zazpi

「何かあったんすか?」

 俺のなげきを聞いていたのか聞いていなかったのか分からないが、順也は目を覚ました様で俺に声をかけてきた。

 気付けば空に出ていた太陽は隠れて、月がふんわりと上昇を続けていた。淡い光は俺と順也を冷たく照らす。

 俺は順也に何も答えない。


 しばらく返事を待っていた様だが、痺れを切らしたのか、再び口を開いた。

「先行きます」

 俺は言う。

「そうだな」

「俺、結構寝てました?」

「どうだろうな」

「すっげえ遠くまで行こうかな」

「駄目だ」

「なんでなんすか」

「彼女を待つんだ」

「ああ、そうか」そう言ってから口元に妙な笑みを浮かべると、ちらりと俺の方に目を向けて順也が言う。

「いっその事、ぶっちします?」

 俺は首を横に振りながら答える。

「それは駄目だな」

「どうしてすか?」


「木が見ているから」


 順也は不思議そうに木を眺めると、何かひらめいたのか木の枝を指さして声をあげる。

「首でも吊ってみます?」

「なんの為に?」

 俺は少しだけ考えてから首をかしげて言った。

「靴紐ならあるし」

「いや、それじゃあ耐久性に難ありだろ」

「それもそうすね」

「それじゃあ行くか」

「彼女を待つって事は、明日も来るんすよね?」

「うん?」

「明日は、縄持ってきましょう」

「そうだな」

 俺は行こうとしたが、順也はベンチに座ったまま何かを考えている。

 自分の中で考えがまとまらないのか、髪の毛をくしゃくしゃにしてから順也は言う。

「このままじゃ耐えらんねえっすよ」

 俺は順也をさとす様に優しく言う。

「みんな同じ事を言うさ」

「やっぱり明日は別々にいてもいいんじゃなかなって、」

 俺は順也の話に口を挟む。

「明日、首を吊ろう。彼女が来たら……」

 少しだけ空を眺めると、順也も俺に釣られて空を見て言う。

「来たら?」


 俺は言う。

「ここから出よう」


 順也の横に再度腰掛けて、少しでも近くでこの言葉を順也に伝えようと試みる。

 もう沈黙は心地よいものになっていた。

 二人の間を風がしゅびりゅんしゅと渦巻きながら通り過ぎていった。

 そしてしばしの沈黙を吹き飛ばしていった。

 俺は言う。

「じゃあ行くか?」

 順也は言う。

「行きますか」

 そうは言うものの結局、俺も順也も、一本の大きな木の下のベンチに腰掛けたまま動かないでいた。


 ――幕――

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彼女を待ちながら 斉賀 朗数 @mmatatabii

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