真実のルール

 タマゴおっさん捕食者はどこまでも追ってきた。厄介な奴だ、こう追いすがられては卵の封印が果たせない。

 俺は馬首を巡らしてタマゴおっさん捕食者に向き直った。


「なに」


 向こうも足を止めてこちらを凝視した。巨大な顔を彩る模様の不快さに精神が負けそうだが、とにかくここはやるしかないのだ。

 剣を抜いてタマゴおっさん捕食者に斬りつける。王国を危機に追い込んだ暴竜を屠った、神鉄の長剣ナーゲルリングがタマゴおっさんの顔をざっくりと断ち割った。


「いたい! いたいいたい!!」


 驚いた。あんな姿でも普通に痛覚はあるらしい。わめきながら俺をつかもうと伸ばしてくるそいつの腕を、下から跳ね上げた剣で斬り飛ばした。


「お前がこっちの世界に現れてくれてよかったぜ……向こうじゃ時給にしてたかだか900円のファミレス店員だが、こっちの俺は救国の英雄だ! 100万ゴールドの剣も預けてもらえるし馬にだって乗れる――だから、こっちでならお前を倒せる!」



 とはいっても実は、こいつはそもそも殺すことができないタイプの魔物だ。ただし、「卵」に縛られている今は、肉体を破壊されてから復活までにしばらく時間がかかる。

 復活の際の位置は、破壊された日の日の出の時間にいた場所と定められている。つまりゲームで言うところのリスポーン地点に戻されるのである。おそるべし、エルフの魔法技術。


「お前が俺の街で食い散らかした人間たちの無念……その報い、少しでも受けるがいい!」


 卵の頭を横なぎにスライス。べつに黄身が出てくるようなことはなく、タマゴおっさんはぶるぶると身を震わせて街道沿いの草地の上に倒れた。


「ま……またくる」


「いや、来なくていい!」


 憤然と言い返す俺の目の前で、怪物は雲散霧消して消え失せた。再び、馬に乗って先を急ぐ。いくつもの丘を越え、落ち葉が厚く積もった森の奥にやってきた。

 記憶にいまだ新しい洞窟へと踏み込むと、そこは生気を失ったように薄汚れ、コケやツタに覆われつつあった。


「隠し通路は……まだあったか」


 壁の石材をスライドさせて先へ進むと、そこには大理石の祭壇の上に、「卵」と同じ意匠で作られた台座が残っていた。腰のポーチから金色に輝く「捕食者の卵」を取り出し、そっと安置する。

 祭壇全体にぼうっと光がともり、黄金の卵から、最初にここで手に入れたときには気づかなかった小さな小さな声の呪詛が、途切れることなく流れ始めた。


 ――ちくしょうちくしょうなんでこんななんでこんなおれだけおれだけさみしいつらいにくいにくいうまいのたべたいうまいのじゆうじゆうじゆうくれ――


「いやな精神性してるなあ、お前」


 何となく、ダメな時の自分を見ているようで心が痛い。こっちの世界ではまずそんな感じにはならないのだが、現世ではやはりいろいろある。


「まあとにかく、さよならだ」

 

 隠し通路の扉を閉じ、しっかりと封印して洞窟を出た。まもなくここにはエルフの高位魔術師たちが、洞窟そのものを封印にやってくる。


 俺はどうにか夜には王宮に戻り、ふたたび床に就いた。広すぎる寝床の中で今回の件について考えた。一つはっきりと分かったことがあった。

 

 俺は、自分の異能について大きな誤解をしていた。俺がこれまで持ち帰ったものは、大きく分類すればもともと持っていたもの(例:手斧)、明示的に与えられたもの(例:昨晩の金貨)、そして自分で手に入れたもの(例:「捕食者の卵」)だった。

 つまり。眠りに落ちる前に手にしていたものを何でも一晩に一つ――これは誤りなのだ。


 正しいルールはこうだ。

 自分が「所有した」と認識したものを、手に触れた状態で一晩に一つ。


 これまで夢の中――フォレスティアに物を持ち込めなかったのは「自分の所有物として」意識していたせいだったのだろう。で、あるならば。



         * * * * * * *



「ただいま」


 目覚めると、シルフリートが俺の寝顔を覗き込んでいた。


「どう……でしたか?」


「ああ、うまくいったよ。捕食者の卵を返還して、あいつを封印してきた。何かよほどのことがない限り、もう現れることはないだろう」


 どちらの世界にも。


「よかった……よかったですスオウ様……」


 安堵と喜びを全身でぶつけてくる、色白で尖った耳の美少女。


 ああ――俺は痛感した。シルフリートは可愛い。できる事ならばいつまでもこちらの世界で一緒に暮らして欲しい。だが、こちらの俺にはそれは今のところ叶わないことなのだ。だから、俺はなんとしてもここで決心しなくてはならなかった。


「……シル。大事な話がある。今回のことでわかったが、君は、フォレスティアに戻れるんだ。戻らなくちゃならない」


「えっ。そんな……それではスオウ様は……またお一人で……この狭い部屋で?」


 ゴブリンの巣穴、と言わなくなってくれたのが、妙にうれしかった。


「大丈夫さ。フォレスティアへ行けばいつでも君に会える。そう、そして俺はいつでもあっちへ行けるんだ」


 

 その日一日、俺はわき目も振らずに働いた。


 帰りのコンビニで、一番高い弁当と安いボトルワインを買った。デザートにはブルーベリーヨーグルトと、一パックに二個入りのチョコレートケーキ。

 精一杯の豪華な食事をすませ、シャワーを浴びた。すすり泣く彼女をなだめながらこの世の名残とばかりに心ゆくまで彼女を抱いて、そして手をつないで眠った。


 毛布の中で一心に念じる。シルフリートは、「俺のもの」ではない。

 ものではないし、俺のでもない。フォレスティアの未来を担う、全国民の希望の灯。エルフたちみんなの、この上なく尊い王女プリンセスなのだ――


 

 そして目覚めたのは王宮のベッド。寝床の中は温かく、そして隣にはしっかりと、シルフリートのなめらかな重さが横たわっていた。

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