そして、新たなはじまりのはなし
和桜国の女王曰く――
大晶八年、女王主催の春の観桜会――
桜宮の庭で行われるこの園遊会には、国内のすべての貴族が参加するといっても、過言ではない一大行事だ。
伯爵の位をもつ、一組の貴族夫婦も、この観桜会に参加していた。
紫乃宮伯爵夫妻。いま最も社交界をときめかせている存在でもある。
彼らは、フィンガーフードのテーブル前で、何事か話しているようだった。
「圭人、私はレモンのジュースだけでいいよ。なんだか……食欲がなくて」
「そうは言ってもいろは……最近ずっとじゃないか」
「うん……なんでだろう、脂っぽいものとか、見ただけでも……吐き気がするし」
ちらりと、テーブル上の肉料理を見ただけで、ふらつくいろは。
紫乃宮伯爵も、不安げに妻を支える。
「あら――おめでたい雰囲気を感じて来てみれば……あなた方でしたか」
おっとりとした声が、後ろからかけられた。
「女王陛下……?」
現れたのは、近衛を引き連れた女王樹乃花姫、その人。
「あぁ、あぁ、楽になさってくださいな。さすがのわらわでも――お腹にやや子を抱いた母親に跪けとはいえませんよ。……女の子、かしらね。これは圭人どのが親ばかになりそうな……」
「え」
「……母、親?」
思わず、なのだろう。いろはが自分を指差して、小首を傾げる。
女王陛下は、いたずらっぽいあの顔で、いろはの顔を指差し、それからいろはのお腹を指差した。
「おそらくは、女の子です」
「……女の子。……私が、お母さん……なの?」
それに対して、樹乃花姫は――慈しみ深い顔で、深く頷く。
無意識にお腹をさすったいろはに――人目もはばからず抱きついたのは、夫である圭人。
「……いろは、いろは、いろは、ありがとう!」
「圭人、私、あのね」
「こんなにめでたいことは、きっと、ない……!」
「……私も、うれしい」
そう母親となった妻に言われ、紫乃宮伯爵は喜びのあまり泣き出したと――桜宮の記録にまで残されているという。
そして、女王陛下のこのお言葉は、今日もなお、語り継がれている。
和桜国の女王曰く――
「和桜国のレディ・いろはは確かに幸せ者。ですが、その夫こそが――真の幸せ者というものでしょうね」
和桜国のレディ 冬村蜜柑 @fuyumikan
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