第5話

ウィルソン

スポルディングの中心からバスで3駅ほど行った場所、ウィルソンは静かで、健康的な街だった。緑が豊かで、公園が多く、ときおりキタマナズクやコリスの鳴く声がした。大家のデッドリバーは親切な人物で、街での買い物の仕方や、店の場所、バポナを切らして困っていたときには貸してくれたりもしたし、いろいろとよくしてくれた。

 ウィルソンに着いて3日目の土曜日。引っ越しのあれやこれやがどうにか収まってひと心地着いた私は、無性に人々がざわめく場所に行きたくなった。ウィルソンはたしかに住む環境としては申し分なかったが、私が求めたのはそういう落ち着いた、ヘルシーな生活じゃなかった。私には激しく明滅する人工的な明かりが、激しいリズムが、サウスホローキーなんかとはまるで違う、都会の手応えを感じる必要があったのだ。

 まだ話せる相手が他にいなかった私がデッドリバーに相談を持ちかけてみると、スポルディングにあるキネキテクト・オーバーという盛り場を案内してくれることになった。それは少しだけ意外なもちかけだった。どちらかといえばデッドリバーはコリスに餌付けしたり、マナズクの巣箱を作ったりするタイプで、激しい遊びを好まなそうに見えたからだ。だから私は彼の案内してくれるという場所についてあまり期待をよせていなかった。下手をするとチューイング・ピエロみたいな子供向け施設なんじゃないかと身構えていたくらいだ。

 ところがデッドリバーに続いて一歩踏み込んだ途端、そこはサウスホローキーどころか、私の空想さえ比較にならない圧倒的な空間だった。1階から3階までが吹き抜けになってフロア全体が3階までゆるやかな傾斜になっている見事なアリスタス。「すごいだろう、墜落したF.O.をイメージしてるんだ。」

客は満員で、スージーみたいなのがあちこちにいたし、往年のヌカマッキオ・シゴイみたいなスタイルで2000dpLをし続けるのや、スプリンクラー・ジャグでBPMを上げ続けるイカしたスタイルズがいた。トータスイレイザーやカクタス9500は自由に作動させて構わなかった。ボート・ヘッド・ジェイコブの「マンイーティング・ソールドスプリット」とホワイトテクノコンクの「ローラーハウス・デスレスポンス」が同時にはじまったかと思うと、途中でビーイングヒューマノイズの「ビーフミーター」やラズベリー・アシッドの「ゴアマックス・マニュアル」がぶちまけられた。そこではあらゆる色彩がひっくりかえされ、あらゆるリズムが洪水になって渦を巻いていた。これ以上外すハメがなくなりそうな、あらゆる楽しみがあった。壁面の大スクリーンにはフォーエルキッズフォーフードやサーモンバタフライ、オフラインカウボーイといった作家の刺激的な映像が次々と浮かび上がった。「気に入った?」デッドリバーの問いに私は「大満足よ、ミスター・ビッグハウス(大家の意)」とはしゃいで答えた。こんな気分は久しぶりだった。冷えたジャイロ・ドリンクをよく振ったときみたいに、自分の栓を思い切り開けた気分だった。デッドリバーは笑って、とりあえず腹ごしらえだ。名物のトーテムポール・ミートヘッジが絶品だといい、イートコーナーについてくるよう言った。

 私はそこで彼に出会った。ハシオカ・カンの息子みたいな彼は、周りからはノシオカ・ダイチと呼ばれていた。

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サーフ・ア・ゴールドウェーブ 仄ら @honola

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