白石 久瑠美⇔粕谷 愛②

『 ごめんね~歓迎会参加できなかったんだ(泣)行きたかったら言ってくれればよかったのに』


たっぷりの絵文字であしらった、反省色のないメッセージを見て、発作的にスマホを叩きつけても何の意味もないことを知ったのは、つい最近のことである。


スマホを叩きつける代わりにスリープにして、ばふん、とベッドの上の枕に押し付けた。これでも、穏やかになった方だと思う。


高島さんの歓迎会が始まる前から、恐らく終わった後からもずっと、つまり丸一日をかけて、自宅のPCの前でマウスを動かしていた。

友人のミカが作成したSNSアプリに掲載するコンテンツを選別するためだ。


単なるメッセージのやり取りや、ブログ投稿機能だけでなく、一般のユーザーから集めたマンガや小説・エッセイといった読み物も掲載するらしい。


ミカはとにかく、クソみたいにワガママで欲張りだが、それを払拭させるクソみたいな頭脳の持ち主だ。


そう、たとえるなら、ありえないくらいに仕事が出来なくても、ありえないくらいにオッパイがデカくて可愛いければ、会社に置いてくれる厄介者…うん、違うかな。


途中から「実況系」や「やってみた系」のカテゴリを集中的に選んで欲しいとオーダーが入って、読み飛ばしていたページに戻り、また読み返す作業を続けて、今は息抜きにLINEで彼女と雑談していた。


「はぁー」


私はベッドに倒れ込み、手探りでクッションを掴み思い切り顔に押し付けた。そういえば、顔をクッションで強い力で押し付けると本当に窒息するらしい。試しに力を入れてみたが、あまり息苦しく感じなかった。


枕に埋もれたスマホから、通知音が鳴ったが、どうせミカからか、ブログのコメントだろう。疲れている今は、文字を見るのも鬱陶しかった。


ああ、でも気になる。


寝転がったまま、スマホを手に取る。


『愛ちゃん。この間は楽しかったです。あの後は大丈夫ですか?心配です。いつでもいいからまた連絡して』


私は飛び上がるように起きた。まさか本当に連絡が来るなんて!


福本とはあの日、挨拶程度に連絡先を交換したぐらいで、どうせ自己顕示欲が満たされたら、もう逢わないだろうと思っていた。


「ふっ」


(文面だけ無駄に可愛過ぎる…)


思わず吹いてしまい、「福本さん!楽しかったですね。わざわざありがとうございます。心配かけてすみません。大丈夫ですよ~」と素早く返信を打つ。しかし送信ボタンに触れる指が止まってしまう。


「…電話の方がいいかな?」


呟いてから、いやいや、と横に振った。

わざわざそんな事を考える必要はないし、ましてやその判断のジャッジに消費するエネルギーを、目の前の仕事に注入すべきだろう。


送信ボタンをタップし、私は本腰を入れようとスマホの電源を落としてベッドに放り込んでから、眼鏡をかけ、デスクに戻った。




今の大学を選ぶ際、ブランド力や就職の安定さなどではなく、「とにかく人が多いこと」に魅力を感じた。


人が多ければ多いほど、コミュニティやグループはより複雑になり、そこから生まれるドラマもそれぞれ違う。


その中には、「よく分からないけれど、なんか面白そう」なことも存在する。


社会人になると、お金をもらう側になるから決められたモノしか作れないし、何か面白そうなモノやコトを思いついても、果たして儲かるのか否かでアイデアは淘汰されていく。


ならば、儲け云々を考える必要がないこの時期に、「なんか面白そうなこと」に精を出すのも悪くはないかな、という考えに至ったのだ。非現実的で非生産的。時間と体力の無駄遣い。贅沢なことだと思う。



『アイちゃんって、ひょっとして、元"シンジョ"??』


当日ハマっていたコミュニティサイトに、メッセージが届いたのは、受験勉強に重い腰を上げ始めた、高校2年の冬だった。


『覚えてないかもしれないけど、信蘭女子中学出身のミカだよ~』


確かに私も信蘭卒だけど、本当に知らなかった。同じクラスにいたっけ?


元々、親が転勤族だから、転校は慣れっこで、人間関係が気薄で昔の友達の名前はおろか、顔も思い出せないなんてザラだ。


しかし、滅多に来ない古い友人のメッセージに「誰?」なんて言うのも気が引けるし、適当に返信してみると、これがまあ、面白いくらいに続いた。


無駄にテンションが高くて、時々、常識外れな部分もあるが、意外に天才肌で、大学進学の話ではミカのメッセージから、超有名な国立大学の名前が出たときは驚いた。


しかも併願で受けるらしい大学は、私が模試判定でギリギリBだった今の大学。けれども嫉妬を抱くこともなく、かと言って遠い国のお姫様のような憧れもなく、とにかく私にとっては、薄暗い青春を下支えした存在には違いなかった。


彼女がネットビジネスを起こすことを教えてくれた時は、友人の成功に尽力する、というよりも、子どもが思いついた悪戯に「いいね」と言ってニヤつくような、ごく軽いノリだったのだ。

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