お一人様おひとつまでなんです
なぜこんなことになったか――
俺には一応事のいきさつと理由は分かっている。わかっているだけに自分の間抜けさ加減が許しがたい。
「シル……すまない。取り返しのつかないことをしてしまった」
「スオウ様……少し背が低くなって輪郭が崩れてるような気がしますけど、スオウ様ですよね? ええ、私にはわかりますとも。でもここはいったいどこなのですか。見たこともないものが低い天井から下がっていますし、ごみごみしていて、まるでゴブリンの巣穴のようです……いえ、入ったことはありませんけどほら、ミザール村からさらわれた女の人をスオウ様が助け出してた時にお話を――」
例えがひどいよ、シルフリート。
「前にも話したと思うけど、俺はフォレスティアのある世界の人間じゃないんだ……そして、ここが俺の世界の、俺の家――正確には下宿の部屋だ」
「ここはスオウ様の家……そうだったのですか。それなら安心しました……あ、あの。昨晩は、その」
シルフリートは昨夜の――夢の中での交歓を思い出しているのか、鼻の頭から目元まで真っ赤にしてうつむいてしまった。
僕は布団の周りをぐるりと見まわし、彼女の下着も服も一切見当たらないことを確認して、深く絶望した。
そりゃそうだ――持ち込めるものは一つなんだから。
そう。俺はファミレスのバイトで食いつなぐ平凡でしがない根無し草だが、一つだけ異能と呼べるモノを持っている。それは夜ごとの夢の中から、選択して手に取った何かを現実世界のこちら側に持ち込める、という能力だ。
制限は一晩の夢につき、一個。夢の世界で眠りに落ちる直前に手にしていたものをなんでも。
シルフリートの後ろの壁には、俺がこれまで向こうで手に入れた、なおかつこっちへもってきても冒険に差しさわりのないものがいくつか飾られていた。魔物の軍勢に持ち去られて酒場の店主を嘆かせていた、金箔押しの看板。純金で作られ巨大なルビーや七宝らしきもので飾りたてた、イースターエッグめいたもの、などなど。
残念ながらこれを盗品でないと証明するいかなる手段もないため、俺はこれらを換金することができないのだが。
「落ち着いて聞いてほしい、シル」
「はい、スオウ様?」
「俺は君の世界に現れるとき、こっちで眠っていた。つまり、君の世界は俺にとって夢の中のことなんだ。それを、俺は君をこっちへ連れてきてしまった……君はおそらく、もうフォレスティアのある世界へ帰ることはできない」
「ええっ……じゃあ」
「君はもうここで俺と暮らすしかないんだ……すまない。君には向こうでやらなければならないことが……フォレスティアの国民のために果たすべき務めがあるというのに」
土下座の姿勢で彼女の前に両手をつく。だが、シルフリートは俺の頭を両手で抱きかかえるように、その張りのある豊かな胸へ押し付けた――これはたまらん。
「昨晩のことは夢ではありません。あなたにも、私にも――大変なことになってしまったのは分かりますが、私はもう、あなたと結ばれたのです。妻です。どこまでも、お供します」
嬉しい言葉だし萌えることこの上ないが、俺はますます重い責任が肩にのしかかったのを感じた。
どこまでもお供、というが、今のままでは君、どこへ出かけることもできはしないんだが。ともあれ、俺はシルフリートをもう一度抱くことにした。
なにせ俺も初めてだった。悲しいものでこの果実の味を知って間もない者は、目の前にそれがある限りは際限なく貪ってしまうものだ。俺はシルフリートの体を後ろから包み込むように抱きながら、TVのリモコンを操作した。
画面の中ではちょうど歴代何代目かのヒーローが、OP終了とともに先週の戦いの決着をつける所――
――マグナフォース・インパクト!!
真っ赤なボディーの異形のヒーローが下半身に黄金の雷電をまとい、六角形のプレート状になったエネルギー体に封じられた怪人を相手に、鋭角の飛び蹴りを放つ。
――オワカレ!!
象のような鼻を持つ怪人は急に石膏でできた塊のように変質し、爆発四散した。
「お、ああ……すごいです、なんですかこの超絶的な戦技は……!」
「あ、それ子供向けのお芝居だから、ほんとにはやってないんだよー」
特撮ヒーローたちの戦いはそのあと三十分にわたって続いた。
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