第6話
観子が帰ってくると途端に集中力が落ちてしまう。いや、観子が悪いわけではない。居間でテレビを見ているか、部屋でおとなしくカルタを眺めているだけなのだから。問題は俺の方にある。
なんというか、落ち着かない。
ほったらかしにしていていいのだろうか。仕事に集中している間に何か問題が起きないだろうか。何も言わないけれど、本当は何かしたいことがあるのではないだろうか。俺は保護者として、それを察してやるべきなのではないか。
わかっている。俺の勝手な妄想だというのは頭では理解しているのだ。
ただ、どうしても気になってしまう。
ダメだ。集中出来ない。
これは休憩だと自分の心に言い訳をして、俺は観子の部屋へ向かった。
ノックする。
「ちょっといいか」
「……」
観子がここで返事をしたことはない。なので、俺は少し間をあけてからそのまま話を続ける。
「もうちょっとしたら買い物に行くから準備しといてくれ。なにか食べたいものとかあるか?」
「……」
返事はないが気配はある。寝ているわけでなければ問題はない。推測ではあるが、ドアの向こうで観子はいつも通りに頷いているのではないだろうか。なんだか容易に想像が出来る。
「それと」
俺はドアの近くに置かれたままの掃除機を手に取った。
「観子、お前の部屋を掃除したいんだけど入っていいか?」
「……」
「掃除してもいいならドアを開けてくれ」
「……」
がちゃり、とドアが開く。
姫様の許可がおりた。
姫、こと、観子はドアの横に立って俺を見ていた。特に招かれている様子ではないが、別に拒まれてもいないので俺は掃除機と共に入室する。
どうやら部屋で絵を描いていたらしい。立派な勉強机の上にスケッチブックが開いたまま置かれていた。掃除機をかけながら横目で伺う。
色鉛筆で淡く描かれた線はお袋の描いた絵によく似ていた。スケッチブックの横にカルタが置かれている所を見ると、お袋の絵を真似して描いているようだ。
なんとなく懐かしいタッチの絵が気になって思わず見入っていると、観子が非難するようにこちらを見ていることに気付いた。
誤魔化すように俺はこう言った。
「へえ、絵うまいじゃん」
大人なら誰もが口にするだろう無難な言葉。波風を立てないはずの弱く薄い言の葉が観子の顔を歪ませるとは思っていなかった。
小さく眉をしかめた観子。それはちいさな変化だったけれど、いままで見た事のないもの。傷ついた顔。
理由はわからないけれど、その傷を作ったのが俺の言葉である事は明らかだ。
俺に出来ることは、ただ謝ることだけだった。
そして逃げるように観子の部屋を後にした。
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