淡々とした文章で、非日常を語る作品。
主人公はピッキングを得意とする少年。そんな少年と同じ高校の少女が出会うことから、物語は進んでいく。しかし、この少女との出会いが、主人公がさらなる非日常へ歩み出すきっかけとなる。
淡々と語られる日常へはもう戻れない少年と少女の出会い。しかしこの出会いは主人公と少女の心に、緩やかではあるが確かな想いを芽吹かせる。互いを必要とすることは、弱さなのか。何かを手に入れれば、失うリスクを伴うから、これまで諦めていたことにしてきたのか。
「事実の軽量化」という言葉が本作には繰り返し登場する。使えば使うほど、その言葉の意味が剥落して行き、砂礫と化すかのような、乾いた思考。もしかしたらこの少年と少女は、「事実の軽量化」をすることでしか、生きて来られなかったのかもしれない。それでも、出会ってしまった二人は、お互いを探すようになる。帰って行きたい場所が出来てしまう。その場所は主人公にとって、少女がいる場所だった。少女を失うリスクを持った少年は、最後に、一つの決断をし、実行する。
最初から最後まで淡々として、起伏が感じられない文章だったが、それが主人公たちの無味乾燥な日々によく合っていて、読みやすかった。
是非、ご一読ください。
解錠の能力を持つ“僕”は、その能力を使って近所の空き部屋に潜り込むことを繰り返していた。するとある日、空き部屋で時間を潰していたところに紫苑と名乗るクラスメイトがやって来て…?
全編を通して無駄のない構成で、こんな些細なことが後に繋がるのか!と膝を打つほど。意味のないエピソードはない、という事はプロの漫画家さんなども言う事ですが、正しくその通りと感じる構成力がお見事。
語られていることは非常に(精神的に)しんどい事が多かったように思うのですが、何度も繰り返されるフレーズや言葉の数々がとてもリズミカルで、それがまたよかった。また、ライトノベル(という扱いにしてしまっていいのかは分かりませんが)らしく、ドキドキするようなシーンが話の流れで無理なく登場している事も魅力的に感じました。
けれど何より魅力的なのは、“僕”と紫苑の関係性。
ボーイ・ミーツ・ガールと銘打ってしまうほど、これは“僕”と紫苑が出会ったからこそのひたむきな想いの物語。紫苑に出会ったからこその幸せ。紫苑に出会ったからこその不幸せ。
この二人の幸せについて考えさせられる痛くて優しいお話だったと思います。
最低で最高のスクラップ・アンド・ビルドでした。
火を放つシーンにそそられた、というと人は顔をしかめるだろうか。
第一の放火シーン、主人公と同調したからか、息をつめて文字を追い、頭の中で組み上げられた画を見た。確かに見えたと思うし、もしかしたら異臭も感じたかもしれない。
並ぶ言葉は平易で、火は魔術がかったものではなく当然意思もなく、ただ淡々と〈日常〉が燃える様が描かれる。
悲惨な少年には解錠の技があり、解錠の技が邂逅を呼び、ふいに得た安らぎは悲惨さに呑まれる――ガソリンを撒いた部屋に火の手が上がる情景は、そのごく自然な成り行きを暗示した。
悲惨は物語になる。しかし、悲惨だけでは人は耐えられない。彼が呑み込まれてしまうかは、どうか、読み届けてほしい。
もう一人の少年、キーマンである「岸田」の物語もぜひいつか読んでみたい。
彩度も明度も低めの穏やかな色彩、ぬるま湯のような少しぞくりとくる程の温度、音は静かで、動作は極めて洗練されている。どことなく落ち着くようで、ここに長居してはいけないと思わせられるような、そんな読後感でした。筋書きの収まりの良さと、あっという間の読書体験と、目が覚めるような皮肉と渋さとから、「缶コーヒーのような」と表現しました。
LED光に灯された薄明かりの部屋と「仕事」場となる夜闇の冷たさが作品の雰囲気をよく表していると感じました。ひとの手で部屋に電気を灯され、代わりにと自らの手で鍵を開け破壊と破滅に手を貸し、逃げないよう手を繋がれ、その手すら破砕してしまう。どうしようもなくやる瀬なく、敷かれた道をまっすぐ歩けないもどかしさやたどたどしさがうまく描かれています。
小説『ラン・オーバー』も拝読いたしましたが、いずれも「早く次を、続きを」と頭が求めて手が動き気がついたらすっぱりと、あっけない幕引きを見届けていて、この上映途中で映画館を追い出されたような感覚が癖になります。物語の続きを求めたい気持ちもありますが、この終わり方でじんわりと苦い後味を噛み締めるのも悪くないなと感じさせられました。
個人的に、シニカルで小ざっぱりとしていて妙に説教臭い眼鏡男がお気に入りです。
文庫本ほどの文字数があるとのことだが、文庫本とはこんなに短いのかと錯覚する小説だった。
とにかく手が止まらない。そして感情を揺さぶる。
ドロドロの闇を描く内容にも関わらず、
シンプルな文体とシニカルな言葉遣いが謎の疾走感を与えている。
主人公達は傍から見たら狂った犯罪者でしかないが、
小説を通じて覗いてみれば、その狂気は極々どこにでもありそうな事情と孤独から生まれたものだ。
誰でも、誰にでも起こりうる狂気が、ちょうど放火のように燃え上がったけだ。
それが妙にねちっこい現実感を醸し出す。
「ああ、こんな奴ら居そうだな」と思えてしまうし、
一歩間違えば自分も手を染めていたかもしれないとすら錯覚する。
登場人物の狂気が流れ込んでくるような内容だった。
作品のタグが「青春 犯罪 高校生 お仕事」。
あらすじだけ読んだ当初は笑ってしまったが、完読した今では全く笑えない。
ピッキングと放火を繰り返し、金を得る。
これが彼らの青春であり、壊れた人間の彼らは、こういう形でしか自己探求や自己実現が出来ないのだ。