と悪くないかも。


 ガチャ。

「ただい…ま…」


「ん?」


 私は後ろのドアに人の気配…というかとんでもない方がいらっしゃるのを感じた。


「お、お母さん…」


 來の一言で私は状況を察した。


 あ、今これ、完璧にヤバい…。

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猫のちワンコ トラ @tora_0810

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