白石 久瑠美⇔粕谷 愛③
「ねぇねぇ、昨日の『パーフェクト・フレンド』観た?」
講義の後、隣の亜紀が覗き込んできた。
「ああ…なんか笹城メイが出てるやつ?」
「笹城メイもそうだけど、朔間爽太郎めっちゃカッコよくない?いやぁ、ブームは去ったけど、壁ドンのシーンはやばかったね」
亜紀は興奮して、不自然なボリュームの睫毛にふちどられた目を何度も瞬きをしている。「今季のドラマははずれ無しだね、やっぱり」
この後は亜紀のサークルに顔を出し、そこで一緒にお昼を取った後、私はバイトに向かう予定だ。彼女はまだ講義が残っているが、これから昼休憩なので、一緒にお昼を取る相手がいない、という理由で私を誘ってきた。バイトまで時間あるし、まあ全然いいんだけど。
「あれ、そういえば」私は机の上のレジュメやルーズリーフを手際よく片付ける亜紀の手元に気づく。「講義の内容、移さなくていいの?レポート近いのに」
亜子は目を点にさせた後、すぐに破顔する。「やーね。いくら必須科目だからって、愛に頼りっぱなしだとダメじゃん」
頼りっぱなし。
「別に私は…」
「知ってますからね。トイレについて行ったり、一緒にお昼を食べたり、ノートを写したり。友情に貢献してるとは思うよ。…でもそういうのに愛も私も慣れちゃダメだから」一気に言うと、亜子は鞄からスマートフォンを取り出した。
「たまにはサークルでじゃなくて、愛の行きたいところで食べよ?学食でも、下のドトールでもいいし」
私はどうしたらいいのか分からず、キャップを目深に被りなおす。改めて、自分のやりたいことについて聞かれると、すぐには答えられない事に対して腹が立ってきた。
こういう時、久瑠美ならなんて言うだろう?そういえば、久瑠美のパーソナリティってどうなっているのだろう。彼女は何を考え、どう解釈し、何を選ぶのだろう?
久瑠美は今、講義を終えて、お昼に何を食べるか…どうやって探すのかな。
私は小さく「あっ」と漏らした。
「亜紀って、インスタやってるよね」
「今開いてる」
「なんかこの周辺で人気のお店とかない?」
亜紀はまじまじと私を見つめた。「何、アンタそんなにトレンドとか気にする子だった?」
「結構混んでるね」
10分後、私たちは大学前駅の北口にある、サラダ専門店で向かい合わせに座っていた。
ところどころにドライフラワーのインテリアが飾っており、紙でできた提灯のような照明がぶら下がっている。壁にはグラフィックが直接描かれており、全ての箇所が撮影可能だといういわゆるインスタ映えスポットも完備している。軽快なBGMの中に混じってシャッター音が響いていた。
店内は若い女性やカップルで賑わっており、表参道のようなお洒落な街ではないのに大盛況だった。
「競合店がないからだよ」亜紀は意外と澄まし顔でレモンの輪切れが入った水を飲んでいる。普通の水が飲みたかったのに、お冷は全てレモンウォーターらしい。
「ところで、愛のバイト先に、良いイケメンはいないのかい」
「はあ?」
亜紀は「んふふ」と、メニューで顔を隠す仕草をした。なんだ…お昼の場所を提案したのは、これが目的か。
「亜紀のサークルにはいないの?」
「うちはスポーツ馬鹿と脳筋しかいないから。アウト・オブ眼中」
「運動部専門の新聞編集でしょ?インテリが多そうなイメージだけどね」
「インテリと馬鹿は紙一重」
「共通点は?」
「丁度良さを分かってない」
ふう、と亜紀は頬杖をついてため息を漏らす。私は職場の人間を思い浮かべたが、ハッとするようなルックスの持ち主は浮上しなかった。
「残念だけど、似たようなもんだよ。書店だし」
「そっか…そうだよねぇ」亜紀はあっさりと引いて、再びメニューに集中する。
メニューには、最初のページがフェア特集の写真が挟まれており、それが限定メニューであることを知らせている。最後のページは、野菜や果物を使ったスムージーやポタージュが載っている。正直、サラダ専門店で決まったときは、物足りなさにうんざりしていた。ひょっとしたらお肉系のメニューもあるかもしれないとほんのり期待したが、唯一の肉要素は、チキンサラダにささ身肉がトッピングされているだけだった。
「ねぇ、あのさ」亜紀はメニューから顔を上げた。
「言っていいかな?」
「いいよ」私はレモン水のコップを掴んで一気にあおった。「たぶん、似たようなことを、私も言おうと思ってたから」
「じゃあ、せーので言おうか」
「「カップルか」」
私たちは風船が破裂したように、げらげらと笑いだした。周りの空気が冷えてきてもお構いなしだ。笑った拍子に、レモンの酸っぱさが喉を刺激し、せき込みそうになったが、笑いが止まらなかった。
「せーのって言ってからじゃん。でもせっかく来たんだから、何か頼まないとね」
「サラダでお腹膨らませてから、肉行こう、肉」
肉といえば、ファミレスのCMで、ステーキが999円フェアをやっているのを思い出した。胃の中で、タンパク質と脂質を受け止める準備をしていると、亜紀が手を挙げて店員を呼び出した。
二重生活 android @android
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