千隼 樹⇔太田 理生③
第一印象は、切り貼りしたような歪な文章だった。
読んだ文章の引用だけで構成された、陳腐な描写、淀みない台詞。
フィクションなのに、現実味の無い都合ばかりを述べる登場人物たち。
これが、今の自分の小説でもそっくりそのままなのだから、笑いも泣きも否定もできなかった。
その日、薫子から聞いたサイトにアクセスした。
ダメ元で彼女と似た名前の作家を適当に検索してみると「掛井 累」がヒットした。
まだ残っていたサイトから、チャットページに移動し、頻繁にやり取りをしていたユーザー名を探す。
「いた」
相手は自身のサイトを持っていなかったので、そこからの素性は分からなかったが、ある投稿日を最後にやりとりが途切れていた。
ここからは恐らくメールでやり取りをしていたのだろう。
二人は親密な関係だったかもしれない。
画面を凝視していると、Gメールの通知音が鳴り、現実に戻されてしまった。
開いていみると、先日応募したときにやり取りをした、神永さんからだった。少し間を置いてからクリックする。
キーボードを叩く指が進まないのは、薫子のこともそうだったが、神永さんからのレスポンスが芳しくないのが薄々見えていたからだ。
「心理描写がいいですね」
「この表現は斬新だと思います」
「登場人物に共感してしまいました」
「…ですが、あまりにも丁寧なので、もう少し砕けた表現の方が、読み手の方にとっては、ちょうど良いのかもしれませんね」
「確かに新しいですが、若い学生さんには捉え方が変わるかもしれません」
「もう少し、この登場人物の設定を変えていただくことは可能でしょうか。例えば…」
こんな具合に「イエスバット文法」の繰り返しで、事務処理のように扱われているのが、文面から透けて分かってきた。
時計を見ると、深夜の1時を回っていた。以前はあと4時間で出社するような時間まで起きていても、体力的に辛いと感じたことはなかった。
細々と書いているこの時間が、私が私でいられる時間だったから。
スマートフォンを開いてシフトを確認すると、薫子と高島さんの名前が並んでいた。
薫子がいない日は、本当に誰とも話をしないが、彼女がいる日に窮屈に感じる場面も多くなってきた。
コーナー作りに勤しむ彼女に向けた優しい笑顔が、頭から離れられなくなっている。
仕事に夢中なる人の姿は、とてもきれいだと思う。
私のように、ただ時間を売っているような人間のことを、誰も知りたいとは思わない。
私は本が大好きだ。お話が大好きで、それを読むのが大好きだ。だからこそ、今の仕事に就いている。心のどこかで、自分もお話を生み出してみたいと思ったことがないと言ったら嘘になる。文章を書いていると、自分の中でこみあげてくるものがあり、それをどうにか表現できないか奮闘していたのが、今は嘘みたいに消えていた。
売れない本をひたすら返品し、口コミやSNSでしか評価されない、時代の上辺を吸い取ったような本ばかりを並べる毎日。棚を見て、個人的に面白かった物語があったとしても、万人受けはほぼ不可能。隠れた名作が、日に日に隅っこに追いやられていくのを目にしてきた。
本が好きだからこそ、続けられると思っていた体力仕事や、同じ趣味同士でも中身のない業務会話、時には上司や客との、人格を崩壊させかねないお付き合いやコミュニケーションにだって耐えることに苦痛を覚えなかった。
でも、気分転換と言い聞かせて、爪や髪をキレイにしてもらい、エステに通ったり脱毛を始めて、自分を労わっているのか憂さ晴らしなのか、その境目が曖昧になってきている。誰も自分の外見を評価されなくても、店員さんが身体のことを褒めてくれると、その日一日中は気分良く過ごせた。
だからこそ、激務の隙を見つけて、大量にお金を注ぎこんでいることに気づいたときは、もう断ち切るのは遅かった。
机の後ろには、大量の紙袋の中で読みかけの本が埋もれていた。数頁はめくることがあっても、完読したものは一つもない。
本を買う行為が、読みたいのではなく、ただ買ってすっきりしたいだけのものになったのはいつからだろう?
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