流行の権化であるハイカラ娘ことお嬢さんと、そこに下宿している書生さん。
妖怪の噂を聞きつけて明治東京を駆け回る、短編連作です。
お嬢さんのお転婆具合や、書生さんがどうチートなのかは本編を読んでいただくとして、
わたしがこの作品を読んでいて一番わくわくしたのは、まるで明治東京を巡っているような気分が味わえること!
上野の男爵邸。新橋のミルクホール。神田明神のお守り。銀座の石畳の大通りにビヤホール。押上の診療所。両国の花火。三田の子爵邸。築地に日本橋などなど。
実際に行ったことはなくとも、覚えのある地名がたくさん出てきます。
彼らの足となるのが当時のタクシーともいえる人力車(俥)。しかもそれに揺られながら、黒い犬を追ったりするのです。メトロではこんなことできません笑。
人力車なのだから、当然顔は風にさらされるし、走る程度の速度で周りの景色が流れていく。そんなふうに東京各所を駆け回る彼らについて回るような臨場感が楽しいです。
あるあやかしが、東京を「江戸」と呼ぶシーンが出てきます。
「ついこの間まで江戸だった」と彼はいいます。
風景や建物は変わっても、その地盤となる土地関係は変わりません。一つ一つの土地は当たり前のようにつながっていて、東京という街を作って、今に続いているんだな~としみじみしました。
この物語は、今から120年くらい昔が舞台です。
まるでタイムスリップしたかのような臨場感とともに、あやかし巡りしてみませんか。
お転婆でハイカラな「あたらしき女」のお嬢さんと、そんなお嬢さんに振り回される、ある事情を抱えた書生さんのドタバタあやかし事件簿。
このあらすじだけでもときめきに満ちているのに、あやかしが出たと聞けば、鉄砲玉のように駆けていく元気いっぱいなお嬢さんと、嫌そうに、だけどもなんだかんだで放っておけずにお嬢さんに付き合ってしまう書生さんのふたりが、冒頭から微笑ましくてたまらない。
さらにふたりが駆けまわる、明治時代の帝都のあやしさ。
日が暮れれば、ガス灯をともす点灯夫が街を歩き、不穏な文士、狐憑き、百鬼夜行に、化け犬騒動。情感たっぷりに描き出される街の描写がまた物語を引き立てる。
そして、あやしき街を生き生きと駆け巡り、言いたいことを言い、くるくると表情を変化させるお嬢さんの躍動感が、不穏な気配のざわめく物語にぽっと灯りをともしていて、飽きさせない。
今日も元気いっぱいのお嬢さんの背を追って、文明開化の街を旅したくなる。
明治三十年の東京。高辻男爵家の令嬢・環蒔(たまき)は、海老茶色の女袴にブーツ姿のハイカラさん。「あたらしき女」を自称する彼女は、煉瓦も瓦斯灯も電気も恐くはない。勉学をし、小説を読み、新しいものを取り入れる意気満々。ところが、彼女の耳に入るのは、奇妙な噂話――銀座に百鬼夜行? 化け犬が現れた?
高辻家に養われている書生の溝口は、お嬢さまの御守を任されてはいるものの、彼女の向こう見ずな正義感に振り回されてばかり。しかし、実は彼にも秘密があった。
未だに頑迷な思想の濃い明治において、元気いっぱいな環蒔ちゃんが、可愛らしいです。書生さんの一人称も、当時の社会風俗も、お洒落な雰囲気に満ちています。
ハイカラさんの明治東京妖怪譚、お薦めです。
高辻男爵家のご令嬢環蒔(たまき)お嬢様は、子猫よりも好奇心旺盛で、子犬のように勇壮活発。海老茶の袴にブーツの踵を鳴らして女学校に通うハイカラ娘。
西に妖怪が出たと聞けば自転車をこぎ出し、東に化け物が現れたと耳にすれば乗り合い馬車で駆けつける始末。
ことあるごとに、連れ出される書生の溝口くんには、たまったものではありません。
だけど、その行く先で出会うのは、お嬢様の期待外れな事件ばかり。残念そうな環蒔お嬢様。
でもでも、その環蒔お嬢様のすぐそばにいる、それは。もしかして、もしかすると、正真正銘、本物の妖怪なのではありませんか?
時代がうつろい、価値観が変わり、人の生活が大きく揺れるとき、この国の妖怪たちは蠢きだす。
ガス灯照らす銀座の街に、今宵も溢れる異形の闇の群れ。文明開化の百鬼夜行。
どうぞ、あなたもご堪能くださいませ。