第5話
俺の仕事は内職の様なものだ。色々あって母親の仕事を継いだ形になる。基本的には家で出来る仕事なので、色々と時間の都合がつけやすくて助かっている。
というわけで、今日は観子が学校に行くのを見送ってから掃除を始めた。相続する羽目になった一軒家は二人で暮らす家としては広すぎる。
かと言って、そうそう気軽に手放そうとも思わない。色々な思い出も一緒に失くしてしまうような気がするから。観子にとっても、俺にとっても。二人の間にある何かも一緒に。
一部屋ずつ順番に掃除機をかけていく。正しい掃除機の使い方なんて考えたこともない。ガコンガコンとタンクを壁に当てながらゴミを吸い込んでいく。
二階に上がり、自分の部屋とお袋の部屋を順番に掃除。どちらも今や殆ど使われていない部屋なので簡単に床を掃除するだけだ。
そして、観子の部屋の前に到着。
ここで俺はいつも悩む。
果たして勝手に掃除していいものなのだろうか。確かに観子は年頃というにはまだまだ子供だ。しかし、この御時世、子供だと思って甘く考えていると痛い目を見ることになりかねない。セクハラなどと言われ訴えられたら、俺には弁護してくれる人もいないのだ。
「や、流石に考えすぎだよな」
たった七歳の子供相手だ。そこまで気にすることもないだろう。むしろ掃除をしない不潔な生活に慣れてしまっては困る。掃除のできない大人にはなって欲しくないものだ。
しかしだ、本人がいない間に勝手に部屋に入るというのは後ろめたい感じがして心が痛む。例えばそう、俺自身が同じような経験をしたらどうだろうか。無論、嫌に決まっている。昔、そんな出来事が原因でお袋と喧嘩した事があったような気がする。
「観子が部屋にいる時に押し掛けて掃除するか……」
掃除機を二階に置いたまま、俺は階段を下りた。
次は、と考えて俺は後悔をした。洗濯機を先に回しておけばよかったのだ。家事に必要なのは段取りであり、合理的で柔軟な対応力なのだ。ここ最近の生活で俺は学んでいた、学びながらも活かすことが出来なかった。嘆きながら洗濯機を回す。
時計を確認。ここで時間は九時を過ぎたあたり。銀行が動き出す時間に合わせて、俺も仕事を始めなくてはならない。コーヒー片手に俺は仕事場として使っている部屋に籠った。
仕事には集中が大事である。どのような仕事でも同じだ。集中することでミスを無くすことができ、集中することで仕事の能率を上げていくことが出来る。片手間で仕事に当たってはいけない。集中だ集中……。
ぴんぽーん
宅配便ですー。
田舎から届いた段ボールを台所に置いて、俺は仕事場へと戻る。この程度で気を乱してはならない。さあ集中しよう。まっすぐに仕事へと向かえ。心を込めて、最小限の力で最大限の仕事をしよう。常に頭を働かせて、作業に集中するのだ。頭の中を仕事で埋め尽くせ。そうすれば
ぴんぽーん
聖書をお読みになったことはありますか?
丁重かつ迅速にお帰り願って、俺は仕事場へと戻る。ため息を一つ吐いてからコーヒーを口にする。落ち着け。まだまだここからだ。集中を切らしてはならない。
ピーピーピー
洗濯が終わりました。
はい。
洗濯物を干し終わると昼が近くなっている。しかし、仕事は全然進んでいない。落ち着こう、落ち着こう。俺がすべきことはなんだ。それは仕事だ。
トゥルルルルル
通販のヨシダマートで……。
ピンポーン
家の塗り替えとかお考えでは……
トゥルルルル
山田さんのお宅では……失礼しました……
ピンポーン
「……」
「おう、おかえり」
こうして今日も仕事の時間は過ぎてゆく。
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