第8話



 せっかくだから、俺は観子ともっと家族になりたい。それにはやはり、俺たちをつなぐ『母親』の力を借りるのが一番だろう。

 俺は観子に声をかけた。

「なあ」

「?」

「お袋のカルタ見せてくれないか」

 こくり、と頷く。


 受け取ったカルタをペラペラとめくる。

『夢に見た 大人の君は 微笑んで』

『噛みしめる くやしさ知った 夏の日々』

『黒が好き かわいくないなと 親心』

 ・

 ・・

 ・・・

 ・・・・

 ・・・・・

『あ』から『わ』までの言葉で作られた、いわゆるいろはカルタ。うちのお袋が趣味で書いていたもの。

 お袋はどんな気持ちでこれを描いていたのだろうか。そう思ったときに、俺の中での答えが出た。


「なあ」

「?」

「観子はさ、絵が好きだよな」

 ぶんぶん、と顔を赤くして首を振る。

 気にせずに続ける。

「上手いとか下手とかはいいんだよ。お袋はきっと、観子の絵が好きだから」

「?」

 首を傾げている。自分の絵とお袋が喜ぶことに何の関係があるのかわからないらしい。

 続けて本題に入る。

「俺もお袋を真似して、カルタを作ってみようと思ったんだ。お袋が子供に、俺たちに向けたカルタを作ったんだから、俺たちはその逆を。お袋への気持ちを書いてみたら、喜ぶんじゃないかって」

「……」

 少し考えているらしい。待つ。

 観子が顔を上げてから、続ける。

「だからさ、その絵を観子に書いてもらおうと思うんだけど、ダメか?」

「……」

「無理に言うつもりはないんだけどさ。お袋は絶対、その方が喜ぶと思うんだよな。だから、俺が文章を考える。そこに観子が絵を付ける。っていうのはどうだろう」

「……」

 少し首をかしげて。目を瞑って、考えてから、観子は俺の目を見て頷いた。

「よし。それじゃあまずは紙を用意したいんだ。で、サイズ測りたいからカルタを貸してくれるか?」

 ぶんぶん、と観子は首を横に振った。

 まさかここで断られるとは思わなかったな。

 なんでだ、と考え始める前に観子に袖を引かれる。そのまま観子の部屋へと連れていかれた。

 部屋の入り口で手持無沙汰にしていると、観子が部屋の奥から段ボール箱を押すようにしながらなんとか運びだしてきた。

 箱の中にはいくつかの小さな箱が入っている。観子の顔を見ながら、その一つを手に取った。表に『司』と書かれた箱の中にはやはりカルタが入っていた。

 同じような箱が四つほど入っている。

「これ、全部お袋が作ったのか」

「……」

 こくん、と観子は頷いた。


 表に何も書かれていない箱を開けると、中には無地のカードが一揃い入っていた。更に段ボールの底にあった少し大きな箱から、お袋がカルタ作成に使っていた道具一式が出てきた。観子が使っていたものと同じ色鉛筆もある。

 俺は筆ペンを手に取った。観子には色鉛筆を渡す。それと、真っ白なカードを。

「やっぱり、一枚目はお袋の顔だな」

「!」

「ははは。そんなに気にしなくていいんだ。観子が好きだったお袋の顔を描けばそれでいいから」

「……」

 こくり、と頷いて観子は作業に入る。

 俺も慣れないペンを握って、メモ帳に試し書きをする。

 考えたくもないようなクサいセリフが頭の中を流れて、反射的に拒否したくもなる。でも、それが本心なのかもしれない。

 いや、これは子供から親に送る言葉なんだから、いっそ子供らしいまっすぐな文章でいいだろう。

 文字数を考えて、文章を考えて、字を考えて、言葉を選んだ。そして、一気に書きあげた。

 完成した絵札と読み札を、観子と一緒に見せ合った。そして笑った。二人ともとても不器用で下手で、実に俺たち家族らしいなって思えた。


『あかるくて つよくてやさしい おかあさん』

 その札の横に満面の笑みを浮かべた女性の絵が並んでいる。


 まだ一枚目。

 これからも観子と一緒にたくさんのカルタを作っていこう。楽しかった思い出、悲しかった思い出もまとめて作っていこう。

 こうして不器用な俺たちは家族になっていく。

 


     

                              おわり


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いちまいめ アオイヤツ @aoiyatsu

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