孤島の探偵たち

星廼薫

第1話  三人の出会い

場所ーー〇〇県✕✕市のとある船着き場


 潮風にたなびくコートが薄ら寒さを捉えながら、一人の男性が腕を組み海の向こうを睨んでいた。

 彼の手には一通の封筒が握られていた。

 その封筒は朱印が施され、丁寧な字で宛名が書かれていた。――三島浩仙(みしまこうせん)。それが彼の名前だった。

「三島さーん! お久しぶりです!!」

「ん? あぁ、君か、基山くん」

 後ろから手を振って走ってきながら三島の名前を呼ぶ彼――基山信之(きやまのぶゆき)は、肩で息をしながら三島の隣に並んだ。

「あ、三島さんもその招待状を持っているってことはーー」

「その口振り、まさか、君もか」

「はい! そうなんですよ!」

 三島の手元を見て、封筒を指さして知っている風に言う基山に驚きながらも、嬉しそうに同じ封筒を懐から取り出した彼を見る。

「まさか、三島さんも招待されてるなんて、ビックリしました!!」

「何を言うか。君の師匠は探偵業を引退しても、まだまだ現役だぞ?」

「三島さんが引退してから、探偵界隈では騒然ものでしたよ。 まさか、伝説の探偵が引退か? なんて、『週刊 探偵実録』っていう雑誌に見出しがなされたんですから!」

 興奮気味に言う基山は尊敬の眼差しで三島を見つめる。三島は基山の元師弟で、名高る探偵として三島浩仙みしまこうせんの名が世に出回り、警察は彼を調査協力を依頼していたこともあった。

 そんな彼が、探偵を辞めたのは様々な理由があったが、三島は過去の事だといい一言もその事について触れたことは無かった。

「つか、それは昔の話だ。今フリーでも、警察やドラマなんかに協力しているからな」

「そうでしたね! あまり会うことは無かったですが、探偵ドラマとか協力者一覧に三島さんの名前が乗った時なんて『三島さん、ちゃんと生きてるんだなぁ』って、思いますもん」

「お前なぁ……」

 仔犬のように瞳を輝かしながらしみじみと遠くを見て考え深げに呟く基山に懐かしさを覚えながら、三島はため息をついた。

「そう言えば、ここからどうやって見えない島に行くんでしょうかね?」

「招待状には、船の出航切符がこの日付と日時を指しているんだ。どこかに島行きの船が用意されているはずだ」

 双眼鏡の様に指を丸めて船を品定めする基山と、封筒から取り出した切符を手に時計と見合わせながら三島は歩き出す。

「東鬼島(とうきじま)行のビシャ号……ビシャ号……」

三島は切符に書かれた島の名前行きの船を探して、見つけた。

「おーい! 基山!! 見つけたぞ!!」

「えっ!? 何処ですかー?」

「ここだ!!」

 名前と切符に記載されている名前を確認して、基山を呼ぶ。

 基山は少し遠くにいるようで、声が小さく聞こえ、手を挙げて彼を呼びだす。

「あら? 貴方も東鬼島とうきじま行の船に乗られるのですか?」

 基山が三島の下へたどり着くより前に、若い女性の質問が三島の耳に届いた。

「誰だ?」

「私? 私の名前はーーとその前に、私の質問に答えて下さい。あと、女性に名前を聞く前より先に貴方の方が名乗るのが礼儀では?」

「は?」

 振り向きながら声の主である女性に問いかけた三島だったが、腰に手を当てて凛と答える彼女に豆鉄砲を食らわす物言いに眉根を寄せながら、女性を疑わしげに見る。

「なによ」

 三島の睨む様な形相に女性もたじろくことも無く、怪訝そうに睨み付ける。

「あ、いたいた! 酷いですよー! 勝手に居なくなって、勝手に女性の方といい雰囲気でお話をしているなんて……って、なんか真逆な雰囲気ですね」

 険悪な空気を断ち切るように、文句を言いながら現れた基山は三島と女性を交互に往復すると、三島にコソっと耳打ちをした。

「したくてしている訳では無いからな」

「じゃあ、何でこんなにも顔が険しいんですか」

「……」

 基山が話しかけてきた音量と同じく答えるが三島の表情に突っ込みを入れる基山に何も言えることは無かった。

「そこの貴方、そこの無粋なおじさんを知っているの?」

「へ? オレですか?」

「そう、貴方」

 無粋なおじさんという単語にぴくりと眉を動かし、どっちがと思いながら、三島と基山は女性の声に振り向き、声をかけられたのは自分であるのか?という意味合いをこめながら、自身を指す基山に女性はこくりと頷く。

「えーと、この人は昔、探偵界隈で有名だった三島浩仙みしまこうせんさん。んで、オレは三島さんの元弟子で、探偵をしてる基山信之きやまのりゆきです。おねーさんは?」

腕を組んで不機嫌そうに視線を逸らす三島と自分を紹介した後、基山は女性の言葉を待つ。

「ふーん。貴方、基山君って言うのね。無愛想なおじさんのことは名前を知ってもよく分からないけど、私の名前は篠原都子(しのわみやこ)よ。私も同じく探偵をしてるの。もしかして、東鬼島とうきじまに行く船を探していたの?」

「え!? あなたも探偵なんですね!! ここに探偵が3人いるなんて奇遇ですね! って言えることではないですね。篠原さんのその招待状を見る限り」

 楽しそうに言いながら、篠原の持っている封筒を見て、何か察した基山はチラリと三島を見やった。

「そう、みたいだな。……ということは、この女と一緒の船に乗るのか?」

 実にわかりやすく嫌な顔を作り、わざと女性――篠原都子しのわみやこに聞こえるように、同じ船に乗るのは勘弁だ。と突っぱねる。

「私だって礼儀もなってないおじさんと個室に入って同じ空気を吸うなんて真っ平ゴメンよ。別々に乗っていきたいわ」

「なにを……!?」

「まあまあ、まあまあ。三島さん、篠原さん落ち着いて」

 2人の一悶着が起きそうな気配をなだめるように、基山はどうどうと三島と篠原の荒波を終息させることに成功した。

「そろそろ出航の時間になりそうですし、早く船に乗りましょう」

「ちょっ……、基山君!?」

「お……おい! 押すな、押すな!」

 2人を船に乗り込ませようと、基山は三島と篠原の背中を押して船内に入っていった。


 船の中には3人以外の客は居らず、船員が1人乗っているだけだった。

 出航の時間になり、三島・基山・篠原の3人だけ、東鬼島とうきじまに向かうことになった。

 船員の人曰く、「先に数名見送った」という情報から、自分たち3人以外の他の探偵が海の向こうの東鬼島とうきじまに既に送られていたことが判明した。

 三島は長年の経験を生かしている訳では無いが、ザワザワと胸が騒ぐような感覚に陥っており、これからの事に不安を感じていた。

 基山は波に揺れる感覚に戸惑いながらも、気分を損ねないように必死に我慢しているが、顔色が段々と真っ青になりかけていった。

 そして、篠原は窓近くに座り、何かを思い詰めているような表情で海を眺めていた。


――空はとても薄暗く、これからの行く末を暗示するかのように、雨が降ってしまいそうにどんよりと曇っていたのだった――

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