第2話 到着

「お三人方、東鬼島とうきじまに着きましたよ~。……って、皆さん大丈夫ですか?」

 陽気な船乗りの声が三人の耳に届く。しかし、彼らは長い船旅で疲れたのか、元気なく俯いていた。

「長い……。それでいて海でもないのに揺れがひどすぎる……」

「ほんと、ですよ……何回吐くかと……うっぷ……」

「あなたねぇ! もうちょっと安全に運転できないわけ!?」

 三島は顔をしかめながら頭を抱え、基山きやまは真っ青な顔をして、込み上げてくる吐き気を押さえ込もうと口元に手をもっていき腹を抱え、篠原しのわは鼻先に人差し指が付くほど船乗りに詰め寄った。

「えぇぇ!? これが俺の運転の仕方なのに……」

 船乗りは悪びれる様子もなく、篠原に詰め寄られた分、逸らして頭を掻き毟っていた。

「もういいわ。迎えに来るのがあなたなら、ちゃんとした運転で私たちを安全に返してちょうだい!」

「……わかりましたよ。……ったく、最初に送った人たちは、俺の運転で結構楽しんでいたのに……」

 渋々頷きながらも船乗りは、ぶつぶつと文句を言いながら帰る準備をしていた。

「……あれ、帰られるんですか?」

「いえ、まだ帰りませんよ。いったん戻って後の招待客様を迎えに行くので」

 いまだに気分の優れない基山に尋ねられ、その問いに答えた船乗りに篠原は眉をシワ寄せていた。

「そうなんですね。お疲れ様です」

「有難うございます。これよければ酔い止め薬です。俺の運転で気分を削がれてしまった事は謝ります」

 基山は薬を手渡し、深々と頭を下げた船乗りに首を振った。

「いえいえ、こちらこそありがとうござます。僕たちをここまで連れてきてくだったんですから……でも、帰るときはよろしくお願いしますね」

「へへっ……あんた、いい奴だな。あんたが乗って帰るときはちゃんと安全最速運転で帰還させてやるよ」

 鼻先を擦り嬉しそうに頬を染めた船乗りは船に戻ると、エンジン音を轟かせながら船着場から去って行った。

「さて、鬼東島に着いたが……迎えがないのはおかしいな……」

「そうね。推理小説でもこういった、孤立した島には屋敷があって、その屋敷の執事が迎えに来てくれるのが定石なのに」

「あ、向こうに屋敷が見えますね! 手を振ってみたら気づいてくれるかもしれません! おーい!!」

 基山は遠くに見える屋敷を指さしてから、大きく手を振った。

「そんなことしても、向こうからこっちが見えるわけ――……」

――ガ……ガガガ……

「ん?」

 基山の行動に呆れていると、桟橋に備え付けられたスピーカーから機械のノイズのかかった音が鳴り響き、少しして咳ばらいが聞こえた。


――お待ちしておりました。三島様、基山様、篠原様。ようこそ、東鬼島へ。ご主人様がお待ちです。どうぞ、そのまま森に続く道をお進みくださいませ。そこから館までは30分ですが、どうぞご辛抱くださいませ――

 スピーカーから初老の男性の声が流れ、誘導する声と共に放送は終わった。

 


「…………本当に見えているのか……?」

「まさか……、あの運転手が無線で私たちのことを屋敷の人に教えたのよ。それしかないわ」

 音声が流れたことより、基山の着眼点に驚きに両目を見開いていると、篠原はあり得ないわというように首を振り呟いて自身で納得していた。

「そんなことより、行きましょうよ。さっきの人が言っていたように、木々に続く道がありましたし」

「そうだな……」

「そう、ね。……行きましょうか」


 基山の一言により三島と篠原はお互いに顔を見合わせる。

 森の方へ視線を向けると放送通りに桟橋から森に続く道が延び、入り口辺りには整備されていないようにみえてよく確認するときちんと砂上に石畳や木目が敷かれた道が連なっていた。

 その道をそれぞれ緊張の面持ちで三人並んで森の中へと進んでいった。


「そういえば、三島さん。篠原さんといつの間にか仲良くなってません?」

「は? 何言ってんだ。そんなわけあるか」

「あれ?」

 屋敷に向かう森の最中、基山はふと思ったことを三島に尋ねてみるが、三島は機嫌を損ねながら答えた。

「(うーん。衝突がないからわかんないなぁ……)ま、いっか」

 腕を組んで首を傾げる基山は、気分を変えていくように心を入れ替えた。


 スピーカーから聞こえてきた男性の言葉通り、30分ほど森の中を歩くと屋敷に着いたのだった。


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