第2話



 俺、三十歳。趣味なし。

 改めて考えると寂しい人間なのではないだろうか。

 身近な人に聞いてみた。


「観子って趣味はあるのか?」

「シュミ?」

「趣味」

「たぶん、ない」


 観子、七歳。趣味なし。

 このままでは寂しすぎる二人である。


 いや、俺の聞き方が悪かったのだ。

「好きなものとかないのか?」

「すき」

 すぐにポケットから取り出されるカルタ。透明なケースに入っているので表から文字が見えていた。

「小学生にしては渋い趣味だよな」

 ケースから透けて見える手書きの文字を眺めて、ふと気になった。

「それ、手作りだよな」

 うんうん、と観子は頷いた。

「自分で作ったのか?」

 ぶんぶん、と観子は首を振った。

「それ作ったの、たぶん母さんだよな」

 うんうん、と観子は頷いた。

「あの人はほんと多趣味だったよな……。書道に絵画に手芸に、色々やってたし」

 観子からカルタを一枚貸してもらって、俺はその札を手の中でくるくるとまわしてみた。

「しっかし、こんなものまで作ってたのか」

 トランプぐらいの大きさのしっかりとぶ厚い札。厚みのある紙を和風な柄のテープで補強してあるようだ。

『過ぎし日を 忘れて伸びよ わが子の背』

 子供が好んで持つには渋すぎる一文。内容から考えると、親が子を想って詠んだ物なのがわかる。

 つまり、うちの母親が観子のために作った物だ。それを観子が大事に持ち歩いているのだから作者冥利に尽きるだろう。


 観子にとって、俺たちの母親はどれぐらい大きな存在だったのだろうか。勝手な想像を並べては消していく。俺はけして母親にはなれないのだから考えても仕方がない。


 カルタを返すと、観子は丁寧にそれをしまい込んだ。部屋では盛大に散らかしていたけど、指摘はしない。蒸し返されると俺が困る。いや、なにもしてないけれど。

 観子がカルタをケースに仕舞い直すのを待って、俺は聞いてみた。

「観子はカルタを作ったりしないのか?」

 持ち歩くほどカルタが好きで、お袋が作るのを見ていたのならば興味があってもおかしくない。趣味はカルタを作ること、そう言うのも文化人っぽくていいかもしれない。

 対する観子の反応は、

「?」

 と、首をかしげるだけだった。よくわからないらしい。

 しかし、ほかの趣味らしい趣味なんて観子にあるのだろうか。俺も首をかしげた。


 少し考えてみて、ある事に気付いた。

「そういや、観子ってあんまり外に出かけないよな」

 こくり、と頷く。

 しばらくこうして一緒に暮らしているけれど、学校に行く以外で外に行くところを見たことがない。七歳にして早くもインドア派というのはあまり褒められたものではないような気がする。

 職学生の頃、家でだらだらとゲームをしていると、子供は子供らしく外で遊べとよく蹴り出されたものだ。いまだと問題になるのだろうか。

 観子の腕は白い。顔も足も白い。もう少し陽の光を浴びる生活をするべきなのだと思う。

 かといって、観子を外へ蹴り出すわけにはいかない。

「あー」

 外に連れ出すのは保護者の仕事。そして観子の保護者は俺だ。つまり、観子の将来が立派なものになるかどうかは俺に掛かっていると言っても過言ではない。


 つってもなぁ、なぁ! なんて声かけて連れ出せばいいんだ。下手したら通報されるだろう。兄妹として見られるのは無理だ。真っ当な親子に見えるようにしたらいいんだろうけど、どうすればいいんだ。手を繋ぐ、いや、人さらいにしか見えない。もっと自然ななにかが必要だ。なにか……。

 まず妙なことをしてご近所で妙な噂になるのが一番の大きな問題だ。そもそも、観子とどこでなにをすればいいんだ。観子が好きな事を一緒にすればいい、好きな事はなんだ。カルタだ。話が最初に戻った。これはダメだ。

 発想を変えてみよう。外でカルタをするのは無理だ。外で遊ぶカルタに似た遊び、メンコはどうだ。形が似てるだけで遊び方は全然違う。そして俺がメンコのルールを知らない。却下。観子が興味を持つような物が思いつかない。それはそうだ。俺は観子の事をまだ全然知らない。知るためにはどうしたらいい?

 

 ぐぅ。

 人間、考えると腹が減るものである。


 下を向いて考え事をしていた俺は下からのぞき込むように観子の顔を仰ぎ見た。観子は黙ってこちらを見ていた。

 右手を挙げて、俺は外を指さした。観子は視線だけで俺の指先を追いかける。

「買い物でも行くか。その、すぐそこのスーパーだけど」

 こくり、と観子は頷いた。


 こうして、新しい日課が出来ました。



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