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「ごめんなさい、聞いてますか?」

 目の前にと言うよりは、太股ふとももの上にいるのは昨日の猫で、その声は昨日と同様スピーカーの向こうから聞こえてきた。

 俺は言った。

「あっ、ごめん。と言うか、いつからそこに?」

「きき、今日の朝」

「いや、この公園にいたかどうかじゃなくて、いつから太股の上に?」

「ああ……そ、それは、ささ、さっきの事です」

「まあそれはいいか」

「はあ」

「何か用事でも?」

「森川さんって言うのは、」

 俺はその声をさえぎって言った。


「昨日も聞いたのに、覚えてないのか?」


「はい」

「昨日も来ただろ?」

「いいえ」

「来たのは初めてか?」

「はい」

 確かにそう言われると、昨日とは声の質が違う様にも思えるが、こんな安っぽいスピーカーでは声の違いなどあまり分かったものではない。いや、でも彼女の声はやはり昨日聞いたスピーカーの向こうの女の声にも思える。

 果たしてこの女は本当の事を言っているのだろうか?

 それすら疑わしく思えてきてしまうが、スピーカーの向こうの女は、どうこうしたところでスピーカーの向こうにしか存在しない。

 今ここでどうこうしようにも、どうこう出来ない。


 どうしたものかと隣を見ると、そこにいるのは眠った順也。

 俺の思考の迷走の内、彼は静かに眠ってしまった。


 俺は猫がぶら下げたスピーカーの向こう、見えないその女をうたがうも問う。

「彼女からの伝言か?」

 スピーカーの向こうの女は答える。

「はい」

「今日も彼女は来れない」

「はい」

「明日また来る」

「はい」

 沈黙は幾度いくども訪れる。

「二人の……俺たちくらいの男に会わなかったか」

「はい」

「会ったのか?」

「いいえ、あ、あ、会わなかったのです」

 沈黙にはもう慣れた。

「彼女は、どこにいる?」

「い、いたるところに」

「彼女は何をしている?」

「みみ、見ています」

「そんなもんか」

「はい」俺はまだもう少しだけ話をしたい気分だったが、スピーカーの向こうの女は話を早く終えたいのか、言う。

「彼女に何か、で、で、伝言はありますか?」

「昨日と同じでいい」

「はい」


「おい、やっぱり昨日会っているな」


 俺が動くよりも早く、猫は太股から降りると公園の出口の方へ素早く立ち去っていった。

 俺はベンチから立ち上がったもののその足をどこにも向ける事なく、ただ地面を踏んで言った。


「後藤みか。逆立ちしてでもいいから、俺のところに来てくれないか」

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