いちまいめ
アオイヤツ
第1話
宮野司。みやのつかさ。俺の名前。
宮野観子。みやのみこ。俺の妹の名前。
そう、俺達は兄妹だ。
洗濯をしていた。使い慣れない洗濯機。しかし今まで使っていたものよりも格段に性能が良くて使いやすい。細かい設定はわからないけれど、適当に服を放り込んだら目についたボタンを幾つか押すだけでゴウンゴウンと動き出した。家電業界の進歩は素晴らしい。
「ん?」
よくよく考えると洗濯物が少ない。そういえば放り込んだ衣類は全部黒色だった気がする。
俺の持っている服は全部黒一色のものばかりだが、観子は黒い服など着ないはずだ。そもそも、持っているかどうかすら怪しい。
黒ばかりを好んで着る俺の服の趣味をお袋は『育て方を間違えた』と常々嘆いていた。余計なお世話である。そんな俺を反面教師に観子を育てているなら、真っ黒な服など買い与えていないだろう。
一時停止と書かれたボタンを押した。ゴゥンとひときわ大きな音を立てて洗濯機が止まる。それを確認してから階段を上って、観子の部屋のドアをノックした。
「なあ、洗濯ものは?」
そっけない木製のドアとにらめっこして返事を待つ。名前付きのプレートでも用意した方がいいのだろうか。やはり自分で選んで貰うべきだよな。
もう一度ノック。返事はない。
「開けるぞ」
そっとドアノブを回す。一応、妹とはいえ女の子だから色々あるだろう。中を見ないように細く隙間を開けて声をかけた。返事はない。
「開けるぞ」
少し声を大きくしてもう一度。流石に三回目だからもういいだろう。いいよな、大丈夫だよな。三回声をかけているわけだし、返事をしなかったほうが悪い。そもそも洗濯物を出していないのが悪いわけで、俺に落ち度はないはずだ。文句を言われたならしっかりと言い返す材料はそろっているはずだ。うん、大丈夫だ。大丈夫なはずだ。
「開けるぞ」
無自覚に四回目を口にしながらゆっくりとドアを開けた。
観子はベッドにいた。布団もかけずに仰向けに寝ている観子の左右には四角いカードが散らばっている。胸の上に手で持ったままのカードが乗っているのを見ると、ベッドで眺めていてそのまま眠ってしまったのだろう。
ドアのすぐ横に一枚落ちていたので手に取った。トランプぐらいの大きさのカードには筆のようなもので手書きの文字が書かれている。
『しわの数 キミの未来の 笑顔かな』
五・七・五の字数に整えられた文章。どうやらカルタの読み札のようだった。探せば対応する絵札がそのあたりに落ちているだろう。
というか、散らかすなよ。
近くに落ちていたカルタの札を拾い集めていく。クサい言葉の書かれた読み札と稚拙な絵が描かれた絵札。これを揃えるのはある意味とても難しいだろう。
『よい子だね 笑顔で答える よい子だね』
『積み木では 子供にかなわぬ 大人の知恵』
妙に渋いカルタばかりだった。
『天使とは 口に易しか 眠るキミ』
天使ねぇ。
「……」
寝ていたはずの観子となぜか目が合った。いや、これは起きているのだろう。いつだ。いつから俺の行動を見ていた。
「いや、違うんだよ」
何が違うのかは俺にもわからない。俺は必死に自分の行動を思い返す。
「散らばってたから片付けていただけでな?」
そう、それだけだ。それだけのはずだ。
「別になにもしてないぞ、うん」
してないぞ。たぶん。きっと。うん。
「……」
観子は眠そうな目でこちらを見ている。もしや寝ぼけているのではないか。俺はその顔の前でヒラヒラと手を振り、声をかけた。
「おはよう」
「……」
観子はぺこり、と頭を下げた。
「それじゃ、カルタここ置いとくから」
机の上に拾い集めたカルタを置く。そして俺はドアを閉めて、廊下へ出た。そのまま階段を下りる。
そのあと、俺はもう一度階段を登った。
観子の部屋のドアをノック。
「なあ、洗濯物はないか」
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