勇者行為の甘くない果実

 二人前のチーズハンバーグ弁当をレンジで温め、炬燵に差し向かいで食べているうちに、俺はようやく落ち着きを取り戻した。

「スオウ様。もう五回目ですよ。何があったんです? 外で誰かと話してたみたいですけど」


「あ、うん」


 食事しながらも戸締りを確認しに行くことを繰り返し、シルフリートにたしなめられて、俺はようやく外で見たものについて彼女に話した。


「そ、それは……まさか」


 シルフリートの顔色が急激に悪くなった。


「何か心当たりが?」


「スオウ様。何かその……卵のような形のものを、フォレスティアから持ち帰ってませんか……?」


「んっ!?」


 部屋の一隅の壁際、安物のカラーボックスとその周りの壁に飾られた、一連の記念品スーベニールを思い出す。立ち上がってそちらへ行き、そのうち一つを掴みあげた。例のルビーと七宝で飾られた黄金のイースターエッグ――的なもの。改めてよく見ると確かにいわくありげだ。


「あーーっ!! これは! スオウ様、なんでこれがここに!?」


 けたたましい悲鳴。


「しーっ!! 静かに、静かにして」

 俺は彼女に、声のトーンを下げるよう必死で懇願した。


 ――うるせえぞ!! んゴルァ!!


 隣の部屋で壁を殴る音が響いた。隣には漫画家のアシスタントか何かをやってる四十代後半のおっさんが住んでいる。怒鳴り込まれでもしたら厄介なことになりそうだ。


「すんません!」


 隣からはそれっきり反応がなかった。俺は声を潜めてシルフリートと一緒にそのイースターエッグもどきを見つめた。


「これ、たぶん聞いたことあります……『捕食者の卵』といって、危険な魔物を封じ込めるための呪物なんです。正しい場所に安置しておかないと、封じられた魔物がその周辺に好き勝手に出没していろいろ悪さをするといいます。人を食べたり、病気を流行らせたり……恐ろしいことに、食べられた人はそもそもこの世にいなかったことにされてしまうんです」


「……じゃあ何でそいつが人を食うってわかるんだ」


「目撃者がいても、別に何もせずに食べた分で満足してどこかへ行ってしまうそうです」


「それでか……」


 俺はスマホを取り出して、帰りの電車の中でタマゴおっさんについて検索してみた結果を再表示した。

 この近辺での失踪事件は記録されていないのに、ネットでは「夜道を歩いてて眼の前で人が化け物に食われるのを見た」という情報が少なからず飛び交っている。シルフリートの話と符合する。


「ど、どこかの祠に厳重に保管してあるという話だったのに」


「……うん。俺がパクった」


「ええ!?」


 あれはまだフォレスティアの夢を見始めて間もないころ、シルフリートと知り合う前だった。街道沿いの酒場で耳にした、宝物の洞窟の話を真に受けて一人で出かけて行って、サンショウウオのような姿の怪物と戦った――その時の、洞窟の隠し通路の奥で見つけたのだ。


 通路の壁の様子といい、置かれていた台座の作りといい、明らかにそれまでと隔絶したお値打ち感で――


「お宝ゲットぉ! って思って持ち帰ったんだ。どっかの街で宝石屋を探して売ろうと思ってたらさ、こっちに持ってきちゃって、それっきり」


「……返してきなさい」


 シルフリートが険しい形相で俺の襟元をつかんだ。


「無理だよ……! こっち側からものを持ち込めたことは一度だってないんだ」


「やってみなければ分かりません。あなたはフォレスティアで、だれにもなし得なかった冒険をいくつも成し遂げたではないですか。あれはまぐれだとでも?」


「だってあれは、夢の中のことで……あっちの俺はこっちの俺と違ってイケメンで運動神経がよくって、機転が利いて、何より幸運でっ……」


 パシッ――


 頬に鋭い平手打ちをもらった。シルフリートがこちらをにらんだまま腕を振りぬき、眼に涙を浮かべていた。


「そんな言葉でごまかさないで。この『ニッポン』もフォレスティアも、私にとっては現実です! こっちでのあなたは確かに少し丸みを帯びててお腹がたるんでて鼻が低いですが、私にはすぐわかりました。これは私が愛した人の、同じ魂だと」


 おぅ。さりげなく強烈な現身dis。


「だから、今度だってできるはずです。今すぐその卵を抱いて眠って。私も隣で寝ますから」


 否応なく布団を敷かされ、俺は胸の上に両手でその黄金の卵を捧げ持ってあおむけに寝そべった。電灯が消され、彼女が左側に滑り込んできた。

 耳元でシルフリートの声が、ささやきを繰り返す。


 ――置いて来て……返して来て……それはあなたのものじゃない――


  そ れ は 、 あ な た の も の じ ゃ な い ――


         * * * * * * *


 隣には誰もいない。再び王宮の広々とした寝室で、俺は一人目覚めた。そして、胸の上に置かれたずっしりと重い物体。


「マジか……」


 「捕食者の卵」は確かにそこにあった。俺は急いで服をつけ、寝室のドアを開けはなった。


「おお、スオウ様。金貨はお役に立ちましたか?」


 エルミーム候がやってきた。彼は恭しく挨拶すると、俺の足元にひざまずいた。


「それどころじゃなくなった。馬と鎧とマント、路銀を用立てて欲しい。すぐに旅立たなきゃならない」


「それは……何ごとなのですか」


 無言で「卵」を見せる。エルミーム候の顔色が変わった。


 万一のために、この世界で再び就寝する前に事を終わらせなければならない。俺は記憶をたどりながら、あの森の洞窟まで馬を飛ばした。

 蹄の音に重なる、はだしの足音。後ろから何かが走ってきている。


 振り向くと、さらに大きくなった「タマゴおっさん捕食者」が追いかけてきていた。


 ――かえれた! かえれた! かえれたかえれた! よこせ、たまごよこせ!


 そいつのもくろみは明らかだった。元の世界に戻ったうえで、卵を封印せず自分で持ち歩くつもりなのだ。タマゴおっさんは走りながらうわごとのように繰り返していた。


 ――じゆう! じゆうよこせ!!


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る