cap.6-言葉-

「──自己暗示:身体強化:八極拳:」

素早くそう呟いた少女は、次の瞬間に男の懐に入っていた。

男は驚いていた。生意気なガキがいて目障りだから少し懲らしめてやれと言われ、高ぶる下半身を抑えながら目の前の女子高生に脅しをかけていただけなのに、気がつけば肘を鳩尾に叩き込まれていたからだ。


さらりとしたショートの金髪に茶色がかった大きな瞳、全体的に整った顔のパーツ。乳臭い雰囲気と気の強そうな表情ではあるものの、美少女であることには間違いなく、体つきも同年代の少女と比べればやや成熟している。

明らかに校則違反であろう短いスカートに目を奪われながら尾行を続け、人気の少ない路地に入ったところで声をかけた。

「おい、お兄さんからよろしく頼まれてきた。──こう言えばわかるかな?
」

少女がつまらなさそうな視線で振り向いた瞬間、男はもう我慢するのをやめた。

彼はこう言った屈辱を加えることに手馴れていて、だから今回の獲物が上物

であることにこの上ない喜びを覚えた。

ポケットからナイフを取り出し、悲鳴を上げさせる暇を与えずに組み伏せる。それが男の常套手段。

普通ならば恐怖に顔を歪ませながら涙を流すか、何が起こってるかわからないと言う表情を浮かべるものなのだが、目の前の少女はつまらなさそうな視線をしたまま何も行動を起こさなかった。

どんな行動を起こされようがする行為は変わらないし、武術の心得がある獲物は狙わない主義であるところの男は目の前の少女のあられもない姿を想像しながら素早く突進していった。

だが、男が次に見たのは夕日に染まった空だった。口から溢れる吐瀉物の苦味で、自分が逆に打ち倒されたことに初めて気がつく。


少女は目の前の暴漢が突き出してきたナイフを持つ腕をその華奢な手で掴み、後方に導くように運びながらもう片方の肘を鳩尾に叩き込んだ。八極拳の六大開と呼ばれる実践形の技のうち、頂肘と呼ばれる極めて破壊力の高い技を寸分の狂いもなく正確に繰り出した。それはおよそ少女がその齢で到達できる境域ではなく、一人の挙士が一生を費やしてなお到達できるかどうかというもの。

「──ナイフか。やっぱ趣味じゃないな。オンナノコっぽくないし。というかあなた、尾行という言葉に失礼なレベルでバレバレ。なんか興奮してるのもわかっちゃたし、キモい」

男が落としたナイフを手で弄びながら呟く彼女の瞳は、やはり何も写してなかった。

「まあいいわ。兄貴のすることはいつも悪趣味だし。しょうがない──いいわ。罰を与えてあげる。:少しだけ黙ってなさい:」

少女は目の前の暴漢の股間にナイフを投擲し、男は声をあげることも許されぬまま路上を血で濡らす。

少女はやはり、何もなかったかのように路地を歩いていった。


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Lacker and Sinners 文月 @triplet_sft0746

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