The Constructor





 損傷した機体で地下空洞最深部、広大な遺跡のもとまで戻ってきたナイン達。


 遺跡の周りはこれまでのような喧騒けんそうもなければ、無数にあった調査機材やそれを載せたトラックの姿もなかった。

 それでも大型の設置ライト等の照明は未だに遺跡を照らし続けており、人が居なくなった分、それがやけに不気味に感じる。


 だがそんな事よりも差し迫った問題がナイン達にはあった。

 やはりというべきか、AMGの稼動限界が近付いていたようで、遺跡を目の前にして彼の機体はその活動を止めてしまった。


「ちくしょー、ここまで来てAMGを降りるハメになるとは」


 崩れ落ちるように膝を突いたAMGのその背中のハッチから、ナインが大仰おおぎょうそうに顔を出す。

 AMGから降下する際に使用するワイヤーアンカーも動かず、数メートルはあるその鋼鉄の巨体にしがみ付いてみっともなく降りてきていた。


「今回の仕事は無理な稼動の連続でしたからね。当然と言えば当然の結果でしょう」


 ナインよりも先に地面に降りていた無機質なほど端正な容姿の女が、じわじわと情けなく降りてくるその主の姿を冷ややかに眺めていた。

 通常トゥリープのこの行動用ボディはAMGのコックピットの下に収納されている。この為だけにナインのAMGはスペースを空けるという贅沢な改修が施されていた。


「ゴメンヨー、相棒ー。帰ったらピッカピカに磨いてやるからな」


 愛機の見るも無残な現状にこみ上げてくるものがあったのか、その巨大な腕にしがみ付いたまま、頬ずりをして涙を流すナイン。傍目からすれば気持ち悪い事この上ない。


「それよりも件の少女を見つけた後、どうやってここから脱出するかを考えてください。最悪、AMGはここに乗り捨てる事になるのですから」

「いやだ! そんな残酷な仕打ち、ボクにはできない!」


「それならご一緒に骨を埋めればよろしいかと」


 それらから幾分かの後、駄々だだをこねる子供をあやすというトゥリープの主な仕事の一つが果たされ、ようやく鼻をぐずぐずとならしたナイン地面に降りてきた。

 時間があまりないという事をまるで理解してなさそうなナインであるが、まあ実際、理解していないと思われる。



「遺跡内のシステムは一度掌握しょうあくしています。内部の状況把握程度ならば、そう苦労もなくできるでしょう。ですのでナイン、あなたはここを脱する足を見つけて来てください。おそらく、調査隊の人間が残した車両やホバーカーゴぐらいはあるかと思われます」


「わかった。……でもトゥリープ、君は信じちゃくれないだろうけど、本当にイヤな予感がするんだ。くれぐれも気をつけてね」


 最後だけそうやって真剣な視線をトゥリープに投げ掛けた後、ナインは本部があった場所へと駆け出していった。











 ナインの後姿を見送った後、トゥリープも遺跡内へと足を踏み入れた。


 この旧時代の巨大施設の構造は、クラッキングを行った際にほぼトゥリープの電子脳にインプットされている。

 一部例外を除いて、その概要はトゥリープの把握する所である。加えてある程度なら施設内の機能の一端を使用できる。

 彼女はそうして、この広大な遺跡内部の隅々すみずみまでその場を動かず探索する事が可能だった。


 すると早速、この遺跡内をゆっくりと移動する生体反応を一つ捉える。

 その位置と向かっているであろう箇所に予測を付けて、トゥリープはその場へと急いだ。



 途方もなく巨大な建造物である。

 標準の人間を圧倒的に上回る身体能力を有したアンドロイド用高性能ボディを以ってさえしても、そこに辿たどり着くまでに最短ルートを使用して30分以上はかかった。

 それでも途中、何度か施設に備え付けられた端末にアクセスし、件の少女と思しき反応をトレースしながら、確実にその付近まで歩を詰める。


 ただ妙だったのは、その反応がまるで迷う事もなくこの施設の中央へと向かっている事だった。

 トゥリープが把握している施設の構造はとても複雑で多岐にわたるもので、普通こんなスムーズには移動できない筈だ。


 件の少女は、この施設を知っているのであろうか。

 ここでコールドスリープに就いていたのだから、そうであったとしてもおかしくはないが……。



 そんな奇妙な懸念を抱きつつ、トゥリープはようやく、件の少女のその後ろ姿を目にするまで至った。


 施設のほぼ中心に位置するであろう場所。

 人間どころか大型車両すら通行可能な幅を持つ通路の端に、目的の姿を見つける。


 その少女は覚束無おぼつかない足取りで、無機質な床の上をなぞる。

 まるで手術着のような服装で、その素足をコンクリートの地肌にぺたぺたと付けて、夢遊病患者のように彷徨さまよっている。


 いや、彷徨っているという表現は違った。

 彼女の足取りは覚束無く、はかなげではあるが、一方向へと確実に向かっているのだから。


 彼女が目指す先には、通路の一面の幅と同等の扉が見える。

 巨大な扉だった。おそらく、複合された何重もの鉄板で塞がれているような機構を持った扉。

 彼女は、そこに向かっていた。


「ここは危険です。速やかに退避しなければなりません。私が誘導しますので――」


 素早く少女に近付き、そのむき出しの華奢きゃしゃな肩に手を置いたトゥリープ。だが、そこではたと言葉を止めてしまう。


 肩まで伸びたクセの多い亜麻色の髪――その前髪に見え隠れするとび色の瞳を認識した時、トゥリープはこの少女にどれだけ言葉を費やしても無駄だという事を悟った。


 少女のその瞳には未だ光がなく、定まらぬ焦点のまま何かに導かれるように足を動かしていたからだ。

 その無表情とも違う抜け殻のような顔には、意識の片鱗さえも映っていない。



 すぐに少女を担ぎ上げてでもこの場を後にしなければならない責務感と同時に、トゥリープは自身が感じる疑念と違和感に対しても殊更ことさらに興味をひかれていた。


 当てないかのように見えて、目的となる場所まで真っ直ぐに向かっている少女。

 そしてその目的地である場所はおそらくこの施設の中央――即ち最奥部である。

 そこには間違いなくこの施設の全てがあると言っても過言ではないだろう。


 トゥリープの高度な電子脳でさえ、その全てを掴めなかったこの人工施設。その謎がもしかしたら解けるかもしれないのだ。

 GK社や統合連邦軍と思われる輩までも手を伸ばしてきたこの旧時代の遺物の全容が。



 そんな躊躇ちゅうちょ――あるいは思考ルーチンの時間的余剰が、少女の目的地へと続く最後の扉を開けさせるに至った。


 驚いた事に、クラッキングの際の最上位権限での開錠すらままならなかった最奥部に続く厳重なその扉が、まるで少女に呼応するかのように独りでに開いていく。

 幾重いくえにも施されたシャフトが抜かれていき、同じく連続して配置されていた扉が次々に開いていく。


 その奥の区画だけは、外からではトゥリープにすらどうする事もできない代物であった。


 故に、この扉の先にあるのだろう。

 この施設を巡る様々な思惑のその終着点が。



 少なくともここまできたトゥリープはその答えを目にする事を選んだのだった。














 無人の廃墟のごとし地下洞窟最深部。

 そんな場所でやたらと上機嫌で大型トレーラーを運転しているのは、能天気が服を着て歩いてることナイン・クラウリィであった。


「いやっはー、ジェシカ達も気が利くねえ。まさかAMGの補給トレーラーを丸ごと置いていってくれるなんてさー。まあ、単に大きすぎて邪魔だっただけかもだけど」


 車両等が残っていないか遺跡の周りをぐるりと駆けずり回っていたナインが、この大型トレーラーを発見するのにそう時間は掛からなかった。


 こんな大型な車両で敵に見つからぬよう洞窟を脱出するなどとは至極困難であるが、無論そうではなく、ナインは燃料さえなんとか都合できればAMGを稼動する事ができると考えていたのだ。


 実際には、燃料の問題が解決してもまだ機体の損傷具合から満足に動けるとはいえない。

 それでもナインにとってやはり愛機を捨てて行くなど、どうあっても耐えられないのだろう。


 ナインは膝を着いている自機に横付けでトレーラーを隣接させた。


「さあさあ、待たせたな! 相棒! これで元気一杯! 元通りだ!」


 AMG用の野戦用補給トレーラーは本来、その荷台部分にAMGを寝かしつける事で燃料の補充だけでなく、ちょっとした整備までもこなせる優れものであるのだが、それも整備を担当してくれるエンジニアがいての話だ。

 ナインにそこまでの甲斐性かいしょうはない。彼に出来ることは燃料パイプを引っ張ってきて燃料を供給する程度だ。


 そして補給を済ませると、再びコックピット内へとよじ登ったナイン。


 機器チェックを目視で行い、主電源をともす。

 彼のAMGはそんな機体思いの主人に応じるべくしてか、激しい損傷度は変わらず――それでも息を吹き返したのだった。


「よーし! これで後はトゥリープたちが帰ってくるのを待って、一気に地上までトンズラって寸法だ!」


 どこまでも楽観的なナインがシートにふんぞり返るように腰掛けて、鼻息を荒くしていた。



 だがそんなナインの調子の良い顔付きも、ここに来て失われる事になる。


 精度が極端に落ちている索敵レーダーにおぼろげな影が映りこむ。

 それに気付いたナインはレーダーの探索効果を素早く熱源探知に切り替える。

 するとそこに表示されたのは、AMGクラスの熱源反応4つという非情な現実であった。


 ナインが言葉にならない胸中の念を、悪態と一緒に吐き出したのは言うまでもない。
















 遺跡の最奥部、そこは通路よりもさらに広い半球形のドーム状の広間だった。


 内壁から中央にむかって、わずかに下に傾斜した造り。これだけの広さがありながら、その部屋のほとんどをコードで連結された何がしかの機器で埋め尽くされている。


 例外は部屋の最低域――中心である。

 その中心に鎮座するのは、ナインが見つけたのと同じコールドスリープカプセルであった。


 だが、それが他の物とは一線を画する存在である事は容易に知れた。

 そのカプセル一つの為だけに、無数の装置がこれだけの広範囲を取り囲み、さながら優良待遇と称した所か。


 少女はそんなカプセルの元へと歩み寄る。


 四分割された区画の、その合間合間が通路となっている。

 素足でぺたぺたと、その長い距離を覚束無く――けれど目標をまるで見失わないよう、彼女は進んでいく。


 トゥリープもその後に続き、左右を警戒しながら、部屋全体を確認していた。



 ここだけはトゥリープが掌握不可であった区画。

 セキュリティシステムやガードロボの類が稼働しているかと身構えていたが、その様子はまるでない。



 広大な部屋の中心へと、少女が至る。

 そして何と、ここに来てはじめてその小さな口を動かし、呟いたのだった。


「……おと……う……さん……」


 か細いその声をはっきりと認識したトゥリープが少女を振り返る。


「――『おとうさん』? このカプセルの中身があなたの父親だと言うのですか?

 いや、そもそも、意識を……」


 そんなトゥリープの並べ立てられる疑問符は、しかし少女の耳にはまるで届かず、ただ少女はそのか細い呟きを繰り返しながらしもで曇ったそのカプセルに両手を付けた。


 少女がこの施設で眠りについていたのだから、その家族が同じように眠りについていたとしても不思議ではない。

 トゥリープはそう思い至り、傍にあった端末を通してここのシステムと自身の電子脳をダイレクトに接続する。


「少しお待ちを。こちらからカプセルの状態を調べられるかもしれません。ご心配には及びません。もし本当にあなたのご家族がこうして生きておられるなら、一緒に連れていきます」


 ここの装置はどうやら今までの物とは違い、この区画のみで完全に独立しているようだった。

 つまりそれは、ここがそれだけ重要であるという証明だ。


 トゥリープは最後の砦であるここのシステムを占拠すべく、自身の電算能力を最大にして事に臨む。



 だが、その瞬間――

 トゥリープの後頭部と端末と繋いでいたそのケーブルが音を立てて破裂した。


 それはトゥリープに備え付けられた防衛機構が働いたという意味である。ケーブルを通してダイレクトにシステムを掌握していたその経路を逆に辿たどって、何者かがトゥリープの電子脳へと入り込もうとしたのだ。

 無論、トゥリープの電子脳はジェシカお手製の最新鋭の性能を持つ。

 防衛能力は最高基準なはずで、電子脳に入り込まれるなどという事はそうそうは起きない。

 だが、それが行われた事を示す最終防衛手段――ダイレクトに接続されたその回線を物理的に切断するというプログラムが働いたのだ。


 人に模して作られたその機械の身体を大きく揺らめかせ、傍らの機材に腕を突くトゥリープ。


 電子脳を逆にクラックされたという割には、その被害が見受けられない事に戸惑とまどいを感じつつも、トゥリープは相手が旧時代のセキュリティなどではなかったという確信を持った。


 確実に誰か別の人間の意志が入り込んできた――トゥリープにはそう思えて仕方がなかった。


 しかし、一体誰がという疑問に行き着いた時、真っ先に目の前にあるコールドスリープカプセルへと視線は向けられた。



 と、まさにその時――


 白い煙を上げてカプセルが起動する。

 トゥリープ達の目の前で左右に大きく割れるようにカプセルが開いていく。



 身構えるトゥリープのその予想は、しかし見事に裏切られた。



 カプセルの中には誰も、何も入ってなどいなかったのだから。


「これは一体……?」


 肩かしを食らった擬似人格アンドロイド。



 しかし、その目の前の少女はそれまでと変わらずにいた。

 か細い声を上げ、からという中身を晒したそのカプセルに手を遣り続けている。


「落ち着いて見てください。このカプセルには誰も入っていません」


 トゥリープが声を掛けるもやはりまるで聞こえていない様子で、少女は弱々しく悲痛とも取れる叫びを繰り返しながらいる。



 ここにずっとこうしている事もできない。トゥリープは少女の肩を抱いて、強引にカプセルから引き離した。

 だが少女は暴れるように手足を振り乱して、その空っぽの容器に再び取り付こうとする。


「ご容赦ください」


 トゥリープの拳から、人工皮膚を突き破って現れる二本の電極。単純な構造の通電装置で、要はスタンガンだ。それを少女の首筋に押し当てると、一瞬小さく痙攣けいれんした後、ぐったりと項垂うなだれ、そのわずかな意識さえも失った。

 一応、細心の注意で出力を調整したのだが、病み上がりに近い少女のその体には大きな負担となったやもしれない。


 その小柄な少女の体を担いで、トゥリープはその部屋を後にする。


 部屋を出る直前、もう一度カプセルを振り返ったが、やはりそこには空っぽの容器が鎮座しているだけである。



 一体、少女は何に向けて「おとうさん」と叫んでいたのだろうか。















 4つの地点からの精密な交差射撃。機体の推力が低下している今のナインにそれを満足にかわすだけの手段がなかった。

 こちらも機動しながら応射するが、効果はまるで現れない。


 なにより敵機の連携が凄まじかった。

 ナインのその遺跡自体を盾にしようとする戦法も見透かされているようで、取れる回避機動を確実に制限させて迫ってくる。


 そして遂に、ナインのAMGは右肩部そして右下腕部に連続して直撃を受けた。


 着弾が右半身に集中していた事で機体はその衝撃に耐えられず、独楽こまのようにぐるんと一回転して地面へと崩れ落ちる。

 ジェシカご自慢の新型装備を握ったままの右腕が、宙を舞っていた。


「くっそ……!」


 ナインの機体は外見もさる事ながら、その内部でさえも既にボロボロであった。

 黒い煙をもうもうと立て、腕をもぎ取られた右肩からは行き場を失ったエネルギーが青白くスパークしている。


 だが内部はもっと悲惨な状況である。

 衝撃でコックピット内の計器は弾け飛び、室内灯が壊れたせいで暗澹あんたんとしている。

 その中でパイロットを補佐する戦闘プログラムだけが、機体放棄の指示を赤々と光らせて警告していた。



 4機の敵はこちらがもう満足に動けないと知ってか、漫然とその姿を晒し、巨大遺跡の周りへと歩み寄ってきた。

 その輪の中心に放り込まれているナインの機体だが、確かにもう辛うじて動かす事ぐらいはできても、戦闘機動など取れるものではない。


 これまでAMGでの戦闘ならば自分は誰にも負ける事ないと高を括っていたが、その自負にも限界が見えてしまったようだ。

 そんな、どこか達観した心持ちでいるナイン。


 だが、それは諦めという感情ではない。


「誰だって、そう容易くは自分が死ぬのを受け入れらんないもんだよな……!」


 この絶望的な状況下、そうかたく呟いたナインの声にはいつもと変わらぬあの響きがある。


 疲弊ひへいし切った機体の全エネルギーを背部のメインバーニアに直結させる。

 機動変更のためのスラスター制御さえも切り、ただ一点――直線の推進力だけを求めてナインは機体に命令を出した。


 そしてこちらに余力がなしと甘く見積もっている敵はトドメを未だ刺さないでいる。

 あるいはこの遺跡の近くでAMGを内部誘爆させてしまう事を恐れ、至近距離からコックピットだけを狙い撃つつもりだったのか。



 どちらにしても、その幸運がナインを救った。



 最後の力を振り絞って爆発的な加速を発揮したナインのAMG。

 敵に対してではなく、後ろの巨大遺跡に向かって、地面を削りながら突進した。


 意表を突かれた敵だが、すぐにも反応して照準をつける。

 それでも控え目なその火線の意味はやはり、この遺跡をできるだけ傷つけないようにという配慮だったのだろう。



 だがそんなものは、次の瞬間からまるで意味を成さなくなる。


 ナインの機体が速度を緩めることなく巨大遺跡の一画へと、外壁に大穴を空けて飛び込んでいったのだからだ。


 外壁のみでなく、内部の壁やら天井やらをぶち抜いて縦横じゅうおう疾駆しっくするAMG。

 ただでさえ損傷の激しい機体をさらにむち打つ使用方法であった。


 激しく揺さぶられるコックピット内、機体に相当の負荷がかかっているのは言うまでもない。


 だが、今のナインが持ってる唯一の武器は地の利だけである。

 AMGでさえもが内部で動き回れるスペースを誇るこの巨大人工物。この内部での戦いならば、待ち伏せに不意打ち、トラップの類を仕掛ける事も可能かもしれない。

 遺跡の周りのような遮蔽物しゃへいぶつの何もない空間ではできない戦法がここでは可能となる。


 そう、ナインは絶対的な危機の最中であっても、わずかな勝機が残っているのならそれを見過ごしはしない人間だ。


 ナインのその突発的つ無謀な行動に、4機の敵AMGはさすがに躊躇ためらうような素振りを見せ、どう動くべきかを思案するという隙を生じさせた。

 それでもそんな逡巡しゅんじゅんには数秒も費やさず、全機体がナインを追ってその巨大遺跡に飛び込んできた。


 だが、数秒に及ばない躊躇いとは言え、飛び込んだのは複雑な構造の遺跡内部だ。


 敵は既にナインの機体を見失っていたのだった。















 遺跡の構造はこの地下空洞よりもさらに多岐に亘り、とても厄介なものであった。

 完全に施設を把握していない状態で動けば、地形を生かす戦法が裏目に出てしまう事もあるだろう。


 それでもナインには一つの確信めいた希望がある。

 言うまでもなくそれは、トゥリープの存在であった。


 この施設を一度掌握した彼女ならば、施設の地形や構造など誰よりも理解しているに違いない。

 後は彼女らと合流さえ出来ればといった所。


 外での戦闘も、施設内部の異常も、彼の優秀な保護者であるトゥリープならば瞬時に気がついている事だろう。



 そして、その懸念けねんもすぐさま解消された。


 元々AMGが通るようにできていない内部は、広いと言っても空間にバラつきがあり、身を屈めるようにして通らなければならない箇所も多かった。

 そうして潜り抜けるように施設内を進んでいた矢先、施設内にしつらえたスピーカーから聞き馴染みのある人工音声が聞こえたのだ。


『ナイン。こちらからはそちらの位置も、敵機の位置も把握しています。敵と鉢合わせぬよう、我々の元までこの館内スピーカーで誘導しますので、指示を厳守してください。それにしても、随分とまた派手に破壊されましたね』


 冷徹ともとれる口調で、それでもそんな軽口を叩いてくる彼女に、ナインの胸中も幾許いくばくか緩められる。

 淡々として頼もしいこの声色が付いていてくれるならば、どんな危機にあっても心が折れることがなさそうなのだ。



 おそらくこちらの音声は届かないであろうから、ナインは館内で稼動している監視カメラの一つに向かって無事なAMGの左腕を振ってみせた。













 ナインとトゥリープが合流できたのに、そう時間は掛からなかった。


「本当に手酷くやられましたね。珍しい事で」

「さすがに最強とわれる統合連邦の新型だよ。何度、肝を冷やされた事か」


「しかし、この施設内に逃げ込むとは、やはり相変わらずの破天荒な戦術ですよナイン。相手も同じだけ肝を抜かれたではないのですか」

「それで一矢報いたと思いたけどねえ。後は逃げおおせれば万々歳ばんばんざいってトコか」

「それにしても、敵AMGが4機共こちらに来ましたか。という事は戦車隊の面々は既に……」

「…………」


 ナインの沈黙の意味は察するまでもなく、トゥリープもそれ以上はその事に触れないでいた。



 今彼らはAMGを倉庫のような部屋に隠し、出来る限りの応急処置を施している所だ。幸い、資材はこの部屋の中に無造作に転がっていた。


 とは言っても本職ではないトゥリープの指示による修復作業である。あまり多くを見込めるものでもない。



「……にしても、『おとうさん』か。ねえトゥリープ、この遺跡内に彼女の家族がまだ居ると思うかい?」


 無事に確保したその少女であるが、傍ら――木箱をそのまま連ねた上に粗末な布を敷いただけの簡易ベッドの上で未だ横になっており、目を覚ます気配はない。


「可能性は低いですね。施設内の情報を元にした推察ですが、彼女以外に生きている人間がいるとはとても思えません。むしろ、彼女が存在していた事ですら奇跡に近いかと」

「うーん……それに結局、この巨大遺跡の事も詳しくは判明せずだしね」


「さらに悪い報告があるのですが、聞きますかナイン?」

「それって、どうせ聞かなきゃダメなんでしょ?」

「ええ、もちろん」

「うん。心の準備は出来てるよう……」


「では――その最強の触れ込みをもつ連邦軍のAMG部隊ですが、おそらく我々と同様にこの施設のシステムを掌握したと思われます。元々が旧時代のセキュリティですので、電子戦用の機体でなくとも彼らの機体の優秀なシステムスペックならば簡単に事を運べたのでしょう。こちらから妨害してみても良かったのですが、逆に居場所が割られるリスクをかんがみれば、大人しく手を引いた次第。なのでおそらく、次からは五分の条件で相対する事になります。もっとも、1対4の戦力差で五分という表現はおかしかったですね」


「こっちの居場所を嗅ぎ付けられるのも時間の問題かな?」

「出来る限りの偽装工作は施しましたが、いずれはここも突き止められるでしょう」

「……少しでも時間がある事を喜ぶべきか」


 そう言って大きく伸びをするナイン。

 ようやくAMG外部の破損箇所を塞ぎ終わった所だった。


 ただ内部のシステムの損傷が激しく、特にAMGの大本のプログラムである戦闘補助システムなどは完全にイカれていた。



 戦闘補助システムは、AMGの最大の特徴とも呼べるものだ。


 多用な戦術的行動を可能にした代わりに、その操作方法の煩雑はんざつさが問題となったAMG。

 そこで生まれたのがパイロットの負担を軽減させるこのシステム――戦闘AIである。


 その実態を解り易く言えば、高度な状況判断を可能としたコンピュータプログラムである。

 パイロットに埋め込んだ生体チップを介して、AMGの操縦桿そうじゅうかんから直接脳の信号をキャッチして、それに合わせてAIが最も効率的な行動ルーチンを築いてくれる。

 トゥリープのような擬似人格を有したそれとは違い、戦闘AIは純粋に人間以上の知能を持つというシステムでしかない。

 それらが戦闘行動中、パイロットの意志を汲んで複雑な命令を先んじて試行するのだ。

 言ってしまえば、コンピュータが人間に気を利かせてくれるわけだ。それもかなりの精度で。


 ただし、それは夢のような完璧な技術と呼べる代物ではい。


 かなりの精度だとは言え、所詮しょせんは機械のソレと言ってしまえる。

 時にパイロットの複雑すぎる思考に付いていけず、結局型にはまった行動にしか反映させないという事もある。

 戦場にいて、スタンダードなその動きは恰好かっこうの餌となるのだ。


 テクノロジーは時代を経るにつれ高度に進化しているが、それでもまだ人間の脳ほどに複雑な思考を展開できる代替の人工知能は生まれていない。

 ある意味では、無駄な機能を排した純粋な戦闘AIよりも、人間が嗜好として娯楽的な意味合いで作り上げた擬似人格を持つAIの方が、人の考えをより精確に汲み取る事ができる場合もあったのだ。


 ナインなどがトゥリープのような人格付加AIを重用しているのにはそういう背景もあった。もっともこの男の場合、違う意味でその有用性を重宝としているわけだが。



 外装のチェックを目視で済ましたナインは、コックピットに昇り、割れた計器と機器の中で使えるものだけ選別していく。


 完全な形でなくともAMGは動く。

 精密機械の塊とは言え、その程度の設計上の余裕――というよりは粗さ――は兵器としての性質上考慮されている。


「トゥリープ、できる処置は施したんだ。時間を無駄にする事もない。AMGを再起動させてここを出よう」

「それで、勝算はあるのですか――ナイン?」


 修復した箇所の駆動系を確認していたトゥリープは主を見上げ、そう疑問を口にした。


「まあ……うん。ほら、いつも言ってるだろ? 僕は逃げるのは得意なんだって」


 背部のハッチから顔だけを覗かせて、下にいるトゥリープにいつもの闊達かったつとした表情を見せる。


 こんな時でも、この男はこういう顔ができる。


 その馬鹿げた自信にあふれた明るい笑みを見つめ返すトゥリープの無機質な瞳に、電算処理以外の光が流れた気がしたのは、きっと気のせいだったろう。



「ともかく、逃げ延びることだけを考えよう。後の事は……ここを無事に脱出してからだ」


「逃げ延びる、ですか……。あるいはですが、降伏を申し出てみる価値は本当に無いものでしょうか? 我々の状況はあちらも把握している筈、碌な反抗ができない現在の我々は――敵からしても然したる脅威ではないでしょう。無条件で降伏を選ぶという選択肢、生存性のみを考えるならば有効では」


 だがトゥリープはナインの返答に難色を示すよう、そう口にした。



 敵は当初から、こちらの殲滅せんめつのみを念頭に動いていた。

 それは奴等が遺跡の奪取を目的とし、有無を言わさずにGK社側を排除しようとしたが為だったろう。

 だが今ここに至っては、こちらに抵抗能力ほぼ無く、GK社も既に撤退をし、これ以上この遺跡をどうこうする意思は自分達にない。

 そうであるならば、戦闘行為を続ける意味などお互いに無いだろう。



「いいや。どう転んでも、その選択肢は有り得ないよ」


 しかし、また硬く表情を改めるナイン。


「何故です?」

「戦闘を繰り返す内に確信が持てたんだ。あいつ等の手口……間違いようもなく正規兵のものじゃないって事に……」

「正規兵ではない――つまりそれは、統合連邦のもう一つの側面。彼らが特務部隊〈血の薔薇十字〉であるという事ですね」


 ナインはその言葉にかおを固めたまま頷いた。


「あなたのカンがよく当たるという事は承知していますが、しかし、それではあまりに根拠が薄弱でしょう。それほどに貴方が彼の特務部隊に精通しているという事実をどう証明するつもりですか?」

「証明か……」


 そこで、ふっと息を漏らすように遠くを見たナイン。


「そうだね、君の言う通り。僕がそう感じたってだけじゃ、確信足り得ないのも無理はないか」

「というよりは、ただのカンとは思えないほどの印象を受けましたが?」

「うん……。いや、ただそう感じたという事に間違いはないんだけどね」

「――『けど』の続きがありそうですね」


 鋭い一瞥いちべつのようなその返しに、ナインはわずかかに口篭もる。

 答えにきゅうしたというよりはむしろ、何かを観念したように表情を緩めた。


「僕の場合、そう感じたっていう事自体に確証があるんだ。ヤツ等の事は、いやという程に知り尽くしているから」

「彼ら――〈血の薔薇十字〉の連中と何らかの関わりを持っていると? それはつまり、あなたが過去に経験した戦場で、何度か彼らと相対したというような話でしょうか?」

「昔、ヤツ等とやり合った事は確かだけどね。……ただ……」


 また少しナインは口を閉ざして、まるで複雑な内面を表に出しあぐねるように逡巡する。

 強い葛藤かっとうもよおしているその内面を察して、トゥリープは我慢強く主の二の句を待った。



 そうして数秒を跨いだ後、ナインはようやくトゥリープに向き直る。


「――僕はかつて連邦兵士だったんだ」


 独白とも取れる声色で、ナインはそう呟いた。


「……驚きですね。あなたが統合連邦軍に所属していたとは」

「ああ。けど所属は正規部隊じゃなかった。特務部隊〈血の薔薇十字〉の……あの禍々しい部隊章を……僕はかつて身にまとっていたんだ」


 その発言に、トゥリープの人工脳が言葉を続ける判断を逸した。


 そんな彼女を知ってか知らずか、ナインは孤独に語りだす。


「生まれは“ガーデン”じゃなかった。正真正銘、“アウター”としてこの砂漠に生まれついた。けど、あれは幾つの時だったっけか。あまりに幼い時分だったから何もかも曖昧だけれど……ある日、統合連邦の気まぐれな不法街の”捜査”で、僕の故郷はこの地上から消滅した」

「それが、彼らのいつものやり口だと聞き及んでいます」

「そうらしい。あの頃はヤツ等の勝手に押し付ける法と秩序とやらで、僕みたいな人間が大勢出来上がった事は確かだよ。集落に属せずに砂漠では生きられない。けれどもどの集落だって余剰を受け入れる程にキャパシティがあるワケじゃない。故郷の集落を失くすって事は、死ぬって事だよ。けどそんな僕らの常識も、ヤツ等には知った事じゃなかったんだろう……」


 悲壮ひそうさこそは感じないものの――それでも空虚な余韻を引き連れて、ナインの独白は続いた。


「そんな折にヤツ等、人道的措置という名の下に、僕らのような行き場を失くした孤児を掻き集めるように“ガーデン”に収集して行った。目的は僕らに“ガーデン”での居住権を与えるというものだったけど……まあ、体の良い労働力だったんだろう。僕らがあそこで、人間として扱われたとはどうしても思えないよ」


「聞いた事はあります。完全に人口の調整を行っている“ガーデン”内部ですら不足の事態は存在し、そういう場合に教育を施した“アウター”の人間を迎え入れるという件があると」

「教育か……。そうだろうね。連邦政府の完全な飼い犬としての教育というなら、きっと間違いではないんだろうさ」


「そこまで……その、苛酷かこくなものだったのですか?」

「言ったろ? 人間扱いをされた覚えはないって。ヤツ等が欲しかったのは人間じゃない。犬ですらなかったのかな……。欲していたのは完全無欠な機械のような存在だったんだろう。その当時、僕は幸か不幸か適性を示してしまっていた」

「AMGのパイロットとしての、ですね」


「ほとんど奴隷としか扱われなかった子供達の中では、待遇は良かったのかもしれないな……。飢える事も無意味に殴られる事もなかった。軍の特務部隊というのは秘匿ひとくされてしかるもので、どこかもわからない施設内で、ただ延々と思春期を迎えるまで教育と訓練漬けで過ごしたのは覚えてる。AMGのノウハウは全てそこで叩き込まれた」


 当時がどのようなものであったか――

 それ以上言葉で表わさなかったナインだが、凡その察しはその口振りからつくものだ。


「……必死だったよ。特務部隊の存在を知ってしまっている僕らを、外に放つワケにはいかなかったんだろうさ。使い物にならなければ即処分だ。だからどうあってもAMGの搭乗員として身を立てるしかなかったんだ」


 当時を思い返したのか、険をその眉根に宿してナインは顔を歪めた。



「そして13の時だ。特務兵としてAMGに乗り、初めての任務をこなした。それが正しいと教え込まれていた……――いいや、疑うという概念さえ払拭ふっしょくさせられていたんだ。かつてヤツ等がそうしたように……僕らはとある集落を”掃除”した……」


 悲痛さはその声には表れず、しかしその苦しそうな目付きが全てを物語っていた。



「抵抗なんてなかったさ。だって相手はただの集落なんだ。抵抗があるという名目で駆りだされ、都合の悪い物を掃除する。――それが僕らの役割だ。まだその時は、それがどういう事かまるで見えていなかった。ただ望まれるままに功績を上げ、AMGパイロットとしての位置付けを確実なものにする。……それだけが、自分が生きていて良いという理由だったから……」


「その年齢ならば、周りの環境によって精神が大きく左右されるもの。あなたに罪があるとは言えないでしょう」

「そういうもんなのかな。ただ、そんな生活が数年は続いたと思う。一体僕らは……幾つの集落を消し炭にし……どれだけの人間を踏み潰してきたのか。今こうして考えるだけで凄く怖くてさ……。でも、それでもまだ、僕らは恵まれていた。そんな僕らを救ってくれる人間がいたんだ」


 その時だけ、ナインの表情に光が戻った。


「命というよりは人格を救ってくれた恩人だよ。彼の素性は知らない。ただ特務部隊で最強のAMG乗りだという事しか判らない。彼は時折、僕らに正しい知識を授けてくれた。道具としてじゃない――人としての物の考え方だ。僕らは初めて真に理解した。打ち滅ぼす敵が何であるのかを」

「それで、もしやその後に?」

「ああ。任務の最中、僕らは彼に従い――反旗をひるがえしたんだ。ようやく本当の意味での戦いを……僕らは選んだ。彼が導いてくれるなら、その先が必ずあると信じていたから。けど、こっちに賛同するのは僕らと同じ連れて来られた子供達だけだ。……戦いは酸鼻さんびたるものだったさ……」

「しかし、今ここに貴方がいるという事は、貴方達は勝利を手にしたのですね」

「勝ったと、そう言っていいのかもしれない。でも彼を含め、多過ぎる仲間を失ってしまったよ。結局、僕らはその混乱に乗じて、統合連邦からは逃れる事はできたけど……未だに〈血の薔薇十字〉は存続している。まだ、自分が何者であるかも気付けずに、ヤツ等の手足としてAMGに乗っている人間がいるのだとしたら……考えるだけで恐ろしいとしか言えない……」


「成る程、わかりました。もうこの話は止しましょう。貴方がそう確信を持っているというならば、私達が今相手にしているのは――確かに統合連邦の特務部隊であるという事ですね。そのような相手では、降伏という選択肢はほぼ意味が無いわけですか」


 そう手早く口にしたトゥリープが、何事もなかったかのように留めていた駆動部分のチェックを再開させた。


 その機械らしからぬAIの高性能な配慮に、ナインは思わず苦笑した。

 少し、らしくもなかった自ら恥じるように、それまでの空気を払い落とし、無駄に張り切った声を上げてはナインも作業を再開したのだった。






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