第4話 影法師の活躍で僕は男を見せる

 月明かりに浮かぶ先輩の美しい顔に見とれながら、なんだか心の中でうずくものに耐えられないで聞いてみた。

「あの……シャドウって、涼美先輩の?」

「難しいな。あなたたちの常識では分からないでしょうね」

 遠い目をしたけど、そこで話を流されたくはなかった。

「恋人……ですか?」

 困ったような顔をしたけど、考え考え、答えてはくれた。

「私たちは、2人で1人なのよ。人には影法師が付いて回るように」

 それ以上、聞くのはやめた。何かこの世とは別の世界に生きている人だっていうことは、この1週間でよく分かっていたからだ。


 涼美先輩がシャドウと呼ばれた学生服と去っていった後、僕の目の前はいつもの帰り道に戻っていた。バスの中で夢でも見たのかと思いながら、その日は帰るなり夕食もそこそこに寝てしまったけど、次の日の朝、部活に行って驚いた。

 確かに、ステージには涼美先輩がいた。ただ、誰も話しかけない。黙々と準備運動をやって、同じように発声練習をやって、稽古に入った。 

 見慣れない、いや、見たことがあるかもしれない人影を従えているけど、誰も気づかない。顧問の先生でさえも、声もかけなければ、正面からぶつかりさえした。

 でも、問題はそこじゃなかった。稽古が始まった時、先輩はその名を呼んだのだ。 

「シャドウ」

 そう呼ばれて現れたのは、僕自身だった。

 ……え?

 顔も背格好も、僕そっくりだ。もしかすると、気づかれないのはそのせいかもしれなかった。でも、それだけだったら先生はぶつかったりなどしないだろう。明らかに、見えていないのだ。

「涼美先輩?」

 こそっと近づいて声をかけると、優しい声がいたわってくれた。

「気分はどう?」

 それには答えないで、僕は尋ねた。

「あれ、何ですか?」

「シャドウよ、あなたの」

 それがどうしたという感じの答え方だった。

「僕の?」

「まあ、見てなさい」

 こうして、何やら自信たっぷりな涼美先輩に命じられるままに、シャドウは稽古の間中、舞台に立った僕の背中について歩いたのだった。それはまるで、舞歌の書いた台本に登場する影法師のようだった。


 時は現代。かつて見ず知らずの女性への恋がもとで仲違いした2人の男がいた。一方は貧しい学者で、その研究成果を、かつてその影法師として女性との中を取り持っていた裕福な男が横取りする。

 影法師はその成果によって、富豪の娘との婚約を取り付け、資金と名声を手にする。学者はその娘に影法師の危険を訴えるが、影法師は脅迫者扱いして罪に陥れる。

裁判で有罪になりかかった学者を救ったのは、その令嬢だった。その令嬢こそは、かつて仲違いの原因となった女性だったのだ。


 だいたいこんな話だ。もとは人の好さだけが取り柄で行動力のない学者が、自分のできないことを任せきりにしていた影法師に取って代わられる話だったらしい。僕はあまり頭のいい方じゃないが、こんな甘い話に仕立てないと気が済まないのは、いかにも舞歌らしい。

 で、実際に僕の前に現れた影法師はどうだったかというと、その能力は凄まじかった。最初は演出の指示を受けて台本片手にうろうろしている僕について歩くだけだったのだが、すぐ台詞と芝居を覚えてしまった。

 夕方までかかった部活の間に、シャドウは後ろで自分から動いて台詞を囁くようになった。僕はそれに従って喋ったり、動いたりすればよかったのだった。

 傍目から見れば、まるで僕が1日で都築に追いついたように見えただろう。舞歌などは、自分の人選は正しかったとばかりに鼻高々だった。

 その日の帰り道、舞歌は何だかんだと話しかけながらバス停までついてきた。僕は僕で、何だか自信がついてきたせいか、大きなことを言うようになっていた。

「何でも遠慮なく言ってよ」

 シャドウさえついていれば、何でもできるような気がしていた。でも、そんな話になると、舞歌は急に慎重になった。

「でも、代役なんだし」

「代役だって責任はある」

 珍しく、僕は人のために働きたいという気になっていた。それは、舞歌に認められて有頂天になっていたせいかもしれない。ところが、返ってきたのはシビアな答えだった。

「都筑君と同じことは無理」

「できるよ!」

 僕はちょっとムキになっていた。舞歌はちょっと困っていたようだったが、意を決したように聞き返した。

「……本当?」

 それは、僕の知っている舞歌とは違う声だった。低く、強い響きを持つ声だった。それにはちょっと言葉に詰まったけど、勢いに任せて言い切るしかなかった。

「言ってよ、何でも」

 舞歌はすっぱりと言い切った。

「相当レベル高いよ、あたしたちの要求」

「任せて」

 きっかけを掴んだら、そんなのもう、怖くなかった。

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