Cap4-記憶-

遠い日の記憶。

春の陽気が眠気を誘う、穏やかな午後のワンシーン。


「孤独って、なんだと思う?」

学校の近くにある、お洒落な喫茶店。

コーヒーを静かに啜るシノちゃんに、私は問う。

私と篠崎美希ちゃんは学校終わりに立ち寄ったのだった。

さらさらの黒髪、長い睫毛に吸い込まれそうな深い瞳、すらりと高い鼻。

一緒にいる私が恥ずかしくなるくらい、彼女は綺麗だった。

「孤独か。哲学的な問いだね、■■■ちゃん。……そうだね、例えばここに一人の男の人がいたとしよう。彼は生まれながらにして1人だ。生きていく上で必要な最低限の知識だけを与えられ、誰とも関わらず幼少期を過ごし、独りのまま生き、死ぬ。では彼は孤独か。答えはノーだ。何故なら彼にとって孤独とは空気のように常に寄り添っていた存在であり、それが当たり前の状態だったから。他人の温かみに触れてこなかった彼は、だから孤独も知らなかった。孤独とは、人の温かみを識った上で自分という存在、思考する意識が独りであるということを認識した瞬間にのみ存在するものじゃないかな」

彼女は答える。遠くを見つめるように、真っ直ぐに前を見ながら。

思考の海にアクセスし、答えを見つけるときに見せる虚無にも似た表情が、私は好きだった。

私は重ねて彼女に問う。

「じゃあさ、恋ってなんだと思う?」

シノちゃんは啜っていたコーヒーを吹きかけ、急に咳き込んだ。纏っていた優雅なベールが音を立てずに崩れ去り、どこにでもいる綺麗な女の子に戻る。

「恋って、いきなりどうしたの■■■ちゃん。……そんなの、したことないからわからないよ。」

赤くなったシノちゃんは、そっぽを向いてまたコーヒーを飲み出した。陶器を思わせる白い肌に淡い朱がさし、その様子は桜を連想させる。

私はシノちゃんが持つパーツの中でその白い肌が一番好きだった。いや、好きなのは表面的なものだけじゃない。思慮深いその性格も、女の子らしい笑顔も、普段は見せない乙女な一面も、私は全部好きだった。

「■■■ちゃんは、どうなのさ。……その、恋愛とか」

「えっ、私?私は……」

言えなかった。私が好きなのはあなたです。夢にまで見る大好きな女の子は、今目の前にいます。そう言えたらとんなにいいだろう。

「……秘密」

「なのよそれ。人に聞いておいて」

そして私たちは笑う。未来に待ち受ける暗闇なんてこれっぽっちも知らないという体で。


美しい記憶の一ページ。思い出せないのは、私自身の名前だけ。

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