第3話
「なあ、今日の晩、何が食べたい?」
「……」
観子は無口だ。
俺は無口が悪いことだとは思わない。口が軽いよりもよっぽどいい。信用出来る、という部分に於いては特にだ。
もっとも、二人きりで無口なのは困るかもしれない。なにもわからない。何か気に食わない事でもあるのだろうか。言ってくれると楽なのに、心からそう思う。
スーパーで黄色いカゴを片手に持った俺は、観子に声を掛けながら歩いていく。
「なんでもいいのか?」
こくん、と頷く。
キムチ鍋スープを見て、俺は聞いた。
「辛いの苦手だよな?」
こくん、と頷く。
野菜コーナーの真ん中で、俺は聞いた。
「ニンジンとか苦手だったりするか?」
ぶんぶん、と首を振る。
ほっとくと大体こんな感じで会話が進行していくのだ。確かにハイかイイエの二択なら首の動きでわかる。しかし、それだけでいいのだろうか。
たとえ無口だとしても、伝えるべきところではきちんと自分の考えを伝える事が出来る人間になって欲しい。保護者としてはそう考えるものだろう。
そこで、俺はこう聞いた。
「オムライスとチャーハンどっちがいい?」
妥協に妥協を重ねた上で、言葉にしないと答えられない二択を用意するという結論に至ったのだ。
さあ、首を振っても答えられないこの状況、観子はどうするのか。
「……」
首をかしげている。
(あれ?)
思わず俺も首をかしげる。
「もしかして、オムライスを知らない?」
ぶんぶん、と首を振る。
「チャーハン知らない?」
ぶんぶん、と首を振る。
「ちなみにオムライスだとサラダ。チャーハンだとスープが付いてきます」
こくこく、二回頷いた。
「では、もう一度聞きます。今日の晩御飯はオムライスとチャーハンどっちがいいですか?」
「……」
首をかしげている。
今度は少し様子を見てみる。
右に傾いた頭が次は左に傾いた。右手を挙げようとして、降ろす。そしてもう一度首をかしげる。今度は小刻みに頭を回し始めた。目を閉じたまま顔を上に向けてみたり、下に向けてみたり。
これは無口とかじゃなくて、優柔不断だな。
とりあえずどちらでも作れるように食材を買って家に帰った。
なんとなく点けたテレビで『ふわとろオムライス特集』をしていたのでオムライスに決定。俺特製のふわとろオムライスを食べた観子はやはり首を傾げていた。
ふわとろとは、なかなかに奥が深いものであるらしい。
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