きらきらひかる
綾瀬 莉愛
きらきらひかる
星を眺める君の横顔が美しいと思った。
「あれが夏の大三角形でしょう?」
指を差したその先に光る3点。
僕も見たけれど、月並みな感想しか言えなかった。
もうすぐここを出ることをあとどれくらい一緒にいたら言えるんだろう、とぽつりと考えた。夏が終わる前に僕はここを出ていくのだと、夏の大三角形が消える前にいなくなるのだと。どうしたら君に言えるのだろう。
「星の勉強がしたいなあ」
僕にではなく、溢れた呟きのひとつに過ぎないことは何年も一緒にいたおかげで分かった。そうなんだ、君には君の道があるし、僕には僕の道が……と考えたところで隣の女の子は立ち上がった。
「宇宙飛行士になりたいな」
初めて聞いたことだった。
思わず本音が出た。
「正気?」
「正しい気持ちで正気でしょう?
正しい気持ちよ」
「なんでまたそんな壮大な正しい気持ちを持ったの」
「星をもっと近くで見たいな」
女の子の夢は単純な動機だった。
あぁ、君らしいな。
小さな頃から星をふたりでよく見に来ては、君から星の話を聞いた。あれはなんの星だとか、あそこにはなんの星座があるだとか。
小学生の頃の理科の授業で星についてを学んでいたとき、人一倍に目をきらきらと輝かしていた姿を思い出す。
あれから10年も経ってしまった。
僕らはずっと一緒にいて、ずっと一緒に星を見続けると思っていた。
引っ越すことが決まってからだいぶ時間が経っていた。明日には荷物をすべてまとめなければいけない。元々物があまりない僕の部屋は、もう荷物をほとんど段ボールにまとめ終えている。
それでも唯一、まだ出してあるものがあった。もう何年も前のものだった。
「ねえ、由希」
「なあに?」
「僕らが宇宙飛行士になるくらいの大人になったら、宇宙から手紙とか送れるようになってるかな?」
「多分なってるわ」
迷わず返事が返ってくる。
僕は由希が好きだった。
「じゃあ由希が宇宙に行ったら手紙を待たなくちゃな」
「地球は青かったって書いて、写真も一緒に送らなきゃ!」
一瞬間が空いて、ふたりで笑い合った。
由希が夜空を見上げる。僕も立ち上がり、夜空を見上げた。星がきれいに見えるこの街に生まれて僕は本当に幸せだと思った。由希は多分、星がきれいなところでなければ生まれなかっただろう。そう思えるほど、由希は星と生きてきたし、それを僕はずっと見てきた。見ていることが幸せだった。
「由希からもらったポスターがお守りだった」
「大きなお守りね」
「毎日それを見て、ここに生まれたことに感謝してきた」
「大げさあ」
由希が僕を見て笑う。
僕も由希を見た。
「過去形で話すなんて、まるでいなくなるみたいね」
「鋭いなあ」
由希は自分の髪に触れる。きれいな黒髪だった。太陽に照らされても黒という黒い髪。さらさらと風になびくその髪。好きだった。嫌なところなんかなかった。
「なあんてね、小さな街なんだから情報が早く回ることくらい知っているでしょう?」
「忘れてたね」
「18年間も住んでるのに?」
「僕がダメなやつなのは知ってるだろ」
「ダメじゃないから知らなかったわ」
由希からもらったポスターは、僕の星座の双子座の絵だった。男の子と女の子、後で僕らだと教えてくれた。双子みたいにずっと一緒に生きてきた。そのポスターがお守りだったんだ。由希と今日もいれる、お守りだった。
「由希からもらったポスターがまだ片付けられない」
「置いていかないでよ?次に住む人がびっくりするわ」
「絵が上手すぎて?」
「子どもがふたりも部屋にいる!って」
ふたりで笑った。
由希と話していると、明日も明後日もその先も変わらず一緒にいられるようだった。
「次住む街は、きっとこんなに星が見れないわ」
「なんでわかるんだよ」
「18年間ここで生きてきたから」
「なんにも根拠になってないよ」
「夏の大三角形くらいはきっと見えるわ」
デネブとアルタイルとベガ。三人で夏だけ現れちゃって仲良しなのね。
君の言葉を思い出す。どこにいても、仲良し組の三人は見れるのだろうか。
「ねえ、ヒロ」
「なんだい」
「もうそろそろ帰らなくちゃ、時間だわ」
「帰りたくないなあ」
「いなくなってほしくないなあ」
そう言いながら由希は帰り道を先に下っていく。
明日も明後日もその先も。ここに星を見に来る人生がほしかった。
でも叶いそうにない。
だからせめて、由希からの宇宙の手紙を待つとする。
地球は青かった、という言葉と共に。
僕は月並みな感想しか言えなかった。
「今日もきれいな二等辺三角形だね」
でも君と僕は一直線で結ばれている、と思いながら。
きらきらひかる 綾瀬 莉愛 @riaria
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