バンバ ぷちょへんざ
「おえー! 怪盗詩泥棒だー!!」
月明りの下で大きな声をがなり立てて、アシモくんは「わー!」と気合を入れる。
アシモくんの後ろには、いつもの友達が一緒になって、『怪盗』を追いかけまわしてくれた。
しかしながら、怪盗はものすごいのだ。
(かっこいい!)
アシモくんは、一生懸命に怪盗・詩泥棒を追いかけているのに、全然追いつけなかった。
アシモくんも友達も、足の速さには自信があったので、まさか追いつけないなんて思いもしなかった。
怪盗は、段差だとか道具を巧みに利用して、アシモくんたちを翻弄する。
月夜に舞い飛ぶ怪盗のシルエットはとっても大きく、すらりとして手と足が長い。
アシモくんはその怪盗が飛び交う姿を追いかけながら、いつしか怪盗のことを『イかしてる!』と思うようになっていた。
「アシモくん、これじゃおいつけないよー」
後ろの友達、メカゲちゃんが「ひんひん」息を言わせながら舌を出して弱音を吐いた。
「がんばろ?」
「えー、つかれた」
アシモくんが、メカゲちゃんに手を出してあげたけれども、メカゲちゃんはぺたんと座り込んだ。こうなると、ぐいっとしないともう自分で起き上がらないのがメカゲちゃんだ。
アシモくんは、メカゲちゃんにぐいっとしたくないので、怪盗が逃げていった夜空をじぃっと見ているしかなかった。
「かっこいい」
「えっ? アシモくん、なんて言ったの?」
「かっこよくない? 怪盗」
「えー、わかんない。泥棒だから、だめなんじゃない?」
詩泥棒は最近みんなが噂をしている神出鬼没(しんしゅつきぼつって、かっこいい)の怪盗で、詩を奪ってしまうのだ。
詩は奪われてもいつでも歌えるから、痛いとか辛いとか、悲しいとかはない。
でも、勝手に取られちゃったので、びっくりするから、みんなお尻がしゅるんと丸まってしまう。
アシモくんたちは、ティクシーちゃんが詩泥棒されたところを見たので、すぐに泥棒を追いかけることにしたのだ。
ティクシーちゃんは、『バンバンバ、バンババン! ぷちょへんざ』を歌っていた。
みんなもそれを聞いて、ぷちょへんざをしていたところ、詩泥棒が詩を奪ったのだ。
「バンバンバ! バンバ! ボン、ボン! ドュッテゥー! ぷちょへんざ!」
「ぷちょへんざ!」
アシモくんとメカゲちゃんは手を上げる。なんて気持ちがどんどこする詩なんだろう。ティクシーちゃんは、お尻がまるまったので、追いかけてこなかったけど、やっぱり歌は最高だった。
「がんばる?」
「いや」
メカゲちゃんは、やっぱり立ち上がらなかった。
ぷちょへんざするのに、お尻はぷちょんざしなかった。
「あーあー。もう見えなくなった」
「ねえねえ、わたし怪盗のことあんまり見えなかった。ほんとにイケメンだった?」
「イケメンじゃないよ、かっこいいの」
「はぁ?」
アシモくんはメカゲちゃんに注意するように言ったけれど、メカゲちゃんからすると、アシモくんの言葉の意味が分からなかった。
カッコいいといったら、イケメン以外になにがあるというのだろう。
アシモくんは、足は速いけど、イケメンじゃないからなーとメカゲちゃんは太ももをかきながら思った。
「アシモくん、ティクシーちゃんにいいところ見せようとしたんでしょ」
「えっ、違うけど!」
ティクシーちゃんは可愛いから、アシモくんはティクシーちゃんとキスしたいはずだ。
詩泥棒をいきなり追いかけ始めたのだって、ティクシーちゃんの歌が取られたからだ。わたしのだったら、追いかけない。メカゲちゃんはそう思っている。思っていたら、なんだか急に風がひんやりとした。
アシモくんは懸命になって「ちがうけど!」と七回繰り返した。
八回目を言おうとしたので、メカゲちゃんはメンドクサイので、怪盗のお話に戻した。
「かっこいいの? 怪盗」
「だって、手と足がすごい長かったろ? あれやべーよ、同じ星のもとに生まれていない」
男の子はそういうのが好きなんだ。すぐSFとか難しいことで『分かっているんだよ、オレは』という顔をして、盛り上がる。
「ぷちょへんざ、上手だろうなー」
「あー」
手が長いとぷちょへんざは上手かもしれない。メカゲちゃんは指先も短いから、お菓子の袋の底のほうに届かないときがある。
「もう帰ろ?」
風がどんどんひやひやするから、メカゲちゃんはもう帰りたくなった。そして、ひとりになって、ベッドでうずくまりたくなっていた。アシモくんを見ていると、そんな気分になる。
アシモくんが嫌になったのかもしれない。
――勝手に走って、一生懸命ついて行ったのに、わたしじゃなくてティクシーちゃんのことばっかり考えてるんだろうから。
今日だけじゃないんだよ。いつもなんだよ、いつも。
アシモくんはいつも、ティクシーちゃんのために動いて、わたしはその後ろにちょこんとついて行くんだ――。
「つかれたよ」
「しょうがないなーメカゲちゃんは」
なんだか、涙がでそうになったメカゲちゃんは、うつむいてしまった。うつむいてから、これじゃ涙がでちゃう、とやっぱり上を向こうとした。
「はい、水」
腰につけていた小さな水筒を開けて、蓋に水を注いでくれたアシモくんがぼやけて見えた。
「なんでティクシーちゃんがいいの?」
「ち、ちがうって言ったでしょ」
「ちがくないくせに」
アシモくんはうろたえた。メカゲちゃんが怒っているようで、水筒を受け取ってくれない。これでは、ごめんねと手を合わせることもできないじゃないか。
「ティクシーちゃんが好きって言って」
「わかったよ。ティクシーちゃんが、好き」
どうにか機嫌を取ろうと、アシモくんはメカゲちゃんの言葉に合わせてあげた。ティクシーちゃんが好きなのは本当だけど、メカゲちゃんに言わなくちゃいけないのはなんだか恥ずかしい。
「メカゲちゃんは、好きな人いないの?」
自分ばかり言わされるのは不公平だと思ったから、メカゲちゃんのことも聞いてみた。
すると、メカゲちゃんはこんどこそ、わんわん泣き始めた。完全に怒らせてしまったのだ。アシモくんは同じ星の下に生まれているとは思えないほどに、鈍感なのだ。
「あ゛じも゛ぐん゛、イ゛ゲメ゛ン゛に゛な゛れ゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」
ぐちゃぐちゃの顔で泣きじゃくるメカゲちゃんは、見ていられなかった。
――いっつもそうなんだ、メカゲちゃんは――。
良く分からないところで、すぐ怒って泣くんだ。そんなメカゲちゃんは見てられない。だから、アシモくんはいつも、女の子は意味不明と口をへの字に形作る。
そんなときは、ずっと泣き止むまでメカゲちゃんのそばにいるしかできなかった。
だから、アシモくんは怪盗のことはもうあきらめて、メカゲちゃんの横に座り込んで、夜空を見上げた。
周りではリンリンフェアリーが、夜の音色を奏でていてみんなを眠たくさせようとしているのに、メカゲちゃんが大声で泣くから、アシモくんはまったく眠たくならなかった。
リンリンフェアリーは、今夜のお仕事は赤字覚悟で働かなくてはならない。深夜業務は過酷なのだ。
メカゲちゃんがわんぎゃん泣きながら、アシモくんは水筒をちびちびとやる。
アシモくんは、メカゲちゃんが泣き止むまでは絶対にそこから動かない。
アシモくんは知っている。
メカゲちゃんは涙を拭いた時、まわりに誰もいないとメカゲちゃん自身を嫌いになるのだ。自分を嫌いになってしまうのは、めちゃくちゃやばいので、アシモくんは、メカゲちゃんが泣いた時は絶対に、絶対に絶対にひとりぼっちにしないのだ。ティクシーちゃんは置いてけ堀にしちゃったのにね。
……もっとも、泣かせた原因は、いつもアシモくんかもしれないけれど。
おとことおんなはよく分からないけど、ずっと一緒に過ごしているから、分かるのだ。
(手がもうちょっと長ければなー)
アシモくんは、自分の短くカッコ悪い手を見て思った。
水筒を抱くようにして抱える自分の不格好の腕は、メカゲちゃんを抱きしめるにはちょっとばかり小さくて短い。
「バンバ、バンバンバ。ボン、ボン、ドュッテゥー」
「「ぷちょへんざ」」
短い手と手が触れあった。声と声が重なるのと一緒に――。
詩泥棒は、月影のなか、二人の歌を静かに聞いていた。
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