Run Out , Roll Out




 飛びあがるまでの助走的な滑空飛行などはAMGの圧倒的パワーでじ伏せ、ナインは機体のスラスターを全開にし一気に大空へと舞い上がる。

 無論、その派手な行為は巨大な洞窟の入り口を取り囲んでいた大量の敵AMGの目にもこれでもかという程に映る。

 そして、間髪入れずに、飛び立ったナインの機体めがけて無数の弾丸がばら撒かれたのは言うまでもないことだった。


 激しい銃撃がナインの機体を襲う。


 地上から上空を飛び回る敵を狙い打つのはそう簡単なことではない。それでも予想以上に精密な射撃と連携の取れた敵機の動きに、百戦錬磨のナインもさすがに舌を巻く。

 広大な荒地に不規則な感覚で突き立つ岩山、そして決して平坦とは言えないゴツゴツとした地面、そのどれをとってもAMGが容易に動き回ることは困難な地形だ。

 それに対してナインは何の制約もない大空を自在に駆け巡っている。


 にもかかわらず、相手の攻撃の熾烈しれつさときたら半端なものではない。

 地の利を数の利であっするかの如く、その連携の取れた正確な射撃はナインを苦しめる。

 上空の360度空間を派手に動き回っている機体に弾を当てるなどは、どれほどの技量を積んでも簡単に出来ることではない。

 それをしっかりとわきまえているであろう敵部隊は、その弾幕の壁で空を制限させてナインの動きを封じようと図ってくる。

 そんな熟練された緻密な戦法にナインもいささか面くらった状態である。


「くそっ……! こりゃ思ってた以上に敵の動きが良いな。少なくとも、とてもさっきそこで手に入れました感を出す野盗風情じゃなさそうだ」


「敵はやはり最初の時と同じ、〈血の薔薇十字〉の部隊なのでしょうか?」

「……どうかな。部隊章は確認できないけど、やり方が奴らと一緒って所が腹立つね」


 警戒音で埋め尽くされたコックピット内で思わずそんなことをボヤいてしまうナイン。強力な重力に耐えるその表情は真剣そのものなのだが、相変わらず軽口を叩いていた。

 バーニアを最大で噴射して急加速をかけなければ途端に撃ち落されそうな状況下でも、ナインの癖は治ることはない。


 だがそれは逆に、口で言うほどに危険な状況ではないと言うことでもある証拠なのかもしれない。


「トゥリープ! 上から視認できる限りじゃ敵機の数はそう多いわけでもなさそうだけど、後続部隊の反応なんかは確認できる!?」


 ナインが声を荒げて叫ぶ。


「いいえ。この付近にその他の反応はかすみもありません。どうやら、この部隊が全てと見て取って問題ないようです」


 コックピット内部の音声出力装置からトゥリープの声が聞こえる。

 戦闘と同時にその電子脳で瞬時に行われる観測、算出、処理を繰り返し、さらに様々なデータとも比較しながら現在の戦況を見極めるトゥリープ。

 その能力は人間のそれがとても追いつくレベルではなかった。


 機械であるトゥリープにとっては当たり前のその淡々した口調が何故かいつも頼もしく思えるナインは、同じくいつもの様に得意げに言う。


「オーケー。じゃあ、余計なことを考えなく戦うさ!」 


 ナインは回避機動をとりつつも、敵の正確な数を目で追っていた。


 流曲線をもとに設計されたシャープなボディに青と白でカラーリングをされたそのAMGこそ、連邦政府の正式主力量産機である。

 その性能はこの砂漠の世界で並ぶものがない程だった。


 だが、不恰好な岩山に張り付いている敵機も逃がさずカウントしたところ、敵の量産機は9機しか見当たらない。

 ナインの予想では、攻撃をかけている部隊の後方に待機している予備部隊がいてもおかしくはなさそうだったが、これはこれで希望的観測もできるといったところだ。


「こっちもただなぶられてるだけじゃ性に合わないんでねっ! ――反撃させてもらうよ!」


 意気揚々と叫ぶナイン。

 先程から敵の猛攻の前に照準すら定められず、ジェシカから受け取った新兵器を全くと役に立たせずにいたが、せっかくのありがたい贈り物だ、このまま無駄にする訳にはいかない。


 敵がナインの飛ぶ空を弾丸の波で切り取ろうとしてくるならば、あえて空にこだわることはないのだ。

 そう思い立ち、狙いを定めて、高高度から地面に向かって自機を一気にダイブさせた。


 地表に対してほぼ直角に落ちていくナイン。

 画面一杯に地面が映し出されたその瞬間、スティックを引き上げ、ブーストペダルを強く踏み込んだ。


 地面に対して頭から逆さまに落ちていく様を見せていたナインの機体は、その両足のスラスターを噴射してくるりと回転するかのように姿勢を戻し、背部メインバーニアを追加ユニットのブースターと共に地面に向け、全開で噴射させる。

 それにより爆発的な急ブレーキをかけ、ともすれば地表に墜落して微塵みじんになるであろう状況から悠々と切り抜けて見せた。

 およそ訓練を積んでいない人間ならば意識が飛びそうなGにえきり、そしてそのまま地上スレスレを縫うように滑空させ、左右に展開する岩壁を翻弄する。


 先程の予想の裏をかくナインの突発的行動により、それまで高い連携を誇ってきた敵部隊の反応が鈍った。

 敵が空から岩山の郡に落ちたことで、距離を離していた敵は地表からその姿を確認できなくなってしまったのだ。


 ナインは、なるほどと思う。

 確かにさっきまでの、360度空間を自由に動き回れた状態では回避機動に制限はなく、攻撃を命中させるのには困難な状態であったろう。


 しかし今の状態――

 地面という境目のせいで半分に割られた空間も、前後左右に広がる歪な形の岩壁たちも、確かにナインの機動を妨げるものではあるが、同時に敵からの攻撃をも妨げる天然の防壁となってくれていた。

 むしろ、でこぼこと盛り上がるれくれた地面は体良くナインの機体を隠してくれる遮蔽しゃへい物だ。


 つまりはそう、部隊を広範囲に展開させていたことでナインの機体から遠ざかっていた敵はその姿を見失い、結果、連携の取れた先程の容赦ない攻撃は部隊が分断された。急激にその威力を無くしたのだ。

 地形の関係や遮蔽物のない空は、確かに地上にいるどのAMGからも確実にインサイトできる共通フィールドだった。


 高度な連携を誇る敵部隊も分断され、攻撃の手が緩む。


 そして、落下した地点から最も付近に居た、一機だけ取り残されたかのように孤立しつつも果敢にこちらを攻撃してくる敵機へとナインは肉薄した。


 勿論、ナインとて先程のような派手な回避機動は取れない。

 しかし、そこはナインの超一流と呼ばれる操作技術のなせるわざ。制限された空間で敵の攻撃を読み切り、最小限の動作で高速で飛来するライフル弾をかわしてみせた。


 低空飛行を続けながらレーザーライフルの照準を絞るナイン。


 敵もそれに気付いたらしく、発砲を続けながらも横にれる様に移動し、照準を外させる。

 その行動も読んでいたナインは牽制のための一射を撃つ。続いて、エネルギーカートリッジ内の充填もそこそこに二射、三射と間隔を空ける事無くトリガーを引き絞った。

 三本の膨大な熱量が圧縮された光の束が敵目掛けて突き進む。


 だが初めの一発は敵機にかすりもしなかった。

 しかし、それで良い。牽制のために放った一発は見事に敵の動きを制限させるに至っていたからだ。

 そして間髪入れずにほとばしった二つの光源は、まるで敵自身から当たりにいったような錯覚を覚えさせる程の正確さで、敵を連続して貫いた。


 およそ、神懸かり的とさえ表現できる予測射撃。カートリッジの充填が完全ではない低威力の二射と三射めにも拘わらず、AMGの二つの弱点箇所――メインカメラとコックピットをたがわずに撃ち抜いていた。


 機体の頭部と胸部を撃ち貫かれ、今まさに黒煙を上げて崩れ落ちた敵機の脇を軽やかな滑りで通り抜き、わずかに高度を上げて目の前を塞ぐ背の低い岩山を飛び越える。   


 それと同時に岩山の向こうでこちらに接近しようと動いていた別の敵機に対面することになる。

 出会い頭にぶつかると言うほど距離が近かった訳ではないが、お互いの射程距離は十分なほどに達している。


 瞬時に、お互い狙いも定めることなく銃口を突きつけトリガーを引いた。


 敵の放った弾丸は知覚すら難しい速さでナインの機体の外装甲を削りとったが、幸い、人間でいう皮膚を擦られた程度で何ら致命弾にはならなかった。

 だが、こちらの一撃も敵を仕留める事あたわず、光弾は敵機をかすめて抜けていく。


 しかし実弾とレーザー弾には大きな違いがある。


 光学熱線兵器の特徴は、何と言っても瞬間熱量数千℃に達するその圧倒的なエネルギーで敵を焼き溶かすことにある。


 今ナインの機体が用いているレーザーは通信や索敵に用いられる赤外線タイプのものではない。

 照射された対象に光エネルギーを蓄積、吸収させて、高熱とせしめるタイプのレーザー兵器もあるが、これはその照射する物質によって上昇させ得る温度が違ってくる。

 理論上は、レーザーの出力さえ上げれば上限はないとされるが、実際にはその物質の熱伝導率の違いにより限界はあるわけだ。

 それ故、赤外線タイプのレーザーを攻撃手段として用いるのは適さない。


 だからこそ、このイオンレーザー砲――

 これはもっと直接的に、空間に放出した電子の過負荷と流動によって摩擦熱を生じさせ、その膨大な熱量をもって攻撃する代物だ。

 つまり、レーザー弾それ自体が敵機の真芯に直撃はしなくとも、とてつもない熱量を撒き散らしながら飛来する熱エネルギー体は、それを掠めさせるだけでも、精密な機械を特殊合金で包んだだけのAMGに多大なる悪影響を及ぼしかねない。

 そういった関連のコーティングをされていたとしても、全く支障がないとは言えないものだ。


 事実、敵機がレーザーを掠めたその右腕は、見て取って分かるぐらいに装甲が熔け、内部機構の一部をさらしていた。


 ナインは瞬時に判断した。

 敵が短銃身のライフルを携えていたのが右腕だったことが運の尽きといえよう。


 岩山を飛び越えたままの速度を落とさず敵に突進する。

 そうして左腕に内蔵されているエネルギーブレード――こちらは磁場による操作で、超高温のプラズマを刃のごとく形成させたものだ。レーザーライフルを遥かにしのぐ熱量を一点にのみ発生させ得る――を腕部から突き抜けるかのように放出させた。


 ひるむことなく急接近を試みたナインの読みは当たった。

 敵は右腕に異常をきたしたことで反撃のタイミングを完全にいっしていたのだ。

 気付いた時には、瞬時に間合いを詰められたナインのそのプラズマを凝固させた光の剣が機体の腹部を真横に切り裂いていた。

 AMGの腰部近くには動力源となる熱核炉がある。

 その近くをエネルギーブレードなどで切り裂かれでもしたら、内部誘爆は必至のことだった。


 ヴヴヴッと不快な音を立てたしばらくののちに、敵のAMGは大きく爆発し、四方に砕けた。

 その爆炎を背にして飛び立つナイン。


 こんな僅かな時間でいきなり二機の敵を仕留めることができたが、それとしてもまだ敵は7機も残っている。

 状況の圧倒的不利はこの程度では変えられぬようだ。


「もう少しぐらいは仕留めておきたいけど、そうそう上手くはやれないか」


 切り取られた遠くの空に、敵のAMGがまるで山あいからひょっこり頭を出すように上昇をかけている。

 その様はとても心和む光景などではない。しかも、それが四方から複数機が迫っている。


 ユニットを装着していないとは言え、AMG単体に仕込まれているエンジンバーニアならば山の一つくらい飛び越えられる。

 さらにはそのまま高低差を利用して狙撃されたらたまったものではない。


 ナインは素早くペダルを踏み込み、岩山の連なったまるで石で造られた樹木が並ぶ林のような地帯へと逃げ込んだ。


 まだ7機ほどいる敵はそれに追いすがるように向かってくる。

 それらの敵が遠くに見えたとしても、この程度の距離ならば一気に詰めることができる。それは先程ナインが証明した戦法だった。


 数に物を言わせて包囲されれば、どんな凄腕といえ一たまりもない。そうさせない為にも、ナインは逃げの一手で敵を分断させるしかなかった。


 それにワンコンタクトから幾らもない時間で敵を2機も仕留めたのだ。向こうもこちらが只者ではないと見越して、より慎重に行動してくるはずだろう。

 そうやって敵が追撃の手をゆるめてくれれば、時間稼ぎ役のナイン達にとっては願ってもない状況になる。


 ナインは地形を正確に読み取り、味方の戦車隊が待ち構えていてくれる洞窟の入り口まで、上空に出て狙い撃ちにされぬよう、地面にへばり付くように飛んでいく。

 それでも時折、敵機のライフル弾が後ろ斜め上空から突き刺さってくるのには肝を冷やす。


 これといって味方に合図のようなものは送っていないが、作戦の性質上、ナインがこちらに戻ってきている事を見て判断は付くだろう。


「さあ、牽制射を頼むよ! できるだけ逃げ込む余裕を作ってちょうだい!」


 そうナインが声を張り上げるより先んじて、洞窟内からの稜線射撃がナインの自機上を掠めるように飛んでいった。

 続けざまに高威力の炸裂榴弾は打ち出されていく。


 ナインはバーニアによる加速を止め、慣性の速度で徐々に高度を落とす。

 水平な線から緩やかな曲線にその軌跡を変え、遂には渇いた土煙を巻き上げるほど地面に接する。

 後は自機の速度とのタイミングを合わせ、AMG脚部の強力なサスペンションを頼みに、地面に強引に足を付けたのだった。

 それでも速度を完全には殺せず、砂土を削り取るようにナインのAMGは滑って赤土の大地に二本の傷跡を付けていく。

 しかしその真新しい跡を二重線から点線へと変えさせ、そのままナインは洞窟内へ飛び込んだのだった。



「よっし――後は手筈通りに事が進むのを祈るしかないか。トゥリープ、洞窟内での味方達の動きはやっぱり把握できそうにないよね?」


 フライトユニットの銀翼を折畳み、暗闇の空洞に後方を警戒しながら進み入るナイン。

 それに呼応するように戦車隊の面々は砲撃を続けながら、洞窟内の深部へと後退しだした。


「ええ。若干の反応を捉える事は出来ても、確実に味方の状態を知るのはまず無理でしょう。距離の近い車両とならばあるいは、と言った所ですが」


「作戦上それが出来ないんだよね。まあ、彼らも兵士としての心積もりはあるだろうだから、あまり気に揉んでいるのも……あれなんだけど……」


「そう自分で言っている程には割り切れていないのでしょう、ナイン? しかし、我々とて予断を許さない状況であるのには代わりないのですから、どうか今は、自分の事だけを考えてください」


「うん……、そうだったね」


 そう二人がやり取りをしている間に、味方の反応が徐々に消えていく。

 それぞれの持ち場へと散っていったのだろう。


 空洞という地形に加え特殊な金属反応を示すこの砂土の大地の性質により、彼らの姿は完全に消えてしまった。

 未だ落盤をさせぬ程度に抑えた砲撃が続き、その轟音が木霊こだましているのが唯一の手掛かりか。



 ナインの機体も設定されたルート――洞窟内に無数に広がる天然の通路の一つへと後退していく。


 そして、この作戦の重要な目標点である敵AMGがようやく洞窟の出入口に姿を現した。


 しかしやはり、警戒を厳にしている敵機はおいそれとは侵入してこない。その事によってナイン達の歩も止まる。



 ナインを自機を岩壁に隠しながら、敵AMGの状況を探るための短距離索敵用のピンポイントレーダー波を放つ。

 それで相手からもこちらの位置をわざと割り出させ、誘い込む手管てくだとしたのだ。

 戦車隊の面々も相手に身をさらさないように位置取りながら、控えめに射線を交えて挑発する。



 しばし、そんな微々とした攻防の膠着こうちゃく状態が続いたが、遂に敵はしびれを切らしたように、一機ずつ間隔を置いて洞窟内に飛び込んでくるのだった。



 ――作戦はようやく佳境に入った。




















 洞窟最深部、そこでは今までの喧騒けんそうがさらに加速し、慌ただしく人や機材を乗せたトラックが右往左往していく。


 その一角で、しゃがれ声を目一杯に張り上げて部下達に指示を飛ばしているのは、誰あろうジェシカ・ルストンだ。

 不機嫌に髪を掻き揚げながら、悪態混じりに部下達を動かしている。


 実際、管轄違いはなはだしいこんな場所に派遣されたかと思えば、今のこの状況である。

 部下たちもみな辟易とした面持ちである。


 ただ、そんな中、熾烈を極めているであろうジェシカ本人だけは、どこかその不機嫌さの様相が違う風に感じられた。


 そんな上司の機微を感じ取った所員の一人が、紫煙をくゆらせている彼女の元へとやってきた。


「本部長、今回の件――本当は何か知っているんじゃないですか」


「あぁ?」


 ぶしつけとも思える単刀直入な質問に、ジェシカのしわがさらに深く寄る。

 質問をなげうったのは不精髭ぶしょうひげを蓄えた、ジェシカとそう違わなさそうな歳合いの男性所員である。


「いえね、本部長自身は気付いてなかったかもしれませんが……こっちに来てからずっと、まるで何かを恐れているかのようでしたよ」


「……アタシがかい?」


 無精髭の所員はすぐには答えず、手に持った紙カップのインスタントコーヒーを差し出す。

 暖かい湯気は芳ばしい香りを運び、多少なりとも彼女の精神をなだめるべくしたその策は意外と効果を得たようで、ジェシカは表情を少しだけ巻き戻し、受け取ったそれを溜息まじりに口に含んだ。


「そもそも、本来ならこんな無茶な辞令に本部長が素直に従う筈ないですもの。何か事情がある事はみんなが勘繰っていましたよ。それに、もしかしたらこうなる事も予見していたのでは?」


「んんー……そんなに顔に出てたかい。参ったねぇ……」



「それで、一体全体、何なんですかこれは?」


 所員が促すように顔を向けたのは、未だに多大な光度でライトアップされた旧世紀の建造物である。


 その巨大な遺跡はこれだけの光を浴びているというのに、どこか見通せない濃い影が貼り付いているかのようだった。



「そこまではアタシだって知りやしないよ。ただ、まあ……“厄介なモン”とだけ言っておこうかねぇ」


「“厄介なモン”ですか。こりゃ、聞かない方が良かったかなぁ」


 後半の台詞は独り呟くようにして、肩を垂らす所員。

 ジェシカは相変わらずの苦い表情で遺跡を目の端に捉えているだけだった。



 すると、そんな折に、二人の下に息せき切って走ってくる別の所員の姿が見られた。

 それに気付いたジェシカたちが怪訝な視線を投げ遣る矢先、荒い息のその若い所員が声を張り上げる。


「た、大変です本部長! あの女の子――居なくなっちゃいましたよ!!」


「……何だってぇ?」


 突拍子のない発言にジェシカがその渋い表情をさらに強める。


 しかし、一体女の子というのは誰の事なのかと聞き返そうしたその瞬時に、思い至る一人の人物が彼女の胸中によぎった。


「女の子って……あの子の事かい? ――いや、ちょっと待ちな、そりゃどういう事だい?!」


 思わず語尾を強める上司に、息を整えるようにして大きく咳き込んだ若い所員が続けざまに言葉を並べ立てる。


「ほ、本部からっ、連絡があったんですよ! 遺跡内に民間人の少女が入っていくのを見たという報告があったらしくて……それでっ、民間人の少女なんてこの場所には一人しかいないでしょう? だから連絡受けてすぐに確認に行ったら……そのっ――」


「部屋に居なかったって言うのかい?! だってあの子はっ……――いや! そんな事は今どうでもいい、それより遺跡内に入ったってのは本当なんだろうね!?」


「は、はい。本部に多数のスタッフからの報告が相次いだそうで、間違いないと……」


「冗談じゃないよ――この状況下でっ!」


 ジェシカ達の顔が青ざめる。

 もうしばらくもしない内にここからは撤退しなければならず、そして、おそらく今立っているこの場所に敵性のAMGが足を踏み入れてくるかもしれないのだ。

 しかも、話によればこちらへの投降も何も勧告して来ないままに発砲してくるような輩がである。



「くそ! 手の空いてる人間を集めるんだよっ! あと誰か何とかしてナイン達への連絡が取れないか、本部にまで一っ走りして訊いてきな!!」

















 湿った闇の地下空洞をまるで人間と変わらぬ動作で駆け下りていく鋼鉄の巨兵。

 後に続いて降りてくるそれらも不定形の岩々に手を付くように払いながら、目標とする前を行くそのAMGに追い迫ろうとする。


 携行する武器をほとんど使用していないのは、安易に撃てないというのが現状だからだ。

 入り口付近のそれなりの広さを持った場所ならまだしも、こういったAMG一機がようやく通り抜けれるような箇所を崩落でもさせたら目も当てられない。

 御互いそれが判っているので、サイト内に捉えれども確実に当てられる場合でない限りはトリガーを絞るのを控えていた。


 もしも追い縋る敵等がナイン達の殲滅せんめつだけを目的としていたなら、即座にこの洞窟自体を落盤させて始末していた事だろう。

 だが彼らの目的がこの地下に広がる巨大遺跡である以上、それを危惧する必要はなかった。


 後はどれだけ敵を上手くやり過ごして、この場から逃げ果せれるかという話だ。



 今ナインが辿たどっているルートはきつい勾配こうばいが連続して続くような造りになっている。

 それもその筈で、車両等がこのルートを走破することは不可能な為、このルートで敵の大勢を惹きつけているという具合だ。

 AMGが余裕をもって活動できる程の大きさを持つ通路は、これ以外では巨大遺跡へと続く本ルートしかない。

 敵が一機でもそちらに向かってしまえばアウトであるが、今の所その心配はない。


 この迷路のように張り巡らされた複数の通路内に、現在、各個に独立した5つの小規模戦闘が行われている事だろう。


 相手のAMGの数は7機。

 ナインが陽動を兼ねて攻撃を敢行した際に2機ほど撃破できたものの、こちらの戦力はAMG一機と戦闘車両4台というものである。

 その戦車隊の各々がAMGを一機ずつ受け持ち、そして残りの3機を一手にナインが引き受けていた。

 一対一で対処できる戦車隊とは違ってナインは3機全ての行動に対処せねばならず、取り分け、敵が一機でも離脱して遺跡方面に向かわないように配慮しなければならなかった。

 その為にも相手に自分の姿を見失わせない――かつ攻撃をされない絶妙な距離を維持しなければならず、さらには相手が気まぐれでも起こさないように挑発的な行動を余儀なくされる。

 つまりはまあ、イヤらしい動きで敵を惹きつけ続けなければならないという事だった。


「頼むから変な気を起こさず、大人しくこっちに付いてきてくれよ」


 コクピット内でそう一人呟くナイン。


 彼が恐れているのは、遺跡へと向かわれて調査隊の面々と鉢合わせてしまう事もだが、他の戦闘箇所へ救援に向かってしまう事もだった。

 戦闘車両程度では地形をフルに活用したとしてもまだ力の差は拭えず、おそらく逃げ延びるが精一杯といったものだろう。

 そこへさらに戦力を送ってしまう愚は犯したくないというのがナインの本音だ。


 敵がこの洞窟の探索よりも、既存の敵部隊の排除にまわるであろう事は容易く想定できる。

 なればこそ、ナインは引き受けた敵全てを手中にしながら動かなくてはいけない。



 すると、そんな緊迫した状況の折、ナインのコクピット内のサブディスプレイがコール音と共に無線通信が入った事をしめす表示に切り替わる。


「通信? ――しかも短距離通信? トゥリープ! 何処からか判別できる?!」


「お待ちを……どうやらかなり近くの様です。距離およそ4キロ範囲内といった所」


「随分近いな。敵からってワケじゃないだろうが」


 そんな事をボヤキつつも、ナインはチャンネルを合わせて通信画面を開く。

 敵への対処をしっかりとおこたらず、その上で入ったその通信に意識を傾ける。


『…………さんっ……こ……か……』


 通信機の奥からひどいノイズに混じってかすかな呼びかけが聞こえる。


 ナインは自機の反応を緩める事無く、敵機との絶妙な位置をキープしながら動く。

 その数秒の間に通信の精度が定まったのか、幾分ノイズの少なくなった音声がコックピットに流れてくる。


『聞こえますか、ナインさん? こちらリーです、リー・バレムです。聞こえていたら応答を願います』


「リーさん? こちらナイン、聞こえてるよ。というか一体どうやって通信なんか……?」


『ああ、よかった。無事通じましたか。実は小型の中継機をそちら方面に飛ばしたんですが、いやはや、こうも上手くいくとは思いませんでした』


 画面の向こうから状況にそぐわない、穏やかでゆったりとした相変わらずの言葉が届いてくる。

 どんな場面であれ揺らがないその丁寧さに、さすがのナインも眉根を寄せる。


「えと、作戦の性質は知ってると思うんだけど……あのー、そのー、こちらは物凄く忙しいというか立て込んでるだけど? ぶっちゃけどしたのさ?」


『いやぁ、すみません本当に。作戦の要であるナインさんの邪魔をしてしまう形になって大変申し訳ないのですが、ちょっと並々ならぬ問題が発生しまして……』


「もしかして敵機が漏れた? ――まさかもうそっちに!?」


『ああ、いえいえ、そうではないんですよ。こちらの撤収作業は滞りなく進行しておりますので、そちらはご心配なく』


「そ、そっか……。まあ、それはそれで良い報告なんだけど。――で、問題って?」


 意気込みを反らされたナインが若干戸惑うように、しかし言葉を繋げる。


『はい、それなんですが……私の方でも詳細をはっきりと確認できていなのですが……ナインさんの預りになってる件の少女、遺跡内で行方を眩ましたとの報告を受けまして――』


「件の少女? ……って、え? ――あの子が行方不明?!」


 ナインの語尾が跳ね上がる。


 さすがの予想外の内容に、それまで器用に画面からの通信とAMGの操作をこなしていたその均衡きんこうが崩れてしまう。

 無防備にその身を敵機に晒してしまったツケは、銃口から発せられる火線によってだ。

 それでも辛うじて直撃を避けれたのはやはりナインという男の底知れなさだったろう。

 敵の対物ライフルの弾丸はナインの機体の腹を掠めて土肌の壁へとめり込んだ。


「居なくなったってどういう事!? まさか連れ去られたとでも言うの!?」


『いえ、それなんですがね……どうも彼女は一人で遺跡内へと入っていったそうで。私が実際に見たわけではないのですが、数件ほどそういう報告がありまして』


「だって彼女は! ……ああ、もう! そんな話してる場合じゃないのか。くそっ……それでその子の事、そっちで探してくれているわけ?」


『ええ、まあ――と言いたいのですが、こちらも最後の積荷と一緒に撤退する身。残念ながら我々はこれ以上ここに留まれませんので、こうしてナインさんに無理をいて連絡を図った次第なんです』


「いや、ちょっと! 見捨てる気かよっ!?」


『真に申し訳ありません。――と、いう事ですので、こちらは最後の部隊と共に去ります。後のことはどうかよろしくお願いします。……あ、技術開発部の方々が最後まで残って探索してくれていたようですが、結局間に合いそうにありませんのでこちらの方もしっかりと我々が引き連れて撤退させておきます。それでは』


 最後の最後までその流暢りゅうちょうかつ丁寧な言葉遣いで以って締めて、通信は一方的に終了された。


「え!? ちょ、ちょっと、リーさん?! もしもしっ!?」


「電波通信、既に切断されています」


「――ホントにもう!!」


 ナインは言葉にならない胸の内をそうやって吐き捨てた。

 そんな主人の多大な債務の苦労をフォローすべく、すかさずに声を掛けるトゥリープ。


「やりましたね、ナイン。厄介事がまた増えましたよ」


「何一つ『やりました』なんて得意げな状況じゃないよっ! ――トゥリープちゃん?!」


「もちろん、冗談です。それで一体どうするおつもりですか?」


「どうするたって、あの子をほっとけるワケないでしょ……? ああああうあ……なんでいつもこうなるんだよぉ……うぇぇ……」


「今現在のルートですと、遺跡からは離れるばかりです。どう対処するのですか?」


 気持ちの悪い声を上げるばかりのナインを尻目に、トゥリープは淡々とした説明に入っていた。


 コックピット内でがっくりと項垂れているパイロットを乗せ、洞窟の狭い通路の先、ほぼ垂直な崖となっている箇所に躊躇なく飛び込むAMG。

 とても地面の中とは思えない高さを降下しながら、バーニアを吹かして落下速度を和らげ着地する。

 真上からは、好機とばかりにそれまでの沈黙を引き裂いて発砲音が鳴り響いた。


「ともかくっ、なんとかこの場を切り抜けて反転――遺跡へと最速で向かうしかないよ!」


「つまり強行突破だと? 勝算の程はあるのですか?」


「じ、自慢じゃないけど一対一なら誰にも負けない自信はあるよっ!」


「そうですか。それで一対三の場合は?」


「全力で白旗を振るよっ!!」


 自信満々に言い切ったナインの言だが、あながちおふざけでもないのが痛い所なのだった。



 通常AMGは、ナインら傭兵達に好まれる条件としてその用途の多彩さがある。

 想定されるであろう戦闘の状況、請け負った仕事の内容、それらに適応してカスタマイズやオプションの選択ができる点こそが最大の武器となるのだ。


 しかし、今相手にしている統合連邦の最新鋭AMGは少し気色きしょくが違った。

 即ち、あらゆる戦況面にいてコンスタントに最強たるAMGとして活躍できるよう、彼らが持てる技術の枠を全てつぎ込んで開発したものなのだ。


 つまりはその他のAMGのように、機体毎の強さにムラがないのである。


 大半の場合、機体のカスタマイズには搭乗者の個性とも言えるクセがでてしまうものだ。

 だが連邦のAMGはそれらを一切として排す事で常に高水準の性能を生んでいた。


 彼らの機体はハードウェアの面として一見貧弱に見える。

 携行する武器は、取り回し易さを重視した短銃身のライフルのみである。

 だがこのAMG用ライフル一つ取って見ても、一発の威力を従来のものより損なう事なく速射性能に優れ、またその連射時の集弾率も高く、精密な射撃が可能という恐るべきものだ。


 このような連邦の高度な技術は無論、内面たるソフトウェアに対してもだ。

 おそらくこの世界で最高峰の性能を誇る火器管制システム、機体エネルギーを最も効率的に分配させる動力制御システム、パイロットの負担を大幅に軽減できる機体制御システム、それらはどれをとってもこの惑星随一だったろう。


 質実剛健――派手さこそないものの、これらが最強の量産機であるという触れ込みに嘘偽りはない。


 だからこそナインのそんな気弱な発言だった。


 しかしそれでも、奇襲と分断戦法でとは言え、彼はその最強のAMGを2体も仕留めているのだ。

 外面でのそんな言葉とまるで反するかの如く、彼の機体は3体の敵機を手玉にとってこれまでやりおおせてきた。



「トゥリープ! この先で反転攻勢を仕掛けたいんだけど、都合よく身を隠せるくぼみとかないかな?!」


「お待ちを。……二つ程崖状の傾斜を下った所に、都合の良い地形があります」


 地下空洞のマップを参照しならの地形探査で導き出した箇所をメインモニタの端に表示させ、あくまで淡々と言葉を掛けるトゥリープ。


「オーケイ、そこでやるっきゃないね!」


 その掛け声と共に、背部のバーニアを点火させ、狭い洞窟内で可能な限りの速度を出したナインの機体。

 急激なその動作に後を追う三体は一瞬面を喰らったように動きが鈍ったものの、すぐにも立ち直って同じくバーニアによる急加速を試みる。


 この速度で壁に激突すればAMGとて一たまりもない。

 だが追い縋る三体全てにまるで迷いがないのは、ナインと同格の操作技術を有しているからであろう。

 ハードとソフトに加え、パイロットまでもが上質という事だった。



 二つの坂というよりは崖を下った先で、ナインは敵機に向けてまるで狙いも定めずにレーザーライフルを数発放った。

 無論それは敵に一切命中する事なく岩壁を広く焦がした。


 そして急遽きゅうきょ、進路を変えて脇にぽっかり空いた壁の窪みに機体を隠させる。


 少なくとも崖を降りた矢先から発見される場所ではないとは言え、完璧に姿を隠せるわけでもない。

 それでもナインは、この場所から攻勢への足がかりを作るつもりでいた。


 地形のせいで敵の姿を見失った連邦のAMG達は、それまでのように折れ曲がる通路の先にナインがいると予測してバーニアの速度を緩めることなく突っ込んできた。


 勝算となり得たのは、ナイン達だけがこの地下空洞の詳細なマップを所持していた事。

 そして熱源探知を撹乱かくらんするべく超高熱反応を示すレーザーライフルを周りの壁に向けて無為に乱射させた事だったろう。


 脇に潜んでいる事をつゆとも知らない敵機が1機2機と順を追ってナインの機体を通り過ぎていく。

 無防備な背中をナインに晒す事となった敵AMG。


 そこを狙い撃つべく照準を定めようとしたその瞬間、――しかし敵も優秀であった。


 3機目がナインの横を通り過ぎるまさにそこで、最後尾の機体と文字通り目が合ったのだ。

 自身が飛翔する不安定な形状の通路だけをただ愚直に捉えるのでなく、しっかりと左右の警戒も怠っていなかったのは流石である。

 敵機はこちらの存在に気が付くや否や、素早く身を翻しライフルを向けてきた。


 ナインの発するレーザーと敵の実体弾という事なる二つの火線が交錯する。


 ナインの狙いはこちらに向き合う3機目だ。

 こちらの存在に気がつき、バーニアを逆噴射してその速度を緩めた。それでも慣性の法則で機体は流れ――しかしとて、その軌道の未来位置すらも瞬時に頭を切り替えて計算してみせたナイン。

 飛来する熱量の塊は見事その胴体を貫通し大破させていた。


 だが敵がバラ撒いた弾丸もナインの機体を穿うがっていた。

 発砲されたライフルの弾頭――その一発が、胸部の左側を直撃したのだった。


 大きく揺れるコックピット内、舌を噛みそうになるその突発的振動に耐える。

 機体が看過できないダメージを負った時に灯る室内灯が激しく点滅した。


「敵の攻撃、左胸部を直撃。機体ダメージ50%以上の蓄積を確認。ナイン、オートバランサーに異常が生じています。ダメージコントロール、こちらで処理します」


「くそっ! さすがに手強い!」


「バランサーの修正完了。――ナイン、回避行動を」


 その異常を目ざとく嗅ぎ付け、前を往く二機ともが反転。直進していたバーニアの推力に逆噴射を掛け、中空で制止するかのように吊り合ったその状態でライフルを連射してくる。


 直撃のダメージで瞬時には動けないナインの機体であったが、トゥリープの優秀な機体制御のおかげで通常よりも早くに立ち直る。

 そこを見過ごさず、ナインは急激なバーニアの加速でジグザグな軌道を描き、さっきまで下っていたその崖に取り付く。

 全力で急上昇をかけ、辛くも砲火の的と成り下がりかけたその窮地を脱し得たのだった。


 だがすぐにでも敵機は対応し、同様の急加速で崖を登り迫っている。



「ナイン、機体のダメージにより推力が通常より低下しています。このままではいずれ――」


「大丈夫っ! 考えがあるんだ――ともかくなんとか持たせてくれっ!」


 コックピット内で緊迫した声が響きあう。


 それでもそのナインの口調には確固とした何かが見え隠れしている。

 追い詰められた時、この男の言葉と表情にこうした決意めいた色合いが宿る事をトゥリープは今まで数多く見てきた。


 連続した2つ目の崖を昇り切り、また緩くうねった空洞の通路をブーストを掛けて疾駆しながら、ただひたすらに来た道を戻る。


 敵はこちらが手負いと知り、先程までの謙虚さを拭い捨てて攻撃を敢行している。

 一応は壁や天井に無闇に当てないように配慮しているのだろうが、それでも熾烈な銃撃にかわりはない。



 地下の空間だというのに、随分な高低さのある大きな崖まで戻ってきたナイン。

 その切りそびえる天然の壁をAMGのパワーで垂直に昇る。


「トゥリープ! フライトユニットも展開させる! 翼の準備をお願い!」


「この空間でフライトユニットを広げると? 無茶です、ナイン。承服しかねます」


「翼の補助ブースターを使わなきゃ、このままじゃ確実に敵に追いつかれてしまう!この崖さえ昇り切れれば勝機はあるんだ――無茶は承知の上さ!」


 機体のパワーが低下している分、確かに敵機はすぐ下まで迫っていた。

 だが只でさえ狭いこの空間でAMGの翼を広げるという提案は愚行としか思えないものだ。


 それでも、この男ならばあるいはというような――機械にあるまじき不明瞭な思考ノイズがトゥリープの電子脳に流れたのはもはや言うまでもなかった。


「……わかりました。背部フライトユニット、展開させます。これにより機体の直径幅が急激に増大します。進路上の安全マージンをしっかりと確保し、機体操作には細心の注意を」


 銀色の翼を広げたAMGが先程の緩慢な上昇から一転して、圧倒的な推進力を発揮する。

 だがそれは一歩間違えば悲惨極まりない結果となるという側面をはらんだ速度だ。


 さらには広げた翼の分、壁面との接触がまるで吸い寄せられるかのように容易となっている。

 まるで針に糸を通すような飛行技術を強要される操作だったろう。



「あとちょっと……もうちょっとなんだ!」


 背景は縦に流れ、ぐんぐんと飛翔するナインのAMG。


 しかし、崖の終わりが見えたと思えたその矢先、もう一つの問題もナイン達の目に飛び込んでいた。

 降りてくる時は気付かなかったが、崖の天辺付近に出張った岩陰が張り付いている。

 登攀とうはんで言うところのオーバーハングというやつだ。AMG単体ならともかく、翼を広げた今の状態ではどうあってもその出っ張りを回避できない。



 しかし危機的な状況下、ナインの判断は素早かった。



「トゥリープ! ユニットをパージ!!」


「了解です」


 阿吽あうんの呼吸というより取れる方法が他に見当たらなかったトゥリープ。彼女はナインのこの叫びを見越して、フライトユニットの強制分離の準備を整えていたのだった。


 銀色の翼は出張った岩壁を前にパージされ、フライトユニットのみがそのとつ面へと追突する。

 ナインの機体は十分な推進力を得ていた事から、悠々とその出っ張りを潜り抜けて崖の頂上へと降り立つ。

 下では激突したユニットが爆発し、薄暗い空洞に紅蓮の光をきらめかせていた。


 そしてその爆光に照らされて、飛翔してくる2機のAMGの姿が映える。


「ナイン――敵機が上がってきます。どうするおつもりですか?」


「こうするのさっ!」


 ナインのAMGは左腕に仕込まれたエネルギーブレードを最低出力で稼動させる。か細い刀身となったそれを、今そうやって降り立っている崖の頂上に突き立てた。


 岩壁に亀裂が走る。

 しかし出力を抑えたその程度では崖そのものが崩壊するような事はない。


 だが、具合よく出張るように突出していたその一部分だけは話が別である。

 亀裂はしこりのようなその岩塊の外郭をキレイに縁取り、遂にはぼこっとこぼれ落ちるのだった。


 驚愕したのは言うまでもなく、未だ壁面を昇ってきていた2機の敵AMGだ。

 一機がようやく通れるような垂直に伸びたトンネルである、降ってくる巨大な岩の塊を回避する術などはない。


 それらの2機は崩落した岩塊に巻き込まれ、連鎖して墜落していく。

 まるで奈落の底に堕ちていくかのような2機の光景を崖の上から膝をつく形で見届けていた生き残りのAMG。


 数秒の間を置いて、その奈落の底から金属がひしげる盛大な音が重なって鳴り響いた。



「よっしゃ! どうこれ――カンペキな作戦だったんじゃない!?」


 さすがにナインの機体も損傷が激しく、体の各部から煙を上げている。

 しかしそんな外部のシリアスな情景とは裏腹に、機体の内側では狭い箱の中では大袈裟にはしゃぐナインの姿があった。



「カンペキ、ですか。しかしナイン、確実にあの突出した部分だけが剥がれ落ちるとどうしてわかったのですか?」


「え? いやだってなんか、ぽこっと取れそうな形だったから」


「では、崖そのものが崩落してしまわないと何故わかったのですか?」


「あー、ほら、ブレードの出力かなり下げたし。……たぶん平気だと思って」

「…………………」


「ま、まあ、平たく言えば長年の経験とカンってヤツだね。――うん!」


「成る程。運も実力の内とはこういう事を指すのですね」


「ひ、ひどいっ! 頑張ったのに……精一杯頑張ったのに……!」


 さっきまでの精悍せいかんな顔付きは露と消え、目尻の垂れた情けない表情のナインが狭いコックピットの中でさらに膝を抱え窮屈そうに丸まっていた。

 集中力が持続しないのがナイン決定的な弱点なのだろうかと思索するトゥリープだった。



「ともかく、これで遺跡への道は開かれましたね。と言っても時間的余裕もありませんし、機体のダメージも看過できるものではありませんが」


「うん。それにしても、あの子一体どうしたんだろうか……? 一人で動き回れるような状態じゃなかったと思うんだけどなあ」


 ジェシカ達の元にいたその少女の状態を思い出して、ナインが心底不安そうに声を出した。


「なんとも言えません。遺跡内に一人で立ち寄ったという話も奇妙ですね」


「何はともあれ、無事で居てくれる事を願うよ」


「遺跡内のガードシステムは無力化していますし、さほど気に病む必要はないでしょう」


「いや、なんかもっと嫌な感じがするんだ。上手く表現できないんだけど、指先がチリチリする感じかな」


「ただの血行不全では?」


「うーん……あのね、そういう身もふたもない言い方やめてくれる?」


 ナインはそう情けない声で抗議した。










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