14.醤油ソース論争(お題:とてつもない多数派)

「目玉焼きにはやっぱり醤油だよね」




 ――とある男がSNSで放ったそのなにげない一言が、ネットで大変な議論を呼んだ。



「ふざけるな。目玉焼きにはソースが鉄板だろう」


「はあ? 塩一択に決まってるでしょ」 


「そもそも目玉焼きに調味料とか味覚障害。塩分過多で死ぬ前に病院行った方がいい」


「マヨネーズ派の俺って異端かな?」


「目玉焼きに醤油かソースかという議論がありますが、私はケチャップ派です」



 男の言葉は拡散され、議論が議論を呼び、いつの間にやらひとつのトレンドになった。


 狼狽したのは男である。


 なんでもない一言だったつもりが、一夜あければ時の人。


 携帯電話の通知は鳴りやまず、名も知らぬ他人からの罵倒が雨あられと押し寄せてくる。



「ってか人の好みにケチつけんな」


「炎上狙いですか?」 


「FF外から失礼します。私は卵焼きが好きです。FF外から失礼しました」


「これだけ話題になっているのにだんまりですか?」


「マヨネーズ派の俺って異端かな?」


「コイツ絶対デブだわ」


 もちろんこの炎上は意図したものではないし、醤油をかける人以外の味覚を否定したつもりもない。だがいちいち返事をしようにも、次から次へと反響が押し寄せ、そのヒマもない。



 仕方なく男はふたたびSNSでつぶやいた。



「おさわがせして申し訳ありません。先ほどのツイートは私の好みを述べただけであり、醤油以外のものをかける人を否定したわけではありません。ご不快に思わせたのなら申し訳ありませんでした」



 悪手である。

 案の定、そのつぶやきには前に倍する勢いで怒涛の返信が寄せられた。



「FF外から失礼します。自分の好みを述べただけ、というなら『やっぱり醤油だよね』という断定口調は避けた方が良かったのでは? 押し付けだと思われてもしょうがないと思います」


「言い訳キッモ」


「FF外から失礼するゾ~(謝罪) このツイート面白スギィ!!!!!自分、RTいいっすか? 淫夢知ってそうだから淫夢のリストにぶち込んでやるぜー いきなりリプしてすみません!許してください!なんでもしますから!(なんでもするとは言ってない)」


「気に病む必要ないと思います。大半は面白半分でやってるだけかと……」


「最近はこういう細かいことで炎上すること増えたよなぁ。面倒くさい世の中になったもんだ」


「マヨネーズ派の俺って異端かな?」


「巻き込みリプやめてもらえますか?」



 この騒動のまとめが別サイトに作られ、対立構造が煽られた。醤油か、ソースか、醤油か、あるいは何もかけないのか。それぞれに項目が作られ、それぞれの勢力が醜い争いを繰り広げた。マヨネーズの項目も何者かの手によって追加されたが、すぐに削除された。


 男はますます狼狽し、SNSのアカウントを削除した。

 だが、動き出した悪ノリは止まらない。

 男の過去の言動から自宅が割り出され、不審者が家をうろつくことが相次いだ。

 職場も発覚し、いたずら電話が相次ぐようになった。


 うかつな一言をつぶやいたばかりに……と後悔したが、もう遅い。

 男はどこか遠くへ引っ越し、身をひそめることに決めた。

 これではおちおち外にも出られない。




 ※※※



 

 急に流行ったことは、沈静するのも早い。

 三か月もしないうちに、話題は別のことへと移っていった。


 男はそれを確かめ、ようやく安堵のため息をつく。

 ――これで、静かな生活がまた戻ってくるな。


 冷蔵庫を開け、男はラップをかけた皿を取り出した。

 レンジであたため、醤油を手に取る。


 しかし、どいつもこいつもわかってないなあ。






 人の目玉には、どう考えても醤油がいちばん合うのに。

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1800秒の並行世界 維嶋津 @Shin_Ishima

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