ミュージカル『うたどろぼう』
――今宵、あなたの大切なものを奪いにまいります。詩泥棒――。
そんな手紙が届いたのは本日の明け方であった。
フェイラウ家の令嬢、トリスちゃんはその日、手紙を見付けるなり、メイド長であるエナちゃんを呼びつけた。
「エナちゃん、屋敷の警備をかためるのです!」
「かしこまりました、お嬢様」
エナちゃんは従順に命令を受け、すぐさま腕に覚えのある者たちに声をかけ始めた。トリスちゃんはご近所ではかなり人気のあるお嬢様だったので、これを機会にお近づきになりたいと思った人々が大勢集まった。
屋敷の庭には両手の指では足りない人数が駆け付けて、屋敷の周りを警備しはじめた。フェアリー一匹も通さないという様子で、守りは完璧だと言えるだろう。
「お嬢様、守りは万全にございます」
「ふふふっ、私の家に盗みにはいろうとする愚か者の姿を見るのが、楽しみだわ!」
にんまりと笑うトリスちゃんは、細い腰に手を当ててふんぞり返って見せた。
最近つまらなそうにしていたお嬢様を見ていたエナちゃんは、そのお嬢様の姿に内心喜んでいた。とても、活き活きとしているトリスちゃんを見ていると自分も元気になるのだ。だから、このメイド長という仕事が好きだった。
「エナちゃん、この予告を出した怪盗は、何を盗むつもりなのかしらね」
トリスちゃんは、大切なものとはなんだろうと、人差指をぱくりと加えて、考え事をした。昔、お父さんにそのクセは可愛いから続けなさいと言われて続けてきたが、誰かに言われなくても続けていただろうなあと、思った。あと、自分が可愛いことも知っていた。
トリスちゃんは、自分の指先がとても綺麗だと思っていたからだ。
「はっ、もしかして、私の指を盗むのかしら!」
「詩ではないでしょうか」
「指、どうやって取っていくのかなあ? サイコパスだよ」
「……詩だと思うんですが」
書面に、詩泥棒と書いているので、詩を盗むだろうと推察したメイド長だったが、トリスちゃんは、自分の指をまじまじと見つめて、つばが付いている爪先を取られないようにしようと防御する方法を練ることにした。
「エナちゃん、指を隠せるものを持ってきて」
「手袋でいいですか?」
「手袋か~。うーんちょっと頼りないなー」
「それではこれでどうでしょう」
そう言ってエナちゃんが取り出して見せたのは、いくつかの小さな小さな人形だった。指にはめて遊べる、所謂指人形だ。
エナちゃんはその中からひとつ自分の指先にはめてみせた。昔好きだった人形劇で遊びに使ったことがある。たしかお菓子のおまけについていて、全シリーズを集めようと必死になっていたのだ。
「あっ、これ懐かしい!」
「これを付けておけば、人形が指を守ってくれるかもしれません」
「そうかもー!」
トリスちゃんは、キャー、とはしゃいだ。
そして、指人形を見つめながら、どの子を大事な指につけようかと考えを巡らせた。可愛いお姫様の人形、馬の人形、熊の人形、弓矢を構えた狩人、一つ目小僧の人形、触手に襲われる少女の人形などがある。最後の一つはやけにリアルな出来だった。
たぶん、自分の中で一番きれいなのは人差指だ。だから、ここにはとっても強い人形に守らせなくてはならない。
人形たちはそれぞれ、私こそお役に立てます! とアピールするようにキラキラを飛ばして見せた。人形フェアリーが遊びたくて仕方ない様子だった。
「熊か……狩人ね」
トリスちゃんはこの二名のどちらかにすることにした。
「どうしよう……? エナちゃんはどっちが良いと思う?」
「どちらでも構いませんよ」
「あっ、いいかげんな事を言うわね!」
「だって、どちらにしても、私が守りますもの」
それを聞いていた人形フェアリーたちは、「クサッ」と内心思ったが、人形だったので黙っていた。
でも、トリスちゃんは、「ふへぇ」とにやけた顔をした。完全にチョロいお嬢様の姿であった。しかしながら、自分の事を大事に思ってくれる人が傍にいることを素直に喜べる立派なひとなのだ。みんなが憧れるのはそういうことなのかもしれない。だから、人形たちは、「やれやれ、まいりました」という表情で笑った。
「じゃ、じゃあ……私の指を、エナちゃんに守ってもらうわ!」
「御意」
そうして、トリスちゃんは、そっと掌を差し出し、指先をエナちゃんに差し出した。
エナちゃんは、かしづいてその手を取ると、そのまま人差指をぱくりと咥えた。
「おいしゅうございます、お嬢様……」
「ふへえ」
なんだか、熱っぽい声を出すエナちゃんに、トリスちゃんは女の子として大切なものって、なんなのか、気が付いた気がした。さっきまでトリスちゃんが咥えていた指先を、エナちゃんが咥えているのは、すごいことのような気がした。いけないことなんだけど、人に言いたくなるようなこと、みたいな。
「エナちゃん、だめよこんなの……」
「間接キッス……ですね」
「セーフかなっ……? 結婚する……? 間接結婚……?」
真っ赤になって、ぽぽぅ、と耳の穴から音が出ていきそうな気がしたトリスちゃんはそこで、ハッとなった。
「もしかして、……エナちゃんが、私の泥棒さんなの?」
「…………このお屋敷で、お嬢様の傍に手紙を置くことが出来るものは……一人しかいませんもの」
「そ、そんな……じゃあ、エナちゃんが私の大事なものを……盗みに来たの?」
そんなことってあるだろうか。
ずっと一緒に暮らして来たのに、突然信頼していたメイド長が泥棒になるだなんて……。ショッキングだけど、どうしてだろう、なんだか嬉しいようにも思える。
「な、なんだか、おかしな気持ち……」
「私は泥棒ではありませんよ」
「そ、そうなんだ、良かった」
「でもお嬢様の大事なものは、いただきとうございます」
きゃっ、きゃっ、きゃぁ~と、黄色い声が響いた。エナちゃんとトリスちゃんが抱き締めあって、転がりまわって、はしゃぎ倒しているのだ。
そんな様子が外まで聞こえてきて、屋敷の庭で警備をしていたみんなは、誰もが「尊……」とうっとりしてしまう。
やがてその声が二人の可愛らしいハーモニーになる頃、詩泥棒はそっと窓の傍から覗き込み、可愛らしく踊る二人の少女を見守った。
そうして仲睦まじく歌いあう二人が、指人形でミュージカルを演じ始めるのを見て、詩泥棒は本日の仕事を無事に完了したのであった。
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