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 角ばる岩柱が何本も連なる荒れ果てた大地に、GK社専属の運搬用ホバーの列。大空洞へと密かに向かっていた。

 よいはとうに過ぎ行き、あと少しで朝日が拝めるだろうといった時間帯。

 わずかなライトだけで夜明け前の砂漠を横断していく。


 さらさらとした粒子状の乾いた土地を走行するに、車輪のようなものはあまり適さない。

 そのため、AMGに組み込まれているものよりは随分と小型で低出力ながらも、一応は熱核エンジンを搭載とうさいし、ジェット気流圧で走行するホバートラックが砂漠では重宝されていた。


 そんなホバートラックの運転手たちも、今日は大忙しだった。

 何でも稀に見るほどの大きさの遺跡が発見されたという事で、急遽きゅうきょ、調査隊の機材や人員を運送することとなったのだ。

 しかも、思っていた以上の規模だったらしく、一度は運送を行ったにもかかわらず、またしても彼らに同じ場所への運送業務がこんな時間に追加されてきたのである。


 だが一度目とは違い、運送しているのは調査用の重要な機材という訳ではなく、調査に向かった人間たちの当面の食料や生活用品がほとんどだった。

 会社はどうやら、その遺跡の周りに調査隊の仮居住を建設して、昼夜を惜しまず徹底的に調査する気のようだ。

 そのため、調査隊の人間に「やれ急げ」とまくし立てられていた一度目とは違い、随分と余裕を持った運転ができていた。


 だが、余裕はあるものの、彼らは少なからず警戒をしていた。


 というのも、旧時代の遺物はそれなりの値が付くことがあるのだ。

 ほとんどは劣化していたりして使えないものが大半だが、中には当時の状態を保ったままの物などもある。

 そういった物を欲しがるような変わった輩もいれば、それらを解析した結果、現在の技術が未だ到達していないような掘り出し物が見つかるかもしれないことがある。

 彼らの会社――GK社もそういったモノで利益を得ている企業の一つだ。


 遺跡で発掘された技術が現在より優っているとは随分おかしな話ではあるが、それを事実と成しえているものが“最終戦争”だった。


 最終戦争というよりは、大規模な大陸破壊が行われた結果、世界は分断されてしまった。

 そのせいで大戦末期に投入された――あるいは投入されるべく進められていた新兵器の数々が、失われたかこのような施設で自らは覚めることの無い眠りに就いている。


 言うまでもなく、戦時中とそうでない時との技術レベルの推移の違いは計り知れない。

 現在のレベルでは何十年か掛かってようやく辿たどり着く段階に、戦争というものに追い込まれた結果、驚くべき速度で技術向上や発展が見込まれるものである。

 そんな中で、現在でも及ばないレベルの新兵器を旧時代の人間が既に生産していたという事例は実際にあった。


 しかも、今回発見した遺跡はかなりの規模だという。

 質の悪い同業者らが盗賊まがいの行為をしてくる事もある。

 そんな連中に目を付けられて横取りなどされたら会社に利益はないため、遺跡の位置を気取られないように大規模な運送ではなく、このような足の早い少数での隠密行動が――たかだか、運送屋の人間にも強いられているのだった。


 とは言っても、大元でこのトラック郡の運転手達は楽観的だった。

 こんな人々の生活圏から遠く離れた場所では容易に姿を見られることはない。

 例え誰かにこのホバートラックの郡を目撃されたとしても、トラックの外装をカムフラージュしているため、彼らはただの定期的に街から街への砂漠間を走る運送業者にしか見られまい。

 そこから、旧時代の遺跡が発見されたと勘繰かんぐられる事はまずないのだった。


 そしてその中で、トラック隊の先頭を走るもう初老に差し掛かる大ベテランのドライバーも馴染みの歌を口ずさみながら、ゆったりとした心持ちでトラック郡を引率していた。

 もうこのホバーと共に三十年は仕事に従事している。――トラック隊の中でも最年長にあたる人間だ。

 その彼が今回の砂漠間運送を仕切る立場の人間に推薦されたのは当たり前と言える。


 砂漠を横断するという行為は危険な側面も多々ある。それ故に、経験者の引率は必要不可欠だ。引率者が大ベテランの人間であるならば、なおありがたい話だろう。


 だが、といっても砂漠横断はそれ程深刻な問題ではない。

 しかるべきルールにのっとって注意さえおこたらなければ、この赤土の大地といえどそう怖いものでもないのだ。


 だから彼は、砂漠での走行方法を留意しながらも随分とリラックスをしていた。


 と――

 そんな上機嫌な運転手の元に後ろの仲間からであろう赤外線通信が入り、それを見た彼は慣れた手つきでハンドル脇にある小型の通信端末の画面を立ち上げる。

 それほど精度のあるレーザー通信ではないが、距離を必要としない場所とならば有効な通信手段の一つである。


「なんでぇ、どうしたよ?」


 トラックの列を繋ぐレーザー通信の使用頻度の割合は、仲間内での他愛のない世間話がほとんどだ。

 本社からの重要な伝達ならば拡張衛星が使われるため、このドライバーはいつものように機嫌の良い声で応じた。


『ああ、実はちょっと奇妙なんだが……』


 しかし、通信先の相手からは幾分いくぶん沈んだような怪訝けげんな声が返ってくる。


『そっちからも確認できるか? 南東の方角、あの機影――ありゃ大型の輸送機だぜ。しかもわんさかと居やがる』


「なに? 空輸機だぁ?」

 

 仲間から言われた方向の暗い闇空に幾つもの光点が流れているの確認し、そこで初めて自身達の上空に何機もの大型航空機が群れ成しているのを知った。


 だが、彼の肝を冷やかしたのはその航空機の型である。

 他に類を見ない程の独特な形状をした輸送機。大きな二重デルタ翼と細長い胴身、なにより特徴的なのはそこからぶら下がる形で吊るされた円筒形のコンテナだ。

 それらは前後に並べられるように3つ取り付けられている。


 およその場合にいて、その円筒の中身は、この砂漠化した世界で最も普及し用いられるようになった戦闘兵器――すなわちAMGである。


「馬鹿野郎! そういう事はもっと早くいわねえか!!」


 そしてこの砂漠はならず者たちの庭のようなもの。

 そういう輩にとって、彼らの様なろくな武装もしない運送屋は恰好の餌食だった。


 だから彼はそれまでの気分を振り払って声を荒げる。


『――いやっ、それなんだがな、どうも野盗の風情じゃなさそうなんだ。暗視装置で確認もしたが、ありゃ統合連邦軍のもんだ。一度見たことあるから間違いねぇよ』


「連邦軍? “ガーデン”の野郎共が一体何だってこんトコに……? また治安政策でも始めやがったのか?」


『ああ、なんかご大層な数だしなぁ。また、どっかの無法街にガサを……』


 通信先の相手がそこまで言葉を口にしたその時、いきなり後ろから身体を突き抜けるかのような空気の振動と盛大な音が轟く。


「――なんだぁ!? おいっ! どうした?!」


 深くシートに預けていた体を揺さぶられる衝撃にさしもの彼も取り乱し、通信してきた相手に勢い込んで呼びかける。


『あ……あいつら……! う、撃ってきやがった……! ――最後尾がやられたっ!!』


「なっ、なんだとぉ!?」


 その言葉を受けて、窓から顔だけを出して振り返った彼の目に、自分たちのトラックの後方――闇が流れる景色の中に赤い爆炎を上げている一台のホバートラックを見た。


「どういうつもりだっ、あいつら!? あっちとの通信はできるか!?」


『ダメだ! さっきからやってるけど全く受けつけ――』


 通信相手からの言葉が届いたのはそこまでだった。

 画面に「通信切断」という赤い文字が浮かび上がっただけで、彼は何が起こったのかを理解した。

 だがそれでも画面を操作し必死で呼びかけるのをやめない。


「おい?! どうした、返事しろ! おいっ……!? ――くそったれがっ!」


 そんな悲痛な叫びも意味は成さず、画面にはコンタクトエラーを示す赤文字が変わらず浮かび上がっている。


 そして同時に風を切り裂く無数の飛来音が連続し、地面が爆ぜた。上空から地上掃射の機関砲音が唸り、彼らのトラックに鉛の雨が降りそそぐ。


 彼は車体を傾けるかのように、急激な方向転換を行いながらそれらを避ける。

 輸送機に取り付けれている武装としては破格の威力を誇る大口径の全方位可動式機銃。そんなものが直撃すればこの程度のホバーなど木っ端微塵だ。

 その本能的な恐怖心が考えるよりも早くハンドルを切らせていた。


 しかしこういった事態に遭遇したことが何度かある彼は、すぐさま冷静な対処にでる。

 自分は元より、彼の後ろのドライバー達も、あまりにも急すぎる事態の展開に混乱しているに違いないのだ。

 自分がしっかり後ろの連中を率いていかなくてはならない。


「――全員聞こえるか!? 死にたくなかったらともかく速度を上げて突っ切れ! 岩肌をうように走って走って……走りきれっ!」


 仲間の死をいたんでいる時間は自分にはないと分かっている彼は、自分の本来の責務を果たすべく通信を全回線オープンにして怒鳴り散らした。

 一体連邦軍が何故自分たちを攻撃するのかはわからないが、すくなくとも自分達の命が狙われていることに間違いはない。


 そして、彼は同時に、本社と調査隊の本部への連絡のための拡張衛星を開く。

 本社への救援要請はもとより、確か、調査隊本部にも護衛のための部隊がおざなりにもあった筈だ。

 護衛のためと言っても、対AMG戦を想定とした部隊ではなかったが、それでも今の自分達よりはまともに戦えるだろう。


 しかし、常時回線を保持している筈の彼の通信機から衛星への応答がない。

 不安定な電波や、距離の限界が短すぎるレーザー波と違い、衛星通信ならば余程の技術的問題が発生しない限りは信頼度の高い装置である。


 それが繋がらないという事に彼はあせりを覚える。


「くそっ……どうなってやがる!」


 焦りは苛立ちに変わり、思わず通信機を叩きつけるが、そんな事でこの場は収まらない。


 彼がそうこうしてる間も、空気を切り裂く飛来音は止まず、それと同じ数だけの着弾音と砂の柱がつくられては散っていく。

 辛うじて彼のトラックに直撃はないものの、機関砲の餌食となったことを知らせる爆発音が後ろから幾つも聞こえてくる。


 砂漠の無法者達に追い回されたことは何度もある彼だが、このような状態に追いやられたのは恐らく初めてだ。


 何故ならば、砂漠を跋扈ばっこする野盗達の目的は彼らのような運送屋が運んでいる荷物だ。

 だから例え大量のAMGに包囲されようとも、このように一方的に攻撃されるなどという事はまず有り得ない。

 そんなことをすれば後ろの積荷までも失うことになるからだ。


 しかし、今、自分たちを襲っている連中はなんの要求も勧告もなしに発砲してきた。

 一体、奴らの目的は何なのか? 

 未だかつて無い経験に彼は、焦りと不安と疑念とを一気に味わうことになる。


 そして今、どれだけの仲間達が殺されたのか――それを知る術がないという事実、それが彼をさらに追い詰める。

 理解わかっていたことだが、こんな危険な状況で未だきっちりと隊列を組んで走行することなど不可能だった。

 だから、サイドミラーから見える風景に仲間たちのトラックのライトが見えないのは仕方がないことだ。


 しかし、その現実こそが不安や恐怖感を強く呼び起こす。


 もう生き残っているのは自分だけかもしれない――そう思ってはいけないと解っていても、そんな懸念を捨てられない。


 そして捨てられないその不安はさらに膨張ぼうちょうしていく。


 敵はおそらく、圧倒的な強さを誇るAMGを積み、強襲揚陸きょうしゅうようりくを前提とした機体群であろう。

 未だAMGを展開してこない事はありがたいが、それでも、それが一機や二機の話ではないのだ。

 比べて、こちらはひたすら逃げることしかできない非武装の運用トラック。なぶり殺されるのは確実だ。


 だがそうは言っても彼は――いや、彼らは諦めることはしない。

 何もできないまま殺されるなど、それこそこの砂漠で生きていく人間にとって最も恥じるべき行動だ。

 例えどんなに惨めでも生き延びることこそ、この過酷な環境で生きている人間達のプライドだ。

 残っているかどうかも定かでない仲間達も、そう考えてるに違いない。


 だから彼は、何としてでも生き延びる方法を必死で模索する。

 そして、通じてるかもわからない通信に向かって怒鳴り散らした。


「――いいかお前ら! あっちは空の上から狙ってやがるんだ! こっちの地形がAMGじゃあ不利だって理解ってるからなぁ! けどこっちは砂漠じゃ一番の触れ込みをもつホバートラック隊だっ! 速度とこの不定形な岩柱の群れをうまく利用すれば必ず生き延びられる! だから諦めるんじゃねえ! 何とか目的地まで辿り着けれりゃ、あっちの護衛部隊が戦ってくれるっ! それまで耐えろよ!!」


 確かにAMGは圧倒的に強い。

 その圧倒的な火力と機動力、そして汎用力は戦闘機や戦車などの前時代的な兵器を遥かに凌駕りょうがする。

 そんな相手にどうやっても戦える訳はないが、しかし、戦うのではなく逃げ延びるのならば出来ないこともないのだ。


 そう、まるで岩の塔が何本もそびえるこの地においては、陸を走り回るホバーを追跡して仕留める事はある程度の空間を取らなければ動き回れないAMGにとっては不利だ。

 おそらくだからこそ、奴らは未だにAMGを投入してこないでいるのだろう。

 そこに付け込めば、勝てないまでも負けるとまでは言わない。


 だから彼は仲間達の絶望的な思い込みを引き剥がすためにそう口にした。

 不安と絶望だけではなく、生き抜くための希望を声を荒げて喚き散らした。


 調査隊や本社への連絡が不可能な現段階では、何とか調査隊の本部に自力で近づくしかない。

 近づきさえすれば、異常を察知した調査隊の護衛として同行している部隊が出てきてくれる。


 彼はそう信じ、耳をつんざく砲音がとどろく闇の中をひたすらにトラックを走らせる。

 幸いにもこれまでの道すがら、目的地との距離がそれほど離れてはいない事を知っている。

 だから生き延びられる機会はまだ残っているのだ。



 闇が覆いかぶさる岩山と砂漠で造られた大地を疾駆する。


 幾つもの銃弾にさらされながらも、ジェトホバーの出力を最大に――しかもそれだけではなく、不定形に出張った岩山の尾根に沿うように、右へ左へ、ジグザグにハンドルを切る。


 そうしていれば降りかかる弾丸も、岩山に阻まれ、彼の車に直撃することはない。

 彼はそんな無茶な運転を見事にこなして見せながらも、確実に目的の大空洞が拡がる地点へと近づいていた。


 調査隊の本部が設置された場所は地上ではなく、地下何百メートルにも掘り下げられたところにあるが、上でこれだけ派手にやらかしていれば異常に気付かない筈はないだろう。


 先ほどから銃撃声は鳴り止まないが、それでも銃弾は彼の車に当たることはない。

 この調子ならばやれる。――彼はそう信じきっていた。


 あとどれくらい残っているか分からない彼の仲間達だが、みな一様に彼に長年連れ添っている馴染みの連中だ。

 自分のように、きっとしぶとく生き延びているに違いない。

 だから自分が何としてでも目的の場所まで辿り着かねばならないのだ。


 急な勾配の登り斜面をジェットホバーの出力でほとんど飛び越えるようにして渡った彼の目に、薄い闇の中、目的の大空洞の入り口が遠くながら見えた。


 ――助かった。

 まだ予断を許さない状態ながらも、瞬時に彼はそう思った。


 発見された旧時代の遺跡は、広大な空洞がひろがる地下の一角にあるという。

 あんな大型な輸送機ならば、そんな場所には入ってこれまい。比べてこっちは不整地の走行ならば類をみないホバートラックだ。

 あそこに逃げ込んでしまいさえすれば、容易には手が出せなくなる。


 それより何より、あっちには十分な戦闘を行えるだけの部隊がいるのだ。

 もしかしたら、もう既に地上での異常に気付いて、警戒態勢に入っているかもしれない。

 そうなれば、先手を打って迎撃できるかもしれなかった。


 こちらを襲っている敵は、おそらく自分たちをたかだか運送トラックと甘く見てるだろう。

 よもや武装した味方がいるなど思っていないはずだ。

 そこに垣間見える勝機に、彼は何よりも強い希望を見出していた。


 そしてその事をさらに確実とするため、彼は赤外線通信のダイヤルを調査隊本部へと繋ぐ。

 現在の状況をなるべく詳しくあちらに知らせておけば、勝機はぐんとあがる。

 この距離ならば通じないはずはなかった。


 彼は、未だ収まることのない銃弾の雨を必死でくぐりながら、こちらの発している信号に気付いてくれることを強く願った。



 だが――

 同時に、彼は一つのことを思い出していた。


 確かこの運送をする前に本社から何度も強く念を押されたことがあったと。


 十年に一度あるかないかの大発見なために、くれぐれも他社の輩に気取られぬよう――それに伴い、盗聴の恐れがあるために本社や調査隊本部への衛星通信を控えるようにと。

 そうしつこく言われていた。


 その時は深く思わなかった彼だが、今になって考えれば、いくら大きな遺跡が発見されたとしてもそれを易々と感づかれることはないだろうと知っている。

 そのため、そんな忠告をあまり真剣には受け取っていなかった。


 だが、もし何らかの事情で、本社がそのようなことを予見していたとするならばどうだろう?

 仮に、もし上層部だけが知っている事情で、その遺跡に関しての危険性があったとしたならばどうだろう?


 思い返してみれば、一度目に運んだ調査隊の人間も、何やらいつもに増して事を急いていた気がする。


 であったとするならば、今の状況が何を示しているのか?

 定かではないが連邦正規軍のAMGを搭載していると思われる輸送機編隊に追い回されている今の状況は?


 さらに言うならば、その奴らの目的も謎である。

 連邦軍をかたった野盗の類であったなら、彼らをトラックごと撃ってきたりはしまい。


 では彼らの正体は?


 そして目的は?


 そこで彼はさらに気付いた。目的が何であれ、自分達を殺す気でいるのならば何故初めに自分の車両を狙わなかったのか――と。

 先頭で率いている自分を狙った方が明らかに効率的ではないのか。彼は軍人ではないし、戦術に詳しいわけでもないが、そのぐらいの事は判る。

 初めに頭たる自分を狙わずに、最後尾から撃たれていったという事実。それらの事実が何を指しているのか。


 彼の胸裏きょうりに、今までで一番の不安と焦りが去来する。 


 もしも自分が――奴らから逃げ切れていたと思っていた自分が――逃げ切れていたのではなく、逃がされていたのだとしたら?

 ただ遺跡の位置を知らせる、そのためだけに生かされていたとしたならば?



 そんな彼の懸念を見越してとでも言うべく、猛スピードで走るホバーの後ろから重い何かが着地したことを表わすような振動音が幾つも聞こえてくる。

 ミラーで確認した闇の空に、今まできらびやかに光っていた輸送機のシルエットが上昇して消えていくのを目にした。

 そして同時に、AMGが地面をその人間と同じ両足で走破するときに聞く――独特のサスペンションの音が鳴り出す。

 暗闇の中、ミラーに映る地面に幾つもの赤い光点が並んでこちらに近付いてきている。



 その光景に彼は戦慄せんりつする。



 何が行われたのかなど言う必要もない。AMGの最大の特徴、それは多岐にわたるその戦術的汎用性にある。

 ジェット機の様なフライトユニットを装着し、戦闘機と何ら変わりない飛行性能も発揮すれば、最大の特徴である二本の足で、まるで人間がそうするように険しい不整地での安定した移動を可能にもする。

 それは狭い洞窟のような場所でも言えることだ。

 いやむしろ、車両等よりも人間の足のような多軸で動けるAMGの方が急な斜面の連続する洞窟内では有利かもしれない。


 それらの事実が彼の中で合わさった時、これまでの不可解だった要素が一つの終着点へと導かれる。



 そう――

 すべて見越されていたことだったのだ。



 そして彼がそれに気付いた矢先、発した信号をキャッチした調査隊本部からの通信が入る。


『おいっ! 上で何をやっているんだ?! 一体何があった?』


 通信機から聞こえる同僚の声に、彼は呆然としながらも回線を繋いで呟いた。


「……は、められた……罠だった……最初から、これが狙いで……」


『――はあ? 一体何を言ってるんだ? 状況を説明してくれっ』



 だが、彼が通信機に向かって言葉を紡げたのもそこまでだった。


 AMGの対物アンチマテリアルライフルが彼の車両を撃ち貫く。

 速度を失いかけていたホバートラックは、着弾の衝撃そのままに緩いを描いて目の前の岩山へとぶつかり、四散した。



 そして、その横を幾つものAMGが通過していく。

 一糸乱れぬ隊列を組んだ量産型のAMGが、薄い闇を切り裂きだした光に照らされる。

 ただ一点に向かって行進していく鋼鉄の巨兵たちは、さわやかな朝日に反発するかのような不気味さをかもしていた。















 鳴り響く警戒を促すサイレンに、ナイン達は息をむ。

 ちょうどジェシカの部屋へと戻ってきたところで、この底知れぬ広さを持つ地下空洞内全体に鳴り響くサイレン音を聞いたのだった。



「警戒警報? どうしてこんなトコロで……?」


 ナイン達にとってはこの警戒を告げる音は聞き慣れたようなものだったが、さすがに今この場面でそれを聞くとは思っていなかった。


 狼狽うろたえるというよりは躊躇ためらうような表情を見せるナイン。

 さっきまでの間の抜けた顔から、少しではあるが警戒心をあらわに見せる真剣な顔付きになっていく。


 そんなナイン達よりもいち早く、部屋の中央に居たジェシカは、調査隊の本部へと繋がっている内線機へと手を掛ける。

 このコンテナと調査隊本部として機能する大型のトラックとを繋ぐ簡易の有線中継のようなものだ。

 仮付けの作業とはいえ、それぐらいの設備は整えてあった。


 状況が掴めないナイン達は、そんなジェシカを見ていることしかできなかったが、何事かを小声で喋っていたジェシカの表情が徐々に険しくなっていくのを確認して、ともかく何らかの緊急事態が起こっていることだけは推測できた。


 溜息と共に子機を戻すジェシカ。

 そうして、自分もデスクからナイン達を正面にえてから、いつものように不機嫌気に問いかける。


「お前たち、ついでにもう一個追加依頼を受けてみる気はないかい?」


 唐突に、内容も語らずにそれだけを問うジェシカ。


 虚をかれたような顔で呆然としてるナインに代わってトゥリープが応えて声をだす。依頼とは言うまでもなく、ナインのAMGの力を借りる事態だということだろう。


「追加依頼とは、また遺跡内部で問題が発生したのですか?」


「いいや、遺跡の調査は順調だそうだ。けどね、その調査を邪魔する輩が現れたんだよ。地上からね」


「地上から?」


「ああ。悪いが、状況の説明を今ここでできる程のんびりとしちゃいられない。依頼を受けるかどうか、悪いが3秒で決めてもらうよ」


「さ、3秒って……ジェシー」


 無論3秒とは誇張のつもりであろうが、その性格からの急性さとはまた違った切羽詰った表情のジェシカだ。


 ともかく一刻を争う状況だということは認識できたナイン達。


 だが、その依頼とやらを受けるにも重大な問題があった。


「どのような内容の依頼であろうと、残念ながら今の我々のAMGには十分に動け回るだけの動力がありません」


 ナイン達のAMGは、既に予想外の依頼の重なりにより燃料を全て使い果たしていた。

 AMGの動力――即ち熱核融合の元となる特別に精製された水素燃料がもう底を尽きかけている。

 AMG乗りであるナインに依頼ということなのだから、勿論AMGを用いる事態だということだけは明白だろう。

 その肝心要のAMGは今、ただの鋼鉄のオブジェへと成り果てている。


 しかし、トゥリープのその言葉にもしたる感慨もないように、ジェシカは自適に構えていた。

 そして、煙草を灰皿に擦り付けてから口を開く。――時間が無いと言ったにしては、なんだか悠長ゆうちょうだなとはナイン。


「……その事に関しちゃ、問題はないよ」


「問題はない、とはどういう事ですか?」


「野戦用の補給トレーラーを一台連れてきてる。今もう、あんたらのAMGの元に向かってるハズだ」


 AMGという規格外の戦闘力を誇る分、それ相応の整備と補給をしなければならない兵器にとっては、支援用にはかなり高度な設備がなければならない。

 そのためのしっかりとした設備が整った基地や施設ならともかく、任務のために基地などに帰還できないAMGの整備を行うため、設備ごと移動させるような代物が活躍していた。

 AMG用の補給トレーラーとは、そういったものの中でもっとも主流な装備のひとつだ。


「補給トレーラー? どうしてそんなものが? この調査隊の中にはAMGは含まれてないと聞いてます。それに、そんなものは一度も見ていませんが」


「悪いが、その質問には答えられないね。それよりも、依頼を受けてくれるんなら早速AMGで出撃してもらわないと、本当にヤバイことになるよ」


 ジェシカの言うヤバイ事とは、聞かずとも判る。――が、しかし、まだナイン達にとっての問題はあった。


「そうですか。しかしながら、例え燃料の補給を受けられたとしても、今現在の機体の状態ではAMGによる戦闘行為やそれに準じた行動も満足にできるとは言えません。もともと戦闘を目的としての装備をしてきたワケではありませんので」


「――それについても、こっちで何とかできる。そっちの事情も全部把握済みだ。その上で依頼してんだ」


 トゥリープの言葉を最後まで聞くことなく、まるで面倒そうな表情で髪を掻き揚げながら手元のパネルを操作しているジェシカ。

 ほぼ、こちらの了承が確定してるかのような態度だった。


 しかし、事実ナインたちにとっても、今この依頼を引き受けないことがどういう事かは理解っている。

 地上から少なくとも何らかの悪意を持ってこの調査を妨害しようとしている人間達が襲ってきているのだ。

 その渦中にいながら自分たちだけ雇われた身なので関係ないとは言えない。



「はぁ……、わかったよ。どうせ断ることは状況からして無理っぽいんだし、そっちの事情も含めて引き受けないわけにはいかないんだろうしさ。まあ、理由を聞くのは無駄そうだから止めとくけど」


 それまでは黙っていたナインが諦めと苦笑が混じったような顔でトゥリープたちに割って入る。

 どうやらはじめから見越されていたような状況に自身も腑に落ちないのだろうが、それでも今ここで議論している場合ではないことは理解しているようだった。


「ナイン、またその様な安請け合いを――」


「まあまあ、ともかく敵が来てることだけは確かなんだからさ。ここで戦わないワケにはいかないでしょ? 今回はお仕事にたくさん有りつけたと思えば」


 厳しい口調のトゥリープに、ヘラヘラとしたナインが掌を向ける。


 たしかに、傭兵としてのナインらの立場を考えれば、これだけ一度に仕事と報酬を得られる機会などそうそうはない事だった。

 少なくとも、これだけの仕事量をこなせれば、ナインの抱えた多数の不毛な借金の額も緩やかになるのだから、この状況の不明瞭さとは裏腹にうまい話であるには違いなかった。 


 しかし、それでもナインの不運を呼び寄せる特殊な能力は侮ることができないということもトゥリープは知っている。


 また、事態がさらに悪くなるということも十分に考えられるのであったが、何度も言うようにトゥリープに忠告はできても規制することはできないのだった。


 つまりは結局――

 いくら頭を悩ませようと、お調子者のナインが勇んで駆け出そうとするのに続くことしかできないトゥリープだった。



「コンテナの前に迎えの車両を一つ回してあるから、そいつを使いな。あと、詳しい事情はAMGに搭乗してから、中の通信機で説明するって話だ。――じゃあ、頼んだよアンタ達」


 背を向けて部屋を出て行くナイン達の背中に、ジェシカの声が届く。

 事態の緊迫性にまるで頓着していない肝の太さの彼女は、腕を組んだまま投げやりにそう言って除ける。


 そんな相手へ複雑な苦笑いを残しつつも、ナインも変わらずの間の抜けたガッツポーズを返して走るのだった。












 迷宮のような暗黒の地下世界から目のくらむ熱線が降り注ぐ地上へと続く洞穴を中心にして、緊迫した戦闘状況が既に幕を開けていた。


 時刻は朝焼けの真っ只中といったところか。


 地下から地上へと分け出るその寸先で、数台の戦闘車両の砲塔が外の世界へ向けて弾丸を射出していた。


 砲音は反響しあう洞窟の内壁を伝って地下にいる調査隊の駐留ちゅうりゅうするほぼ傾斜のない広大な一角まで轟いてくる。

 出口の手前でその身を敵機にさらさぬよう、出張った岩山の陰にかくれて砲身だけを外に向けて稜線りょうせん射撃を続ける調査部隊随行の護衛部隊は、先程から一向に敵と戦っているという実感が持てなかった。


 その理由というのも、相手側のAMGが先程から全く仕掛けてこないのだ。


 機動力を封じられ、ただの砲台と成り下がった戦車と対地戦闘用に換装かんそうされたAMGでは、その戦力差にどう捻りを入れても埋まらないみぞがある。

 それをかんがみた時点でも、この勝負はAMG側の圧倒的有利で決着が付くだろう。

 しかも、それだけの兵器としての性能差に加え、数の比率としても向こうが上なのだ。

 そもそもが、戦闘など起こりえないという推測を元に編成されたお飾りの護衛部隊だった。――そんな形式だけの隊に大量のAMGを投入されては、万に一つも勝ち目などない。


 だが、今現在において戦車部隊に被害は出ていない。


 一瞬にして押しつぶせる戦力を有していながら、敵はこちらへの直接攻撃を極力避けているようなふうが見られた。


 大部隊のAMGの真ん前へとその身を晒して撃ち合うような馬鹿な真似をできるはずもなく、セオリー通りの地の利を生かした亀の子戦法――洞窟内から外へ向けて近づく敵機のみを集中砲火する――を取っているのが幸いしているのか、敵側の侵攻は消極的だった。


 その理由が、遺跡が存在するこの洞窟を落盤でもさせて埋めてしまわないようの配慮なのか、ただ単にやる気がないのかは判断しかねるところだ。

 だが、そのおかげで現時点でも生き延びている戦車部隊の面々にとっては、願わくばこのまま撤退までしてくれないかという思いだ。


 ともかく、今の彼らに出来ることは、ひたすら敵機を遠ざけ時間を稼ぐことぐらいしかない。

 どう足掻いても勝てる見込みが皆無ならば、せめて死を受け入れる時間を稼ぐくらいしかないという冗談交じりの嘆き言だった。



 ――と、そんな悲痛だか諦めだかの重厚な空気が漂う戦車隊の後方洞窟内から、あまりに似つかわしくない陽気な馬鹿声と共に一機のAMGが姿を現した。



「やっほー、援軍だよー。ふらりと援軍に来てみたよー」


 4台の戦車隊全てに直接通信で緊張感の欠片もない事を披露したナインは、前方の車輌群にあやかるかのようにその機体を屈めて岩場に張り付つく。

 内部で響き返る爆音や緊迫した現状を意に介さないナインのマイペースさは、ある意味神がかり的と言えた。


『アンタがGK社で風評されてる凄腕の傭兵って奴かい? なるほど、噂以上にぶっ飛んだ奴だな』


 おそらくこの部隊長が乗っていると思われる、大きなレーダーアンテナを取り付けた装甲戦闘車輌からダイレクトに回線が繋がり、年季の入ったいかにもな野太い声が返ってきた。


「いやっはー、そこまで有名になってるとはね。テレるねこりゃ」


 果たして、その風評とやらが良いものなのか悪いものなのかさえ知らずに、ナインはとても凄腕の傭兵らしからぬ軽薄さを全開にしていた。


 そんなナインの言動をの当たりにした人間のとる行動は一つだった。おそらく、この通信機の向こうの相手も大いに呆れかえっていたことだろう。


『アンタがただのバカか、それとも途轍とてつもないバカなのか――まあ、何にせよ、こっちとしちゃ今この状況を切り抜けるだけの伝説を生んでくれるんなら、これから行く先々で触れ回ってやるぜ。伝説の傭兵ナイン・クラウリィはぶっ飛んでて“本物”だってな』


「そいつは有り難いね。傭兵にとって名声は仕事に繋がる大切なスティタスだからね。是非にもと言っとくよ。……さて、アンタらもそろそろ当たりもしない砲撃を続けるのに飽きてきたんじゃない? ここいらでその伝説とやらを本当にする策を話し合って見ようじゃないのよ」


 傍目には相変わらずのふざけた口調のナインだったが、状況の危さは知っていた。

 調査本部からここまでの道すがらAMG内でリーによって聞かされた情報を整合させて、それなりに作戦も立ててきていたからだ。


 それでもおどけた調子なのは、ナインの癖というか直せない性格みたいなものだった。


「とりあえず目視でも確認したけど、敵AMGの機体は間違いなく統合連邦の量産機のようだね。それもチューンナップもしていないよーな、ロールアウトしたての新品同様。はてさて、ご高名な連邦政府サマが何故にいたいげな民間企業をいぢめるかね? ――通信は? 相変わらず応答すらなし?」


『ああ。あっちからはまるで応答がねぇ。何の勧告も警告もなしにいきなり攻撃してきたかと思えば、ずっとだんまり決め込んでやがるだ。気色悪りぃったらねぇぜ』


「ふーん……。そりゃまた不可解な状況だね。本当に連邦軍にしろ、もしくはそう偽った野盗の集団にせよ、なんらしかの要求はしてきそうなモンだけどね」


 熾烈しれつな撃ち合いというには一方的に弾を消費している戦車隊の中で、ナインは一人涼しい面持ちでいた。


 冷静で落ち着いているというよりは無感動という方が的を射ているが、少なくとも唯一の主力たるAMGを操るナインの肩に部隊の運命がかかっていることは明白のようで、それを理解している隊員達も敵に注意を向けつつも、通信機の向こうの様子に耳を傾けている状態だ。


『こう言っちゃ何だが……ホントに俺達だけであの数を相手にするつもりか? 本社からも救援はこねぇってハナシだし、こっちの弾薬が尽きたらそれこそ嬲り殺しモンだ。何より、まるで取り囲んでジワジワ生殺しするかのように詰めてきやがるのが気に入らねぇ! 奴らどういう魂胆なんだかっ!』


 押し黙ったままのナインに、不安を募らせる隊員たちの心境を肩代わりして吐き捨てる指揮官。

 彼らはGK社専属で部隊を率いてるらしいが、もともと熾烈な戦場に派遣されることは無いような目立たぬ仕事ばかりをやってきたのだろう。

 ここに来て、いきなりの生死の境目を見せられるような現場に、不安と動揺は隠しきれるものではなかった。


「まあ、真っ向からぶつからなければ生き延びるぐらいはできるよ。それに下じゃあ、もう調査隊の撤収作業に移ってるらしいし。僕らの役目は変わらず時間稼ぎだってさ」


 ナインはさらりと先程リーによって伝えられた内容を晒した。


 GK社にとっては無理強いをして調査を続行するより、僅かでもいいから回収できた遺産を持ち帰ることのほうが遥かに意義があるのだろう。

 利益重視の集団にとっては当たり前の事だった。


『くそっ……! 本社の奴ら、俺たちを良いように使い捨てる気かよ。雇われの身だと思って、軽く扱ってくれるぜ』


「まあ、雇われの身上なんてそんなモンさあ。……もっともボクはくたばる気は毛頭ないよ。キミらだって、そんな安い命じゃないでしょ? それなら全力で手伝ってもらうよ」


 運命共同体というまさにの状況。

 ナインたちは追い込まれた戦況の中での反逆を狙うべく一つとなる。どんな戦場であろうとも味方との連携は必要不可欠であり、定礎である。


 ナインは自機の両腕で支える長銃身のレーザーライフルをもたげさせた。

 さっき本部でジェシカにとっておきとはくを付けられ渡されたAMG専用の最新武装である。

 レーザーの威力を損なわず、安定性とエネルギーの消費を抑えた試作機ということだ。

 碌な武器を携帯させていなかったナイン達にとっては、まさに天の恵みものといったところだろう。


「――敵の素性は不明だけど相手がこの遺跡目当てだということは、この通路を壊さぬよう慎重に攻撃を加えている点からも明白。だから敵さんも遠距離から派手に撃ち合わず、にじり寄って部隊だけを接近戦で仕留めるつもりなんだろう。とりあえず、近づかれたら終わり。結果としても、今までのような敵を遠ざける戦法が一番有効だったね」


 ナインがAMGの身を屈めたまま砲撃を続ける戦車隊の脇を進み、部隊の先頭に立つ。

 そうして敵機の状況を把握する。


 敵は模範的な包囲陣形でこちらに近付いてきている。

 戦車4台による炸裂榴弾の壁の前に思うように進軍できないのだろうが、それでも徐々に包囲は狭められていた。


『けどな、このままじゃジリ貧でどちらにせよ敗けるぜ。敵の数はどう少なく見ても9機はいる。おまけに最強を誇る連邦の主力量産期だ。あの機体の連携戦法はこわさは、お前さん達のほうがよっぽど身にみてるんじゃないのか?』


「確かに、同業者の中でも自分から連邦にケンカ吹っかける馬鹿はいないね。――そいでもこれは勝てないケンカじゃあないよ」


 ふふんと得意げに鼻をならすナイン。

 ナインの口から出れば、生死をした極限の戦いも何故か他愛ない子供のケンカのように聞こえてしまう。


「敵はこの遺跡内に侵入することも念頭に置いて来ている。こっち側からは派手にぶっ放せるけど、向こうはそれをかなり嫌がってる。そんな状況でさらにこっちが遺跡内へと後退していき、洞窟の内部で発砲したら、あちらさんはもっと嫌がるだろうね? そしたらさらに慎重に攻撃の手を薄めていく……」


『おいおい! 自分らでこの洞窟内を落盤させて埋めちまうってのか!?』


 突拍子もない作戦を提示するナインに、通信機の向こうの相手も思わず頓狂とんきょうな声を上げてくる。


「モチロン、実際に崩すわけじゃない。地下に下がりながら天井壊したりしたら、こっちが押し潰されてジ・エンドになっちゃうからね。けれど、相手側にはそう見せるのさ。追い詰められたこっちが後ろに下がりながら闇雲に攻撃しているかのように思わせる」


『本気か……? そんなことして勝てるっていうのか』


「んーと、勝つというよりは逃げると言った方が正しいだろうけどね。今この洞窟の地形のデータを断面図にして送るよ」


 そう言ってナインは、部隊全てにこの広大な地下空洞を縦に割り、その断面を横から見た地図を送信させた。

 その地図からは、この赤土と岩山の大地にぽっかりと空いた洞穴から内部にある遺跡までの地下の広大な空間を見て取れた。

 比較的緩やかな斜面の連続で地下深くの遺跡まで長い経路を示している。それを軸にするかのように無数の通路が派生して張り巡らされていた。


「地図の通り、あの遺跡から地上に出られる道は一つしかない。だから今この場所で僕らがドンパチ撃ち合っていても、下に居る連中は結局逃げることさえままならない状態なワケだけど……幸いな事に、この洞窟内は出口までの道のりこそ一本だけど、そこに至るまでの道が幾重いくえにも分岐していて、なおかつ複雑に絡み合ってる。傍目からすれば、まさに地下の大迷路みたいなモンだね。つまり、奴ら全部をあえて内部に引き入れることで、ようやく下の連中はこの出口を通ることができるということ」


『つまり俺たちが中で奴らの相手を引き受けてる間に、調査隊の連中は敵のいない通路を使って引き上げるって作戦か。これなら確かに、この出口さえ押さえられなけりゃ調査隊の奴らは無事に逃げ切れるってわけかい。……いや、だが待てよ、奴ら全員が洞窟内に入るとは限らんぜ? この入り口に一機でも陣取られたら意味がねぇな』


おっしゃる通り。だから僕らは奴らを嫌らしく挑発して、そのことごとくを内部に引き入れないとダメなんだ。そのために内部では各自分散して事にあたってもらうワケだ。なんと言うか、奴らは地下のあの遺跡に向かう事を最優先にしてるんじゃないかな。つまり、全機で突入してくる確率は高いと思うよ」


『……その目論見に賭けるってわけか。だがまあ、結局は損な役割は俺たちって事かよ』


 通信機の向こうから諦めにも似た溜め息が聞こえる。しかし、それはそれで覚悟を決めたという明示なのかもしれなかった。

 目立たぬ弱小部隊といえども、戦場を経験している人間にとっては、どんな過酷な状況であっても兵士としての定めを心得ているものだ。

 彼等も現状に満足はしていないだろうが、それでも戦い抜ける意志は確立していた。


「まあ、アンタらもお金は貰ってる身なんだからさ、文句はちゃんと生き延びてからGK社の人間に伝えるべきだね。そのためにも、簡単にくたばるわけにはいかないんだろ?」


『全く、もっともな話だぜ。こいつは生きて帰って、危険手当代として報酬を多分に割り増してもらうわんとな!』


 強気で尊大とも聞こえるその声を聞いて、ナインは内心少なからずの安堵を覚えていた。

 こっちに上がるまでにリーから聞かされていた内容では、敵と応戦しているのはあまり戦闘慣れしているとは言い難い素人の部隊だということだった。

 しかし思った以上に――ナインがこちらに上がってくるまでを凌いでいた事も含め――やはりそれなりに戦いの術を心得ているようだ。


 最悪な状態として、自分一人で大量の敵を相手にする事になるかもしれないと思っていたナインとっては、彼らのその態度が心強く思えるものだった。


「固まって行動するのはさすがに狭い通路内じゃあ裏目に出るだろうから、それぞれ分かれて敵を引き寄せてもらうとして。敵を引き寄せるルートや、足止めする地点、それから自分達の脱出するルートなんかも、今送ったデータに全部書き込まれているからその通りで。一応、この地図は近辺捜索も兼ねて調査隊の人達がきっちり計測してくれた物だから信頼には足ると思う」


 ナイン達が呼び寄せてGK社の調査隊がこの遺跡に辿り着いた時に、彼等が広大な地下空間の中に他にも同じような遺跡があるかもと探し回った際に取っておいた空洞内の地図は、意外な所で役に立った。


 詳細な戦法は各人に任せるとして、戦力の要となるナインだけはおとりとして派手に動かなければならなかった。


 そんな経緯けいいから、部隊指揮は変わらずこの隊の指揮官である彼に任せることにして、それぞれ確認をとる。


 正直、部隊を分けるほどに数が揃ってるわけでもないのだが、敵を混乱させるという名目上、多岐にわたっておびき寄せる方が無難だろう。

 何より、部隊を小分けにすれば最悪な結果を迎えたとしても生き延びることのできる人間は増える。

 4つの部隊を集中させれば、つまりは0か4かの二択に限られてしまうからだ。


「出来るだけ相手の身動きを封じるように動いて。それが自分達の被害を抑えることにも繋がるからね。とりあえず、僕が一回敵の真ん中に突っ込んで引っ掻き回してくるから、この入り口に戻ってくる所を確認次第一斉射して後退を開始。敵が中に侵入してきたら、そのままおびき寄せつつ予定のポイントで足止める。その合間に下の連中が必死こいて逃げ出すから、各自の判断でルートを一周して今度は地上に出る。そしたら反撃。洞窟内に向かって目一杯砲撃を繰り返して奴らを生き埋めで一丁上がり」


 ナインは矢継ぎ早にそれだけの指示を飛ばしてから、その機体の首をめぐらせて外の状況をあおぎ見る。

 そして背部に折りたたんでいた銀色の翼を付けた外部ユニット――AMGの単体飛行を可能とする推進剤の増設タンクと追加ブースターを取り付けた巨大な機械の羽根――を展開させた。


『おいっ! アンタ一人であの敵ん中に飛び込むってのか!? 奴らが攻撃してこねぇのは、俺たちがこの入り口にこびり付いているからだっ! それこそ奴ら、待ってましたとばかりに集中攻撃をかけてくるぞ!』


 信じられないといった風に怒鳴り散らす通信機の向こうの男。

 顔は見えなくても相手がどんな表情でいるのかは手に取るように判別できそうだった。


「うーん……そりゃまあ、そうだろうけど。でもこっからの狭い視野じゃ、敵の正確な数も把握できないしね。なーに、ダイジョブだよ。奴らは陸戦用、おそらく洞窟内での行動を見越してフライトユニットは付けてないみたいだし、こっちは空を飛べるってだけでそれなりに優位なのは間違いないよ。――それに忘れたかい? これでもボクは噂になるぐらいは有名な傭兵なんだぜ?」


 一歩間違えるだけで本物の英雄から本物のキチガイに変わってしまうような発言を自慢げにするナイン。

 根拠の有るのか無いのかわからない自信は彼の専売特許と言えるだろう。



『おいおい……! こいつは参ったな。初めからぶっ飛んでるとは思ってたが、ここまで本気でとんでもない事をしようだなんてなっ。……けどまぁ、なんだかアンタの事は気に入ったぜ! なんとなくだが、アンタが一緒ならやれそうな気がしてきちまう』


 数秒の間があったあと、まるで含み笑いを漏らすかのように喋べりだした男。


 通信機の向こうから砕けた笑いが弾けたのは、ナインというこの男と接触した人間たちの宿命なのだろうか。

 少なくともそういう経験を数えるのも飽きる程に繰り返している。


『まったく可笑しなハナシだ。――そういや、自己紹介もしてなかったな。俺はマクダレン、このしがない部隊を率いてる者だ。よろしく頼む』


 マクダレンと名乗ったその指揮官が前より幾分砕けた声色になった気がしたのは、ナインだけの感想ではないようだった。


「よろしく、マクダレン。もう自己紹介までして貰ったんだ、当たり前の事だけど――ボクは知り合いが死んでしまうのを快く思わないよ? お互い何があっても生き延びることを強く望むね」


 ナインはそう軽口を叩いてから、そのずっしりとした質量感のあるレーザーライフルを岩陰の隙間から構えた。

 膨大な熱量で敵機に穴を空ける光学兵器とはいえ、それだけで充分な頼りとは言えない。


 だがそれでも、ナインに恐怖や不安はない。

 それが強みになるか弱みになるかは、実際に戦ってみなければわからないものだが、ナインの両の目にくもりが無いことは確かだった。



『よおおしっ! 全隊員に告ぐ! くだらない事で命を堕とすなよ!!』


 そう通信機の向こうで叫ぶ声を聞いたのと、ナインが牽制の為の一射を放って飛び立ったのが重なった。






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