第4話

サッチャー・ゴッド

 まるでアルティメット・サッチャー・ゴッドか、オールアームド・サチコみたいだ。

この喩えを在りし日のCDJなら床に転がって笑ってくれたことだろう。夕暮れを走っていたバスがハイウェイの乗口に差し掛かる頃、窓の外はすっかり真夜中の色に染まっていた。こんなことなら本の一冊でも持ってくるんだったーーガバーマンスライドのコミックまでミッキーの店に売ってしまったのは失敗だったーーなどと思いながら、斜め前の席でパピヨンみたいなやつがカーストバルーン誌を読んでるのを見つけた。そのうちこのシティ・パピヨンは眠ってしまうだろう。そうしたら少しの間拝借して、朝になったら戻しておけばいい。そんなふうに考えをまとめていると急にバスが停まって乗客が乗り込んできた。その客を見るなり私はぎょっとした。6ー18じゃないだろうな。勘弁してくれよ、と私は思った。こんなのに隣に来られちゃ困る。けれどそう思ったときほどそれはそういうふうに運ぶものだ。まるでアルティメット・サッチャー・ゴッドか、オールアームド・サチコみたいなそいつは、本当に6-18を目指してやってきた。POMGWD!(おお、あるべき存在よ、ここらでチャンネルを変えてくれませんか)

「スポルディングまで行くの?だったら一緒ね。」まだ椅子にも座らないうちから彼女は私に話しかけてきた。当たり前だが私というチャンネルは如何にひどい内容でも、如何に退屈な展開が起ころうとも変わることはない。視聴者が私しかいないのをいいことに。「私、ニコルソンのキキって言う名前で6のつく日と木曜日はお店にたってるわ。ぜひ来てね」ミゾーイか、キックミーを楽しんでるのだとしても、抜け切らないままでバスに乗り込むのはいくらなんでも非常識だ。「…アリババ・ベビーって店よ。きっと来てね」あきれて返事もせずにいると「ねぇ、聞いてるの?私あなたに話しかけてるのよ」私は相手をするような、しないような調子で、サッチャー・ゴッドからわるい成分が抜けるのを待った。彼女が嗜んだものがミゾーイであれ、キックミーであれ、最悪ボストン・ナニーだったとしても、そのうち静かになるはずだった。ところが1時間しても2時間しても彼女は異様に陽気なままだった。車内でひとり騒がしくべらべらとまくし立てる彼女に抗議の声を上げた者もいたにはいたが、彼女は立ち上がって声の方に向かって「やかましいよ、WWSの下っ端!」と凄んでみせた。それ以上相手は何も言わなくなり、これで完全に彼女の勝ちが決まった。私はいたたまれず、「一体何をキメたの?」声を潜めて聞いた。彼女は質問の意味がうまく飲み込めなかったらしい。「キメたってなんのこと?朝は桃のネクターをかけたトウフ、昼はワインと、少し頭痛がしたからアメローラを飲んだきりだわ。そろそろなにか夜食をとらなくちゃ、あなたもどう?」と小声で返してきた。アメローラなんかでこんなにぶっ飛べるはずがない。「ベンヤミンか、ワークショップ8でもどう。気分が落ち着くはずだけど」ふたたび私は声を潜めてもちかけた。なんで見ず知らずの人間にこんなお節介をやらなきゃならないんだ、という思いはもちろんあったが、自覚があるにせよないにせよ、私は彼女のこの有様を放っておくことができなかった。ところがだ。「ベンジャミンに、ワークショップ?なぁにそれ。どうせなら私、ミートヘッジが、それもタワー・ヘッジがいいわ」車内に言いふらすような大声で言った。最悪だ。「タワーヘッジと言ってもね、あなた知ってる?トーテムポール・ミートヘッジっていう…」私は覚悟を決めて、サッチャー・ゴッドの腹部を思い切り蹴飛ばした。倒れこんだところに強引にベンヤミンを7錠も飲ませた。お陰で車内は静かになったけれど、私はそれからずっと他の乗客から蔑むべき売人みたいな目で見られた。翌日の朝、バスがスポルディングにたどり着くまでずっとだ。いびきをかいて眠っていたサッチャー・ゴッドがその後どうなったか私は知らない。

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