第3話

さらばサウスホローキー

朝から予感のある日、ーーそういう日は最近では珍しくなったけれどーー夢に出てきたのはマシェット・ハナマヤン師みたいな、白くぶかぶかしたローブをまとったCDJと、同じような格好で相変わらずCDJの足元に転がっているミーポの姿だった。あぁ、彼らの元気そうな姿を見るのは久しぶりで、それはひどく懐かしく、私を安堵させた。二人は微笑み、合掌しながら私に「パリタット・オム」だとか「デヴァ・ジャムナ・オム」と言った。合いの手みたいにミーポが高い声で「オム・オム」と叫んだ。その意味を汲み取ることは私にはできなかったけれど、声を聞いているうちにまるで自分が胎児に戻って、とても大きくて暖かなものに抱かれているような安心感を覚えた。やがて私の目の前で2人の姿は雲をつくほど巨大になって、そして巨大になりすぎて雲のようになって消えた。オム・オム。

 目覚めるとすぐに気配がして、やがて部屋にノックがあった。手近なものを羽織って玄関口に出た私に配達員が手渡してきたもの、それはまちがいなく本物のミリタリーバスケットクラスだった。当選したのだ。私は気を静めるためにダマスカスの黒箱を4錠と、34シリンジを1本、それにグラスにニードノア(押し草の意)を2つ入れて太陽礼拝を2回やった。それは間違いなくCDJとミーポからの贈り物だった。私は感謝を示したかったのだ。

その日のうちにコンバートステーションに向かった私はバスケットクラスの権利を売り払った。ついでにその足でスポルディングの外れ、ウィルソンにアパートを借りる手続きを済ませた。「おすすめしないぜ」コンバート・ステーションの店長ミッキーの助言だった。「俺ならウィルソンにする。家賃も安いし、スポルディングにも近い」ミッキー・ブラックブラックは鉄漿で作った真っ黒な歯を見せて笑った。彼は世界を旅してきた男だ。彼がいうのなら間違いないだろう。


 翌日の夕方、私はスポルディング行きの夜行バスに乗った。荷物はドラムバッグひとつきりの寂しく、気楽な出発だった。

バスから見える街明かりはみるみるうちに遠ざかり夕暮れに光る小さな粒になった。昨日まで私の暮らしはあの小さな光の粒の中にあった。さよならナイジェル、さよならアダム、さよならミッキーBB、さよならチェ・キム、そしてCDJ、それにミーポ。私は見えなくなっていく光の中の友人たちに別れを言った。

バスは真っ黒な夜を走りだした。さらばサウスホローキー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る