夢路の宝は返品不能!?

冴吹稔

起きたら隣でエルフが寝てた

 ジリリ ジリリ ジリリリリリ――


 目覚ましが鳴っている。うるさい。あーあー聞こえない、いや聞きたくない。

 必要もないのに目覚ましをセットして寝てしまった、自分の間抜けぶりに腹が立つ。布団の中から手だけを出してまさぐれば、吸い寄せられたように俺の手は百均ショップで買った掛け値なしに百円の目覚まし時計をつかんでいた。


 無慈悲にスイッチオフ。俺の安眠と幸福な二度寝を邪魔することは誰にも許されない。なんとなれば今日は日曜日であるからだ。それも三週間ぶりにシフトが入っていない正真正銘の日曜日だ。

 俺はこのまま寝ていてもいいし、近所のコンビニに朝飯を買いに行ってもいい。なにせ歩いて一分の距離のところにある。

 ふところ具合は寂しいが、一斤八十円の食パンと、あとはひと房九十円のバナナでも買えば、まあ三食やり過ごすことはできるだろう。


 いつもは録画しておいて観るしかない日曜朝のキッズ向け番組を、リアルタイムで楽しむこともできる。

 いいじゃないか、好きなんだから。マスクドヒーローはこれで何代目だったっけか。


 ……いや、もう少し寝ていたい。昨夜の夢の余韻をもう少し味わっていたい。一か月間見続けた壮大な夢が迎えた、素晴らしいエンディング。

 広大なシルヴァンフォレスト大森林を統べる、エルフの王国フォレスティア。その最後の継承者である王女を助けて冒険を繰り広げ、邪悪なる暴竜ドラグナスを打倒して王女と名実ともに結ばれる大団円。

 俺とシルフリート王女は目くるめく初夜を終え、二人睦まじく手をつないで眠りに落ちた。繊細で柔らかな手のひらと指の感触はいまだ現実のもののように消えず――


 ……消えず。まことに消えず。


(ちょっと待ったあ!!)


 恐る恐る、目覚ましをつかんだのとは反対側の手に意識を集中する――左手の中に、誰かの手を握っている。そういえば先ほどから左肩に触れている温かなものは何だろう。

 ああ、理解したくない。俺自身よりもわずかに高い体温。そして静かな寝息。


 俺は布団をはねのけて隣にいる誰かを確認してもいいし、そのまま相手の体をまさぐってもいい――いやよくない。

 ばさっと布団をはねのける。空気の流れにひかれて絹のようなプラチナブロンドの髪が宙に舞い、白磁のような白い肌が作る曲線美が目を射た。


 ――やっちまった……

 俺は頭を抱えた。いっそ死にたい? じゃあ14へ行け。


 暖房は切ってある。十一月の朝の空気にさらされて、寒そうに自分の肩を抱いたアイスブルーの瞳を持つ少女――シルフリートは俺を見上げてきょとんとした顔になった。


「スオウ……様?」


 そう。やっちまったのである。俺、舞田周防まいだすおう二十八歳は、こともあろうに夢の世界から女の子を拉致して現実こっちの世界に連れてきてしまったのだ。

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