少年の微妙な心を捉えた作品

アメリカに留学中の香澄は、シアトルの名門ワシントン大学で出会った講師夫妻から、彼らが引き取ることになった少年の心のケアを頼まれます。
教育実習の一環として、不慮の事故で両親を失った少年のカウンセリングをしてみないかということでした。
香澄は友人のマーガレットとジェニファーとともに、少年――トーマスの面倒を見ることになります。
 
私は作者さまから、第2部から読んでも問題ないと仰っていただいたので、お言葉に甘えてそうさせていただきましたが、その言葉通り、つまずくことなくすんなりと読み進めることが出来ました。
その第2幕では、精神的にだいぶ回復されたと思われたトーマスの心の深くに残った傷と、それに対処しようとする香澄たちの姿が描かれています。
 
心理学をベースに、揺れ動く心を丁寧に追いかけた作品です。
そこで描かれる心模様は当然トーマスのものだけでなく、香澄やマーガレット、ジェニファー、そしてハリソン夫妻に至るまで、とても興味深く描かれています。
 
そして、外面的には元気になったトーマスですが、心の傷はかさぶたになっているだけで、なにか刺激を与えればそこから再び血が出てしまう。
11歳という多感な時期であることもあり、些細な言葉、小さな態度の変化を敏感に感じ取り、それが少しずつかさぶたを剥がしていってしまう。
そういう心の微妙なざわつきが、丁寧に綴られています。
 
そして、決定的なアクシデントにより彼の心に落とされた影が一気に増幅してしまう辺りから、物語が大きく動き出します。
心の置き場がなくなってしまった少年に残った唯一の希望が、彼を虜にし、「暴走」と言えるくらい大きな行動を取らせていきますが、
その感情がしっかりと読み手の心にも届いてくるからこそ、お話に吸引力が生まれていきます。
 
本当は平気ではないけれど平気な顔をしてしまう、
けれど自分で望んでそうしたはずなのに、それを信じて「きっと平気なんだ」と思われて、そういう態度を取られると、なんだか無視をされたような気がしてしまう。
そういう経験は誰もにあることで、だからこそトーマスの心に寄り添いながら読むことができるのだと思います。
 
今回、コンテスト期間までに読み終わらないかもしれないと思ったので第2部から読ませていただきましたが、
第1部も遡ってしっかり読みたいなと思わせてくれる作品でした。

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