Sallowing Land



 荒れ果てた岩山にもうもうとした砂埃すなぼこりを舞い上がらせて、それは飛来する。


 きらめく金属質の外装甲、鈍い銀色の肌が時間と共に強くなる紫外線を受けてまばゆい光沢を放っていた。


 全てを赤土に染められた世界で、それは異様なまでの美しさをかもし出している。


 平均日射温度50を超える外気温によって、それからはまるで別次元の世界への扉のような陽炎かげろうが揺らめく。

 蜃気楼しんきろうもあわやと言うべきその幻想的な光景とは裏腹に、それは乾いた大地を恐ろしいまでの速度で滑空かっくうする。地面との距離があまりに近すぎて、一歩間違えば、乾き切った砂と岩の大地に衝突しかねない程だった。


 だがそれは、何の不自由も感じさせない動きで悠々と出張った岩肌を通り抜けていく。

 そうして、また空高くへと舞い上がり、はるか東の空へと消え入った。


 その光景は、鮮やかな光点が徐々に小さくすぼんでいくいかのようだ。



 眼の眩む太陽光の中でもはっきりと視認できるその光点が見えなくなった頃、赤土の大地だけが取り残されたそこで、微かに動くものがあった。

 一見するとただのぼろ切れのようにしか見えない。

 風になびく茶褐色のその布は――しかし、はっきりとした動作で身を起こした。

 そこに、薄汚れ切れ端となったマントを羽織はおった人影が現れた。


 もし本当にそれが人間なのだとしたら、あり得ない話だ。

 先人たちの限度を知らない環境破壊の所為で、今この惑星の環境は誰がどう見ても絶望的だ。


 ――終末戦争――


 そう呼ばれる惑星規模の戦争がつけた傷跡である。


 この大戦を境に、この世界は大きく別かたれた。

 凶悪な化学兵器による応酬で、地表の植物のほとんどは消え失せては、わずかに残った海中のそれらが辛うじて酸素を排出し、この惑星の灯火ともしびを維持していた。

 地上の大半は昼の日射温度が摂氏何十度と上がり、その落差を埋めようかとするかのごとく夜は摂氏マイナス何十度となる。


 そんな場所で生身の人間が、こんな太陽が真上にある時間帯で生きていられるはずはなかった。

 直ぐに死に到ることはなくとも、温度ばかりが50を示し湿度0に近いこの環境。冷却装置と防護マスクなくしては――口を開けば急激な温度変化により、唾液が蒸発し口の中が乾き切ってしまう――呼吸さえ困難で、そこに生身で居続けるなど正気の沙汰さたではない。


 だが、ぼろ切れのマントを羽織ったその人影――

 その壮年の男は、眼窩がんかくぼみ、頬はこけ落ち、唇は開くことさえままならない程にひび割れているのにもかかわらず、その表情は生気に満ちて、姿勢を真っ直ぐ伸ばしたまま先ほどの銀の幻影が消えた方角を凝視している。


 そして男は水分を失い、開くことさえないと思われたガサガサの唇を動かした。

 「ようやく、見つけた」――と。














 狭くて窮屈きゅうくつな鉄の箱のなかで、ナイン・クラウリィは何度目かになる溜息をついた。


 常に情けなさをかもしだすれた双眸そうぼうに古びた眼鏡、飴色の髪や無精髭は手入れされずに伸ばし放題で台無しの感があり、有り体に言ってダメ人間の基本のような容姿である。

 歳の頃は30代に差し掛かるようだが、なんというか大人としての自覚が薄そうな――そんな甘さからくる稚拙ちせつさが目立つ。


 彼は今、葬式に葬式が重なったかのように、顔色も蒼ければ気分も限りなくブルーなのだった。


 と、彼が何でもないかのように自分のすぐ手前にあるスティックを押し倒した。


 脳波感知モジュールと言われるテクノロジーの発展のおかげで誕生したその装置は、スティックを握るてのひらから血中の塩分を介して脳からの電気信号をキャッチする。

 本来神経にだけ送られるそれらの信号を強制的に探知するものだ。おかげで複雑な命令を単調な操作で可能にしてくれる。

 それには若干の機械的措置を人体に施さねばならないが、して大掛かりなものでもない。人間の神経に介入し、発せられる脳からの信号をより高度に変換してくれる生体機械のチップを皮膚の下に埋め込むだけというものだ。


 そんな無造作な操作で、彼の座るシートに大きな重力がかかる。

 横に押し倒されそうになったナインはしかし、別段どこ吹く風でその圧力に耐える。

 彼の前方にある巨大なスクリーンに映った風景も横に流れて、そしてその画面の左端に光の玉が後方から飛来して、前方の遠くにある岩山にぶつかり大爆発を起こす。


「はぁ……やだねぇ、盛りついちゃってさー。僕はもっと穏便に話し合いたいよ」


 狭く様々な機器で埋め尽くされた鉄の箱の中で、ナインは独りごちた。だがそんなささやかな願いは叶うはずないとも十分承知していた。

 だから、どうしようもなく気分が萎えているのだった。


 しかし、彼は頭をガクっと落とすことを許されない。いきなり箱の中に、けたたましいアラーム音がなり響く。


 ナインは少しも焦ることなく掴んでいたスティックを小刻みに揺らす。そうすることで、彼の身にまたしても何人なんぴとも抗えない重力の波が襲った。

 だが今度のそれは、先程のように強く押し倒されそうにはならなかったものの、右へ左へ揺れる画面とシートの動きは見ているだけで気分が悪くなりそうだ。

 そしてそれと同時に、揺れる画面の中にさっきのとはまた違う小さな光の玉が無数に画面の後方から前方に抜けていく。


「ねえ、トゥリープ……」


 ナインは溜息とも取れそうな弱々しい口調で誰かの名前を呼ぶ。

 この狭い鉄の箱の中には無論、彼以外の人間が入れる余地など微々たるもので――実際に、この中には彼以外の姿は見受けられない。


「何ですか、ナイン?」


 しかし、彼以外いない筈の室内で呼ばれた名前に応えるものがいた。


「あぁ、いやぁ……もう一度、契約内容を確認したいかなぁ――なんて」


 ナインは揺れ動く箱の中にも拘わらず、まるでそれが普通だというように平然と喋っていた。

 画面の中では無数の光の玉のシャワーが続いている。


「またですか? これで十三回目ですよ。確認を取ることは大事ですが、度が過ぎるとただの時間の無駄になります」


 室内から機械的な女性の声が、さとすような響きを込めて聞こえてくる。


 その声の持ち主の名前はトゥリーピュナーという。

 正確に言うならば彼女に名前などなく、正式な名称は型番号であるGPC‐MODEL0009というどこまでも無骨な文字と数字の羅列だけだった。


 窮屈な箱の中に彼女の姿が見えないのは当たり前の事で、彼女は今、その鉄の箱そのものと同化しているからだ。

 そう、彼女は人格付与ふよ型の高性能人工知能――通常の人間では出来ない事柄をサポートするために大量生産・販売されているそれらの一部だ。


 人工知能と侮るなかれ。

 その電子脳の機能はほぼ人間と同じで、自意識とも呼べる性格や感情までをも有していた。

 そして今はナインの愛機でもあり、彼の生活を唯一支えていられる汎用人型機動装甲――通称AMGのCPUに組み込まれていた。


 AMGアーマード・マニューバ・ガジェット――

 それが正式名称である。


 ガジェットというのは本来、小規模な装置や機械の事を指すわけで、こんな巨大な機械のかたまりに付けるものではない。

 だが、そこには複雑な由来があった。

 簡潔に説明すれば――勿体もったいぶることでもないのだが、単に便宜べんぎ上と浸透性の問題の話なのだ。

 それと付け加えるならば“皮肉”である。


 もう何百年もの昔、人類が己の行為の意味も分からずただ暴走していた時代からその雛形ひながたは造られていたという。

 人という種が誕生してどれだけの歳月さいげつを掛けようとも、人間たちがやっていることにさしたる進歩などなかった。

 ただその方法だけは例外で、そんな過程でこの汎用人型機動装甲は生まれた。 


 初めは文字通り、ただの重武装と高機動を両立させた装甲車に近い兵器種であった。

 ただ、技術の進歩や時代の必然とともに汎用性が重視され、今のような人の型をした巨大なオブジェとも言える外形へと移り変わっていった。

 それで、浸透しきった古臭い呼び方に無理矢理後付けした名前が、この汎用人型機動装甲という。


 そしてガジェットという由来――

 それはまさに当て付けのような皮肉とブラックジョークの産物である。

 本来、車両程度の大きさしかなかったものが、様々な機能を付け加えられていく過程でどんどん肥大化していき、現在の形に成ったという。

 機能が増える度に運用や整備の困難さも際立ち、それを揶揄やゆしてガジェットという風に呼び始めたらしい。


 らしいと言うのは、大戦よりも前からその呼び名が定着しており、正確な話は誰も知らないというわけだ。

 そういう意味では“正式名称”と言うのは間違っているかもしれない。 

 しかしまあ、この世界でもその呼び名が定着してしまっているからにはどうしようもない。


 発達した技術の粋を集めたとは言え、ロボットのように自律起動では行動しないので、こうして狭い鉄の箱の中――コックピット――に人が乗り込んで操作しなくてはならない。

 まるで、戦闘というその行為だけは人間自身の手が行わなければならないと言うかのように。


 そんなきな臭い系譜けいふだけは今現在もしっかり受け継がれており、つまりは未だ人間のやっていることに進歩はないということだろうか。


「結局、人間一人に見通せる範疇はんちゅうなんてごく僅かなもの。本当は自分が一体何をしようとしているのかなんて判らず、ただその行為を繰り返すのが精一杯」

 ――それは彼、ナイン・クラウリィの持論だった。


 しかし、今それを同じように行為に没頭している後ろの彼らに語ってみたところで、意味があるとは思えなかった。

 光のシャワーは止む気配すら見せない。


「でもね、ホラ、万が一見落としていた部分が見つかるかもしれないじゃない? ――ね?」


 戦闘補助用の対話型AIにこんなにもへりくだった言い方をしている時点で、このナインという男の底は知れていよう。

 実際、彼が購入し手を加えた彼女の方が権威は上だ。


「十三回ともそう言って契約文書に誤りはなかったのでしょう。それならばいい加減、現実というものを見えていただけますかナイン」


 最後にぴしゃりと言い含めたそのトゥリープを見れば、どちらが格上かは否応なく判断がつく。


「ううっ……だってだって、今回のお仕事は戦闘の可能性は皆無だって……。それなのに、どうして僕たちはこんなハメにあってるんだい。……ぐすん」


 最後に泣きまねまでしてみせる余裕は一体どこからくるのだろうか。 

 何体もの所属不明AMGに追い立てられている今の状況で、こんなにも日常的な会話を繰り広げることは普通できない。


 だがそれをやってみせるのがこの男だった。


 口調とは裏腹に、両手はレバーと操作盤に驚くべき速さで沿わせている。

 コックピットの前面の大型ディスプレイに次から次へと表示されていく情報を的確に読み取り、全く無駄を排した操作で敵AMGの火線をかいくぐっていた。


 このナインという男――

 実生活においてほどだらしなくどうしようもないこの男が、実は業界トップクラスのAMG乗りの傭兵と知れば誰もが驚きを隠せないだろう。


 はたからみればただのぼさっとした優男。

 それも限りなくひ弱で頼りのなさを隠そうともしないそんな人間が、傭兵としては一流だと言われて鵜呑うのみにする人間はそういない。


 だがそれは、今こうして難なく敵の追撃をかわしてきている状況を見れば判ることだった。


 とは言っても彼我ひが戦力は四対一。

 しかも敵AMGは明らかに手練れの部隊。

 どうあってもこちらが不利な状況である。とても容易に打開できるレベルではない。


 などと危惧きぐしている間に、ナインの愛機が横に不自然に大きく揺れた。

 敵の乱射する、リニアレールにより打ち出される散弾の雨霰あめあられが彼のAMGを捉えた。

 コックピット内も大きく横揺れし、警告音を発するランプが室内を赤く染めた。


「――なあああっ! 当たった、当たっちゃったよ! どうしよう!?」


「落ち着いてください、ナイン。徹甲弾やりゅう弾の類でさえなければ損傷は軽微です」


 全く以って、子供としか言えない慌てた態度でナインが所在なく様々な情報を流す各画面をチェックしていく。

 だがそんなことをせずとも、機体に組み込まれている彼女自身の方がソウトウェアと直結している分、一早く情報が入るのだが、動揺しているナインはそこまで頭は回らない。

 元々そのために組み込まれたシステムである彼女の存在意義をさりげなく奪いながら、ナインは慌てふためく。


「だってこの前の改修費、まだ全額払いきれてないんだよ!? ――それにこの前の新調したスラスターバックパックのローンも残ってるし……ああっ! だめだ! 収入がないまま出費だけがかさむぅぅ……」


 情けない涙声で愚痴をこぼすナイン。

 腕前だけは確かにも拘わらず、常に懐が貧血気味なのは彼の圧倒的なまでの金運のなさによるところだが――

 それだけではなく、おそらく彼の甲斐性の無さにも比例していることだろう。


 この男、AMGを操らせたら右に出るものはいないという手並みを見せるが、それは逆にAMGにさえ乗っていなければただのダメ人間ということだった。

 そんなナインがまともな仕事を契約できるはずもなく、いつもいつも上辺だけの“おいしい”仕事内容にだまされては、常に損な役割ばかりを押し付けられてきた。 

 しかしそんな苦境を乗り越えてきたのも事実で、つまり名声は上がれども借金は嵩むという訳の分からない永久地獄から抜け出せないでいるのだった。


 そして今回の仕事もそんなところだろうと、トゥリープは半ば予想してはいる。


「あれ? でもおかしいなぁ。この前露店で買った特殊塗料を塗っておいたから、機体強度は格段に上がってるハズなんだけどなぁ。なのに、右肩部の損傷はいつもの変わんないや」


 ナインのその「露店」という一言に、トゥリープはとてつもなく情けない心境に陥った。


「ちなみに訊きますが、その特殊塗料という代物の価格は幾らぐらいだったのですか?」

「ん? それがね、聞いてよトゥリープ!」


 そう言ったナインは、自分のおもちゃを他人に自慢する子供のように嬉々とした笑顔を浮かべる。

 そして、モニタリングでその表情を確認したトゥリープは、自分が危惧した通りの結果だということを覚悟した。


 総じて言って、ナインがこんな顔をするのは間違いなく騙されているのを知らずにいるときだ。


「なんとね! 機体の外装甲板に塗るだけで、機体強度が三倍にもなるっていうコーティング材が2万ロッソだったんだよ! これはすごい特価でさ、相場は10万を下らない高級品なんだって! いやぁー、いい買い物したなあ」


「……………………」


 ちなみにだが、2万ロッソといえば改修費の残りを払ってもまだお釣りがくるだけの余裕がある。

 これも、万年貧乏傭兵でいるためには外してならない才能だったろう。


 などと言う、戦闘中とは思えないほどのどかな会話が繰り広げられている合間も戦況は刻一刻と変化しており、AMGの全方位索敵さくてきカメラに入った新たな機影の情報が直接、トゥリープに送られてきた。


「ナイン、10時の方角に援軍ですよ」

「――えっ? 援軍? うっそ、リディアちゃん、そんなの用意してくれてたの?」


 トゥリープの言葉に、一瞬パッと明るくなったナインの顔。

 しかし、彼女は冷静にその期待を打ち砕く。


「残念ながら、この場合は敵の増援とみて間違いないでしょう。それよりも、やはりこの仕事はリディアさんからの依頼なのですね?」

「あ、いや……それは、その……」


 目に見えて分かるようにナインの態度がしぼんでいく。

 それはどう見ても、母親にしかられることを恐れる子供のそれだった。


 リディアとは、彼が最も多く仕事を受けてくる大手企業の依頼主だ。正確にはそのCEOの愛娘なのだが、この人物こそ彼らに取り付いた疫病神そのものだ。

 トゥリープも実際に会ったことがあるが、ナインの口から聞いているだけでどんな人物なのかは容易く思い描ける。

 用意周到にして、計算尽くされたその技法で男をいとも簡単に手玉にとる猫をかぶった血も涙もない冷血な女――

 ナインから聞いた話をまとめればそんなところだろう。


 そして、そんな本性に気付かないでいる――これからも気付くことはない――のは、その手玉に取られている、ナインを含めた本人達だけという顛末てんまつである。


 リディアは外見、小柄で誰にでも好かれそうな愛くるしい容姿の女性だった。

 だがそれこそが一番厄介なのだと、トゥリープは自らに搭載された学習機能によって知った。

 なまじ美人といういうよりは親しみやすく、か弱げな気配を漂わせるその演出に異性はだまされるのだろう。

 ナインに言わせれば、彼女はこの腐敗した大地に降り立った最後の天使なのだと。――もちろん、その天使のおかげでどんな目に遭っているのかなどは気付くまい。

 「恋は盲目」とかいう、旧時代の文言をトゥリープは検索し当てる。

 もっとも、彼女にとってそれらは、人の感情パターンをデータ化したその一つの部類でしかないが。


 まあ、その事には気付かずとも、大抵リディアから回ってくる仕事には悪条件がつくため、トゥリープから制限を促されていたナインの態度はもろい。



「まあ、今はともかくその事には深く触れませんが……。それで、どうするのです? 接近する機体が敵の増援の場合、戦力の差は七対一となりますが? それも手際から見れば明らかに職業的な集団ですね。つまり素人の野盗風情ではないということ」

「は、はは……。絶望的だね」

「ちなみに追い詰めるようですが、遭遇した途端攻撃してきたことから見ても、ほぼ間違いなく初めから私たちを狙ってきたのでしょう。この場合、降伏も通用しないでしょうね」


 AMGのコックピットの中には、乾いた笑い声だけが木霊している。モニタから見たナインの表情も、負けず劣らず乾ききっていた。


「い……いやだぁーっ! 僕はまだ死にたくないよぉぉ! 助けてリディアちゃん!? ――って、うわぁぁぁぁっ!」


 乾いた笑みから一転、恐怖に引きつる容貌ようぼうのナインが叫びだしたのと同時に画面脇の褐色の岩山がぜた。

 敵の炸裂榴弾が直撃したのだ。その爆風の余波で、ナインの機体が横っ飛びに流れていく。


 幸運だったのはその砂煙のおかげで、先ほどからしつこく繰り返えされていたレールガンの雨が止んだことだ。

 その隙をナインは見逃さない。


 慣性の法則で流されていた機体を瞬時に立ち直らせ、敵の目が見えなくなったこと利用して地面をスレスレにうようにして滑空かっくうした。

 そうすることで、敵AMGのレーダー機能程度は奪える。


 だが、状況の深刻さはくつがえしようがなかった。それも、もう直ぐさらに困難な状況へと変化していくという条件付きでだ。


「トゥリープ! ここら辺の地形データある?!」


 先ほどのヘタレっぷりを拭いさったナインが声を荒げる。


「地形データですか? 中空域戦闘に地の利は関係ないと思いますが。少し時間を…………――確認しました。画面に表示します」


 軽い電子音とともに前面ディスプレイの左下に近辺の概略地図が表示される。


「えっと……あった! トゥリープ、このクレバスの中で機体を飛ばせそう?」


 ナインは地図の中央から右上に沿って広がる巨大な裂け目を指す。


「機体を飛ばすだけならば、問題はありませんが……この中に入ってしまえば、もし挟み撃ちにあった場合ただの的に成り下がります」

「だいじょうぶ、そんなヘマしないって。今ここで撃ち落されるのを待つよりは幾分効果のある作戦だから」


「まあ、マスターは貴方ですのでご自由になさってください」

「すごく投げやりだね……。そのマスターがあっさり死んでも構わないの?」

「ええ、特には」


 引きつった笑みを投げ掛ける主人に何の感慨もなくトゥリープは告げた。


「ううっ、いいんだ……どうせ僕は、死んで悲しんで貰えるような人間じゃないんだ……」


 余程同情を誘いたいのか、口真似で涙を拭う素振りを見せている。もっとも、機械相手にそんなものが通じるわけはないだろうが。


 だが言葉内ではふざけていようとも、彼の愛機は的確に岩肌を縫うようにすべりながら目標のクレバスへと向かっていた。

 その後方には、ナインの機体を見失ったことで連携が崩れつつある敵機がいる事だろう。

 しかし、広大に撒布さんぷされた金属物質を含む独特の成分層の砂のカーテンは、それらすら覆い隠していた。


 大戦の折に撒かれたジャミング兵器の残滓ざんしと言われているその特殊な砂は、レーダーの類を一切として遮断してくれる。

 おかげで、彼の機体は敵機に見つかることなく目標の巨大な地面の裂け目へと滑り込むことができた。












「それで、どうなさるおつもりですか?」


 クレバスの中は思った以上に底が深く、最深部まで下降すれば容易に敵に気取られる心配もなかった。


「まさかこのまま、敵が諦めるのを待つなんて言わないでくださいね」

「いやぁー、それもいいかなって僕は思うけどねえ。けど、あの人たちすっごくしつこそうなんだよなあ。いや、困った」


 ナインの機体は最深部の地面に降り立ち、そのまま最低限の機能だけを残してアイドリング状態に入った。

 そうすることで、敵のパッシブソナーや広域のサーモグラフ程度ならくぐれる。


「とりあえずトゥリープ、分かる範囲でいいから敵の情報ちょうだい」

「情報といっても、後ろを向けて逃げていただけですから。あまり信頼はできませんが、推察も交えてで構いませんか?」


 事実、彼の機体のカメラアイでは正確にその姿すら捉えていなかった。唯一わかるのは、高熱反応をもとにした敵の機数だけだった。


 だがナインは気にも留めない様子で「おっけー」と短く返す。


「わかりました。ではさっそく敵の火線からの推察ですが、敵のAMGの種類は3タイプと見受けられます。一つは大型炸裂砲を搭載した重武装のAMGですね。これは大口径グレネード弾が一定の間隔でしか発射されていない所みる限り、このタイプは一機だけでしょう。しかし、断定できるほど確かではありません。セオリーを基にすれば重武装=重装甲ということになりますが、これも断定は危険ですね」


 確かに、高出力の武器を持った機体には武器に見合った大型のジェネレーターやラジエータが必要不可欠となる。よって機体は必然的に重量を伴い、回避率の悪さをカバーするために装甲が強化されるので、セオリーからすればその通りだ。

 しかし中には高機動でありながら高出力の武器を積んだ不安定な機体を乗りこなすパイロットもいるため、はっきりと断定はできない。


「もう一つは標準クラスのAMGです。武装や装備に目立った特徴はありませんが、その分、安定した性能でしょう。おそらくこのタイプが二機だと考えるのが妥当ですね。――もっとも、軽量機の高速タイプであるとも考えられますが……それにしては装備もままならない、こんなオンボロ機体に追い付けなかった点から見れば可能性は低いでしょう」

「なっはっは! そこはほら、性能の悪さを腕前でカバーする僕あってのことだよ。案外、超高性能の軽量型なのかもね」


 どこまでも緊張感のないナインが、狭いコックピットの中で踏ん反り返る。


「最後の一つはおそらく、確率的にも索敵用の戦闘補助型AMGと考えられます。ただ、敵の火線からの判断なので信頼はあまりできませんね」


 敵の火線は三つしか確認できなかったが、熱源反応は四つ。

 つまり一機は攻撃に参加していないことになる。

 そう考えると、残りの一機は戦闘用の機体ではないと考えられる。

 その場合は、弾薬や燃料補給のための支援型か、索敵機能に特化した補助型かと疑るのが妥当な線だ。

 敵が自分達を探していたことから、最も確率の高いのは索敵用AMGということになる。


「――とは言ったものの、そのデータは初めの四機だけです。後から来た三機の機体については全くと言う程情報が足りませんね」

「いや、その三機についてもさっき言った通りでいいんじゃないかな? おそらく重攻撃AMG一機と標準のAMG二機と考えられると思うよ」

「それは、確かな根拠があってのことですか?」


 常に物事を楽観的に考えようとするくせのナインの手前、トゥリープはその意見に容易には賛同しかねた。


「根拠ってか、可能性の一つとして考えられるんだけど――もし例えば、その残りの一機が索敵を含む戦闘全般を見渡してる指揮官機だったとしたなら、この連携のとれた動きも敵の攻撃の正確さも理由がつくんじゃないかな」

「なるほど。こんな視界の悪い不整地の区画で、あれだけ呼吸を合わせた連携をとるのは簡単なことではありませんものね」


「仮にそうだとしたら、敵機の数から考えて、一機のみが指揮官機で残りの六機はそのセオリー通りの組み合わせととれる。それからこれは僕が勝手に感じた感想だけど、彼らは多分、特別な訓練を積んだ特殊部隊だね。無駄のない戦術行動とか、情け容赦ない熾烈しれつ性とかから見てもそう感じるなあ」


 ナインは「勝手に感じた」とは言ったが、戦場にいて彼のこの意見ほど重宝するものはない――と、長い付き合いの中でトゥリープは学習していた。

 データや確率だけでは言い表せない、生身の人間だけが感じ取れる経験と感触に裏打ちされた戦闘の”質感”というものを。


「それで、もしそうであった場合どうなのですか?」


 トゥリープは思案顔で渋った様子のナインに先を促した。


「うん。もしそうなんだとしたら、初めの四機は多分僕らを追い込むために真っ向から攻撃してきたと考えられる」

「追い込む? ――つまり、後から現れた三機はトラップをいていた伏兵だったと?」

「そそ。でも僕らが予期した通りの行動をしなかったから、仕方なしに姿を見せたんじゃないかな。敵の周到さを頭に入れるなら、すごく的を射てると思わない?」


「……あくまで推測の域はでませんね」


 自分の考えを褒めてもらいたいのか、顔をほころばせているナインにくさびをしっかりと打ちつけながら――それでもトゥリープはナインを信頼していた。


「まあ、もし、僕の考えが的中している場合は……かなり絶望的なんだけどね」


 そう言って、またしても引きつった乾いた笑みを浮かべるナイン。


「でもそれならそれで、戦い方が変わってくるからね。一概に違うと決め付けたなら、どう足掻あがいても勝てない戦いになるし」

「もし敵が相互連携の完璧な特殊部隊であったなら、有効な戦術は一つだけということですねナイン? つまり敵の指揮系統だけを狙うと」

「そゆこと」


 狭いコックピット内で一人指を鳴らすナイン。


「なんか遥か太古の兵法ひょうほう家もそんなこと言ってたよね? ええと、名前何だっけ……」


「――“ソンシ”ですか?」


 トゥリープは旧時代のデータベースが詰まったメモリーからその名前を導き出した。


「そんなんだった? まあともかく、勝てる見込みの戦術はそれぐらいっしょ」

「つまりは、賭けなのですね」


 言葉をにごしているナインに、正鵠せいこくを射たトゥリープの言葉が突き刺さる。

 急所を突かれたナインが「なはは……」と乾いた声をあげる。


「随分との悪い賭けだとは思いますが、仕方ないでしょう」

「……ううっ……僕ら、死ぬときは一緒だよねトゥリープ?」


 死の恐怖に耐えられなくなったナインが、両の手を合わせて目をうるませる。


「残念ながら、こちらはメモリーコアさえ無事に排出できれば、身体の代用はいくらでも利きますので」

「うわーん! 人でなしぃっ!」

「擬似人格ですから」


 泣き叫ぶナインに、淡々とした口調で事実を告げる。



 ――と、左右を深い崖に挟まれているために上空のみを監視していたカメラアイに、敵の機影が確認される。

 トゥリープは瞬時に解析作業に移ると共に、ナインに警告を発する。


「ナイン、熱源センサーに反応。敵影三機、上空15キロの地点を飛行中。まだこちらには気づいていませんが、時間の問題ですね。……どうします?」

「三機ってことは後からきた奴らかな? まあ、ここまで来たらやるっきゃないよ。装備の確認お願い」

「装備といっても、今回戦闘行為は皆無と聞いていた分、かなり貧弱ですね」

「武器に転用できるもならなんでもいいよ。発光弾とか、トリモチ弾とかでも」


 特殊合金の塊であるAMGに、果たして発光弾や対人鎮圧用の吸着ゴムネットが通じるわけもなく、ただその場しのぎの気休めを求めるナインだった。


「実質、戦闘で通用する武器は前の任務の時に取り付けたままだった胸部の特殊発熱ミサイル四基と、同じく残しておいた右腕部の小型ロケット砲弾一発のみですね。今回はライフルすら外してきましたが、接近戦用のエネルギーブレードは使用可能です」

「あっ、なーんだ。意外に心強い武器が残ってたんだ。いやぁ、整備の怠慢たいまんがこんなカタチで役に立つとはねえ」

「その代わり、戦闘中に整備不良がたたって行動不能になるかもしれませんが」


 今ここでその事を認めでもしたら、ほぼ間違いなくそれを理由に整備のなまけ具合が悪化するであろうことは明らかなので、トゥリープはしっかりと脅しをかけておく。


「……とっ、ともかく! やるっきゃないよっ!」


 恐ろしい想像を無理矢理振り払うかの如く、ナインが声を荒げる。とてつもなく理解り易い人間がここにいた。










 人類がその叡智えいちを結集して造りあげた最強の兵器にして、最高の|個人武装たるAMG。

 人の形を模して作り上げられた神の巨兵。

 それが今、仮死の眠りから蘇生する。


 左右を深い絶壁に挟まれたその闇の底で、人の頭部の造形を真似たそれ――人の眼にあたるカメラアイがブウゥゥンと音を立てて点灯する。

 その真紅の輝きは、あたかも人間のそれと同じように視線を左右にわせ、自らが短い眠りからめた事を知るのだった。



「トゥリープ。敵の前に姿見せた時、こっちも光学カメラレンズで敵の映像撮っておいてくれるかい? それとこの谷間を抜けたら、急いで指揮官機と思しきやつキャッチしといてね」


 これから戦闘を繰り広げようとは全く思えない緊張感の無さでナインが声を上げる。


「それはまず、この谷を抜けることが出来たらでしょうナイン? 高度を上げれば敵のセンサーに間違いなく引っ掛かってしまいます」


 だがそんな事に既に慣れてしまっているトゥリープは、全く意に介さず冷静に戦況を読み取っては忠告をする。


「まあまあ、そこは僕の腕にるところだからさ。任しちゃってよ」


 深く考えもせず調子良く胸を張るが、それがいかに困難なことかは言うまでもない。


 しかし、それを何ともなくこなせてしまう男こそ――

 このナイン・クラウリィだった。



 機体の背部に組み込まれているバーニアが、はじめか細いノズルを吐き出し、徐々にその太さを増しながら地面を焦がす。

 それに伴いAMGは、何人にも抗えない筈の重力の糸から解き放たれた。



「――敵影を捕捉。ロックオン可能ですが、確実に命中させるにはあと5.5km距離を詰めることを推奨します」


 知覚不能な速度で計算された結果を淡々と述べていくトゥリープ。

 彼女もまた、ナインの相棒を難なく務め上げられる――様々な改良を施された超高性能の戦闘補助AIだ。


「おっけー! じゃ、おっぱじめよう!」


 どこまでもふざけた口調のナインが、ブーストペダルを目一杯踏み込んだ。

 それによって彼の機体は狭い裂け目の中、土埃つちぼこりを引き連れてぐんぐんと上昇していく。


 左右に展開された岩の壁を這うように飛び回り、あっと言う間に地面と空の境界線近くまで姿を見せる。

 そこまで上昇すると、AMGのメインカメラに三機で編隊を組んで飛行している敵機の映像がはっきりと映る。

 だがそれは同時に、あちら側に対しても同じ事だ。


「敵AMG、こちらに気付いたようです」

「――ミサイルの射程は足りてる!?」

「十分です」


 間髪入れずに返ってきた答えを聞くまでもなく、ナインはAMGにミサイルの発射体制をとらせていた。


「こいつかっ?! ――重武装のAMGは」


 ナインは画面に映った中で、一機だけフォルムの違う――無骨なシルエットを持つAMGに照準をつける。

 そのAMGの肩部に、ロングバレルのグレネードキャノンが搭載されているのを確認したと同時にナインはトリガーを引いた。


 ナインのAMG胸部に取り付けれた、左右に二つずつ――計四つの特殊発熱ミサイルが間隔を空けて発射される。

 長い尾を曳いた四本のミサイルが敵に向かって直進し、狙い定めた重AMGに襲い掛かる。



「………イエイ! カンペキっ!」


 ナインが狭い室内で派手にガッツポーズを決めた。


 予期していない方向からの奇襲攻撃に加え、足の遅い重AMGを狙ったことで、ナインのAMGから発射されたミサイルは全弾ともが見事命中した。


 だが、それだけで敵AMGを大破させるまでには至らない。

 不意撃ちを喰らった敵は爆風にもてあそばれながらも、かろうじて地面との衝突前に機体を持ちこたえた。

 そして、そんな味方をカバーするように二機の同種AMGがナインの機体に攻撃をかける。


 再びリニアカノンの雨にさいなまれたナイン。


 しかしおくすることなく、左右に機体を滑らせるような平行移動を繰り返し、二機のAMGとの距離を徐々に詰めていく。

 切り立った岩山を盾に、ナインは確実に敵の射程の死角に入り込みながら前進し、接近戦に持ち込んだ。


「ちょっとやり過ぎだっての、アンタらっ!」


 万年貧乏傭兵で弾丸一発であっても節約したいナインにとっては、こんなにも思い切り弾をバラ撒ける敵AMGがとっても羨ましく、とっても憎くらしいのだ。


 ナインはアクロバテッィクとも言える操作技術で以って敵AMG一機の背後をる。

 そうして、左腕部に組み込まれた近接戦闘用のエネルギーブレード――収束型プラズマ粒子砲――をサーベル状に固定し、何が起こったのか分からないでいる無防備な敵機の背中にそれを突き立てる。

 金属を溶解しながら斬り裂く感触をレバー越しに感じながら、ナインの刃は容赦なく敵のコックピットまで達する。


 サーベルが貫いたことを確かめたナインは、今まさにほふりさったそれから瞬時に離れて、もう一機の敵と向かい合う。

 一瞬の内に味方がやられたことに動揺した残りのAMGは、狙いを定めることもせず銃を乱射してくる。

 散弾でとは言え、あまりにも考えなしの射撃だ。


 ナインはまともに取り合うことはしない。

 出張った岩山の影に身を引っ込め、戦況を見渡そうとする。


 そう、敵はまだこれだけではない。

 目の前の敵に気を取られているせいで別の敵に背後を晒すなど、素人の所業である。

 名実ともにプロを背負うナインが、そんなヘマを見せるわけにはいかなかった。


「トゥリープ! 敵の指揮官機の位置はまだっ?!」

「申し訳ありません、ナイン。こちらのセンサーでは確認ができません。おそらく範囲外にいるか、先程の我々のようにクレバスの中に身をひそめているかのどちらかだと考えられます」


 戦闘中はナインの邪魔にならぬよう機体維持と索敵さくてきに専念していたトゥリープが、冷静な声で告げる。


「ええ……? 指揮官が部隊を残したまんま現場を離れるなよなあ……」

「もしくは我々から探知できない場所で指揮を取っているのでしょうか?」

「いや、それにしちゃ、敵さんの反応が鈍すぎる。何か別の理由で姿を現せないんじゃないかな? 第一だ――」


 目の前の敵AMGが放つ火線を見事としか言えない動きでかわしているナインが、いぶかしげな表情のままそこで言葉を切った。


「姿が割れ、戦力が圧倒的有利な場面で身を隠す必要性が分からない。もうすでに離脱した……? ――いや、トゥリープ、残りの敵は!?」

「三機とも健在です。六時の方向約70km――高度プラス5の位置に二機、こちらに向かっきています。残りの一機はその背後、およそ110kmの距離に滞空しています」


 画面内に二つの粗い光学映像で映し出された同じようなAMGを確認するナイン。

 敵はこちらでの戦闘に気付いている筈だが、一機行動を起こしていないAMGがいるのにナインは引っ掛かるものを感じた。


「どうしますナイン? やはり状況が混乱している分、一時後退して様子を見ますか?」


 先程ナインが言った通り、敵の動きは明らかに遅くなっている。もしこの動きが指揮官機を欠いているためなのだとしたら、十分逃げ切れる。


「……いや、逆かな。状況が把握しきれていない分、敵に背を向けるリスクは避けた方がいい。敵の連携が取れていない今こそ、絶好のチャンスかもね。――トゥリープ! 作戦変更! 削れるだけ削っちゃおう!」


 ナインが声高らかに宣言する。


 戦闘時は、一瞬の判断でほとんどの勝敗が決まる。

 つまり一度でもミスをすれば取り返しのつかない方へと状況が流れていくのだ。

 にも拘わらず、その戦況判断こそ困難なものはない。優れた経験者であろうと、確実な戦術を迅速に構築することは容易ではない。


 先程ナインが言った事にもちろん理はある。

 だが、それだけで全幅の信頼に足ると言えば嘘になるだろう。


 しかし、そんなトゥリープの正常な戦況分析プログラムも、長年ナインに連れ合っているせいでバグが発生していた。 


 つまりは、実地的なデータと計算と統計の戦術理論より――

 時には大胆に、そして時には繊密に繰り広げられるナインのその場しのぎの戦術の方が、遥かに通用する確率が高いという結果が出されてしまったのだ。


「了解しました。敵、全機殲滅せんめつを目標として擬似ぎじ戦闘パターンを試行します」


 だからトゥリープは、本当は何も考えていなさそうなナインにそう返す。


 目の前では、滞空しながらレールガンを乱射するAMGが、ナインの機体の位置とは全く見当けんとう違いな場所に向かって発砲していた。

 どうやら、AMGの目であるカメラアイのみでナインの動きを追っていたらしく、土煙が上がった方向のみに意識が向いているようだ。

 レーダーを撹乱かくらんする岩肌のこの土地柄とは言え、あまりにもお粗末である。


 元来、戦闘の基本は情報である。

 それもこのAMGという高汎用性を維持した戦闘兵器は、言ってしまえば武装とセンサーを同化させたようなものである。

 AMGのカメラアイは言うなれば眼で、センサーは鼻、レーダーは耳といった所か。

 人間が生活する際、視覚や聴覚のみで行動する人間は実質的に不利だ。普通は五感から送られてくる情報を無意識に最大活用しているものだ。

 それと同じで、全ての機能をフルに使わなければ元からハンデを強いて戦っているようなもの。


 しかし、それが出来ていないらしい目の前の敵から察するに――言う程AMGでの戦いにれた部隊ではないのかもしれない。

 どうやらやはり、最初の三機の戦闘は指揮するものあっての腕前らしかった。


 だが、だからと言って相手を見くびって掛かるナインではない。

 無駄なく、容赦なく――プロの条件とはいつだってそうだ。



 ナインはこちらに気付いていない敵との距離を死角から一瞬にして詰めた。

 敵は全く予想していないナインの出現に驚愕し、なんらアクションをとることさえ忘れたようだった。

 その隙を突いて、ブレードを展開し鮮やかなまでの手際で敵AMGを屠りさる。


 戦いの最中では、尊厳だとか良心だとかもない。

 普段は気が弱く、人を傷つけるのを良しとしないナインだが、命の奪い合いの最中に慈悲の心を示すほど理想主義者ではない。


 人は人を傷つけて、ようやく自分と自分の周りのごく僅かな人間だけを守る事ができる――

 いつか誰かに聞いたそんな言葉をナインは思い返していた。



「ナイン! 敵からロックオンされています!」


 珍しいトゥリープの緊張感をはらんだ声を聞いて、ナインは自分が戦闘以外のことに意識が向いていたことに気付いた。


 しかし、ナインは瞬時に敵の電磁投射のロックオンから逆探知してその所在を掴む。

 さっきミサイルをお見舞いした重AMGが、一際高い岩山の上から砲身をこちらに向けている。

 どうやらミサイルの直撃でバーニアがやられたらしく、不安定な岩山に足を付けて張りついていた。


 その重AMGの砲身が光る。

 巨大な光の玉が尾をいて高速で飛来するが、ナインの機体はそれより速くに転身していた。


 狙いを外された敵は、しかし焦らず、再度正確に狙いを付けようとしている。先程の機体のパイロットよりは幾段、経験を積んでいるようである。

 それに、機体が損傷しているにも拘わらず、真っ向から攻撃を仕掛けてくるなど随分と豪胆ごうたんな敵だった。


 だが経験を積んだその的確な戦法もそう長く続かず、重AMGはそれ以上の行動が不能となった。


 さっき打ち込んだミサイルは特殊な弾頭で、爆発と同時に中の気化薬が散布され、それがAMGなどの装甲の金属に付着すると化学反応を起こして高熱を生じさせるという際物きわもののミサイルだ。

 前に請け負った仕事の際、廃棄発電施設の熱暴走を意図的に引き起こして破壊処理する為に容易したものだ。

 意外な所で意外な物が役に立った。


 そんな高熱にさらされながら、炸裂榴弾砲などの高い発熱をもよおす武器を使用すれば機体がオーバーヒートして当たり前だったろう。

 存外にデリケートなAMGの内部機構は、その急激な機体温度の上昇に耐えられはしなかった。


 ナインはぶすぶすと煙を上げ始めたそのAMGにディスプレイごしの一瞥いちべつを与えると、右腕部に取り付けられた小型ロケット砲を発射する。

 ロケット光をなびかせるそれを避けることさえ出来ず、敵はバッと散っていった。



「また戦闘中に違うことを考えていたのですね、ナイン……?」

「いやぁ、あはは……。とりあえずおとがめは残りの機体を片付けてから、聴かしてもらうよ」


 空っぽの笑いを残したナインが、それまでの気分を払うようにふっと表情を引き締めた。


「もうその必要はありませんよ。――敵は四機とも撤退しました」


 内部モニタでそんなナインの表情を監視していたトゥリープは、若干の温度差を埋めるかのように限りなく平坦と告げた。


「うそ? そんなあっさり? ――ってか、やっぱりさっき指揮官機が捉えられなかったのは既に離脱してたから?」


 100%天然ヘタレに戻ったナインが、頓狂とんきょうな声で疑問符を並べたてる。

 しかも、目に見えて戦闘の緊張が抜けていくのがわかった。


 例えどれだけそのことにけていようともこの人間にきな臭い世界は似合わないのかもしれないと、トゥリープは日頃からそう感じていた。

 もっとも、最大の長所を失ったナインに果たして存在価値があるのか疑問だったが。


「あれ? でもトゥリープ、さっき君、四機って言ったよね……?」

「ええ、敵は四機でした。――やはり指揮官タイプの機体がありました。高出力の遠距離レーダーで確認しましたのでほぼ間違ないでしょう。一機のみ滞空していた近辺から唐突に反応が現れたことから見ても、どこかセンサーが妨害されるような深い空洞があり、それで探知が不可能だった考えられます。実際、地形データを再分析してみた結果、この近辺は地下に何本もの洞窟が張り巡らされているようですね。先程隠れていたクレバスも、その入り口の1つだったみたいです」


 淡々と、全くとどこおることのない機械音声がコックピット内に響きわたる。


「うーん……。あのねーキミ、そーゆー事は一番はじめに僕に言うべきじゃないかなあ……」

「戦闘行為の妨げになるといけませんから。なんといっても私は戦局をより有利に持っていくためのバックアップAI――純粋な戦闘行為の補助が仕事ですので」

「はい、そうですねー。一台のAIにいろいろやらせ過ぎてますよねー、僕は。ちゃんと反省してますよー」


 いい歳した人間が、子供のように口を尖らせてだらだらと言い訳を垂れ始める。


 だが実際、AMGの戦闘に関して彼に弱点や欠点などと言うものはない。そんなナインの元では確かに、機能を活用する場面はとぼしかった。



「でも気になるね、それ。つまりあいつらは、その洞窟でなんらかの作業をしていて、そんでそれが済んだから一目散に逃げ出したって事? けどじゃあ、目的がそれなら、どうして僕らを襲ってきたんだ?」


 ナインが心底不思議といった表情を浮かべる。


「目撃者を全て消去するためなら、可能性として高いですが……ただ、実際消去されていない私達がここにいますから」


 トゥリープは状況から見た一番可能性のある推察をあげてみるが、どれも確証はなかった。


「まさか、どデカイ爆弾でもしかけたんじゃあ……? それなら僕らを躍起になって消す手間が要らないからね……」

「こんな岩山を吹き飛ばすことにそれ程の意味があるのですか? 例えもし我々を排除するためだけに仕掛けたのだとしても、手がり過ぎています」


 冷や汗を流したナインが、気弱げに笑って「そうだよね」と同意する。どうも初めから否定して欲しかっただけのようだ。


「でもさー、結局その凄腕っぽい指揮官機に、戦闘どころかお目にかかってすらいないよ僕は。なーんか不完全燃焼だなあ」


 敵が去っていったことで強気になったナインが自信あり気にそう言い放っている。

 どこまでも調子だけは良いが、勿論そんな表情は様になっていない。


「光学映像は言われた通り確保しておきましたよ。感度良好とは言えませんが、見ますか、ナイン?」

「いえすいえす。見せちゃってよ、その指揮官機とやら。いやー、用意周到だし、引き際も心得てる強者つわものらしいけど、相手が僕じゃあねえ。――いやいや、彼らも頑張ったよ。わっはっはっ!」


 危険が無いと確信したナインが天狗になりきっていた。


 いちいち水を差す理由もないので、トゥリープは戦闘中に作動させておいたカメラの映像を処理して画面に映す。


「んーと、どれどれ――」


 ワザとらしい口調でふんぞり返っていたナインが画面を大儀そうに覗き込んだ。


 だが数瞬の内で、ナインの動きがはっと止まる。


「……トゥリープ、こいつの左肩の部分……もっと拡大処理できる?」


 たずねるというよりはつぶやくといった風情のナインが、画面を凝視したまま固まっていた。


「了解。処理画像を再表示します」


 前面のディスプレイには限界まで拡大された映像が映った。


 食い入るように粗いその映像を視認したナイン。

 すると、途端に声を荒げた。


「――ちくしょう! 奴ら、〈血の薔薇十字〉の部隊だったのか!? くそっ……こんなところにまで現れるのかよ!!」


 ナインが口汚くののしりをあげて、激昂げっこうあらわにした。

 拡大した画像には、悪趣味ないばらの十字架のペイントがまざまざと映っていた。


「〈血の薔薇十字〉――連邦政府子飼いの、治安部隊ですね」

「なにが治安部隊だよ! ただの異常殺戮狂さつりくきょう集団さ、あいつ等はっ!」


 普段は滅多に見ることの出来ない、怒りを抑えることなく示すナインがそこにいた。


 〈血の薔薇十字〉とは、AMGを含むあらゆる武力的措置と手段を体現する、特別な権限を与えられた統合連邦軍の独立部隊の俗称だった。

 しかしその実態は、先程ナインが言い放った通り――治安部隊の名を借りた、大量虐殺を繰り返す連邦政府容認の砂漠の掃除屋だ。

 政府にとって都合の悪いことを根元から、敵も味方も、抵抗あろうがなかろうが、チリ一つ残さずに掃除してみせる”ならず者達”の集まりだった。


 大勢の無抵抗の一般人達の命を平然と奪うようなこの部隊は、この砂漠に住むもの全て共通のいまわしき嫌悪すべき敵だ。


 そしてそれはナインにとっても例外ではない。

 ナインは戦闘のプロだからこそ、戦いの苛酷性を熟知していた。

 敵に対してはべて容赦するなかれ。――だがそれは、自身が確実に生きて戻るためにだ。


 戦いの最中、相手の命と天秤に掛けていいのは己の命ただ一つである。それは即ち、生死をかけたこの悲愴ひそうな取引の最低限にして絶対のルールだ。

 それをまるで意にせず、無抵抗の生身の人間へ一方的に発砲するような奴等をナインはひどく憎んでいる様子だった。


 だがそれだけではなく、過去にその部隊との浅からぬ因縁が介在しているであろうことは、トゥリープも言葉の端々に現れるその激情から予想はしていた。


「トゥリープ! あいつ等のやることを黙って見てらんないよっ! 何があるか知らないけど、僕らもその洞窟とやらの調査をしよう」


 少しだけ、いつもの状態に戻ったナインがレバーを持ち上げ、操作盤に指を這わせていく。

 その表情はありきたりな正義感を燃やすそれだが、この男にはそんな顔つきこそが似合っていた。


 どこまでも直情的なナインの表情をモニタで確認したトゥリープは、いつもとなんら変わりない口調で応える。


「既にポイントの割り出しは済んでいます。戦闘行為にさえならなければ燃料も十分足りるでしょう。――ナイン、行きますか?」


「もちろん!」


 ペダルと呼応したバーニアが、太いノズルを撒き散らす。

 それによってナインの機体は時速900キロという速度で空を切り裂いていった。










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