十二人の「僕」が、旧暦の各月に、ひとつの花にことよせて謳う、恋心。
全話まとめても一万字以下と読みやすく、一気に拝読することも可能ですが、一話一話じっくり読まれることをお勧めします。
各月の花と「僕」……ですが、花は実物とは限りません。空想のなか、地の下で芽吹きを待つ福寿草だったり、タブレットの中で妖艶に花開く月下美人だったり、着物に描かれた菊であったりします。花とともに謳われる「彼女」との関係もさまざまで、片想いだったり、結婚前だったり、別れを控えていたり……。一人称「僕」の心情と花々を含む風景を読み込んだ、詩のように感じました。
若い男性の恋心を歌った、素敵な掌編集です。
一年の月ごとに、その月にちなんだ花を登場させ、主人公の心を花に投影させていく作品。1話の文章量は1000字ほどで、サクサク読める。文章が詩的で、途中で小説を読んでいるのか、詩を読んでいるのか、曖昧になる。文章は美しく、月に選ばれた花も秀逸。各々の物語に、それぞれの花が上手くハマっていて、主人公の胸の内や心の疼きを、表現している。
この作品を拝読して、一番好きだったのは最初の福寿草の話し。小生が雪国出身のためか、情景描写がリアルで好きだった。そして、福寿草の生態と主人公の様子が重なって見えて、心に刺さった。
旧暦や花がお好きな方にお勧め。
また、短編連作なので、時間がない方にもお勧め。
1話読めば、きっと貴方のお気に入りの物語に出会えます。
是非、御一読ください。
睦月の福寿草からはじまって、その月に咲く花を愛でる。
その花になぞらえて、誰より愛しい人への想いを綴る。
香りがそっと漂って来る気配がする。
水無月の月下美人はまだ二人の元にあるわけではなく
それなのにジャスミンの香りを纏って、もう存在するかのようだ。
そこに無くとも想える、まるで水無月の名のように。
葉月の水面は、はしゃぐ声できらきらしている。
本当なら君だけの監視員になりたい、プールサイドの時間。
何よりまぶしい笑顔を、もっと間近で見たいと体温が上昇してしまいそう。
桔梗の花は凛として、まだ夏の名残を持つ長月にぴったりだ。
自分だけが未練があるようで、苦しくなるそんな想いは
ほんとは誰もが抱えているような気もして、瞬時にせつなくなる。
柊。そうだね、赤い実ばかり有名で、花は知らなかったよ。
氷と絡み合った花。サクッと鳴る霜柱。霜月にふさわしい表現がすきだ。
薄くて脆い氷を気持にたとえて、手に残る花を大切に愛でる人。
異性へのときめき、ふんわりとした温かな気持ち、待つじれったさと昂揚感、伝えられなかった言葉、手放した思い、さまざまな「僕」の十二の思いを載せて一年がぐるりと巡る。
花々に彩られた、繊細で多感な年頃の男の子の心情がほほえましく、ときに読み手の恋の記憶をもチクリと刺激し、懐かしさをおぼえるとともに、切なくもさせる。
私が特に気に入ったのは、以下の三話。
・弥生(三月)…ハクモクレンの描写が秀逸、花の散り方と伝えられなかった思いが上手く重なっている。
・長月(九月)…誠実でありたいがゆえに取った相手の選択に納得しつつも、心が痛む。桔梗の青の鮮やかさが心に沁み、自分の越し方をも振り返りい、胸に刺さる。特に女性読者に読んでいただきたい一篇。
・極月(十二月)…「早く来て!」ジレジレ、ドキドキしているうちに、雪ダルマになっちゃいそうだね。ふふふ。
作者さんはその身辺雑記から拝するに、私より上の年代の男性だが、これほど色彩豊かに、瑞々しいお話を執筆されている。その事実にも驚く。
と、感心し、また微笑みつつ読了したが、ただ一点惜しいと思われるのが、タイトルと惹句。いま少し工夫なされば、より多くの読者の方の眼にもとまり、お客の袖を引けることと思われる。せっかくの素敵なお話なのだから、ラッピングも…と欲張ってみられては如何。
と若干の要望も書かせていただいたが、むろん楽しませていただいたことに変わりはなく、女性にも男性にも読んで欲しい連作である。読めばあなたのお気に入りの一篇が、必ず見つかるはず。