詩泥棒と異世界カラオケ店
花井有人
プロローグ
「詩泥棒?」
聞きなれない言葉に、ナナちゃんはころりと転がった後、かぷ、と喉の奥から息を吐き出した。
「そうだよ、詩泥棒だよ」
「なにそれ、おしえて」
ナナちゃんは、ガッタくんの言う『詩泥棒』が気になったので、またころりと転がって訊ねた。そしてまた、かぷ、と鳴いた。
ガッタくんは、何本かの草を引きちぎってそれをくるくる巻きながら、かぷかぷ言っているナナちゃんを見ていた。
「じゃあ、ぼくも教えてほしいことがあるから交換しようよ」
「いいよ」
ガッタくんは、草を束ねてくるくるに巻き込んで、ねじって一本のヒモを作って、笑顔になった。
「詩泥棒は、ある日、とつぜんやってきて、お歌を聴かせてって訊ねてくるんだよ」
「あははは!」
はじけるみたいに笑ったナナちゃんは、けん、と最後に吠えた。突然笑ったナナちゃんの反応が分からなくて、ガッタくんはまた訊きたいことが増えてしまった。
「何でわらったの?」
「そのひと、昨日あったからー」
「えー!」
ガッタくんは、すっとんきょうな声を上げて、せっかく作った草ヒモをぴょこぽんと投げてしまった。驚いたんだ。
「歌ったの?」
慌てて聞いてくるガッタくんに、ナナちゃんは「あ」と何かに気が付いたみたいに原っぱを見つめた。
「歌ったの!?」
ナナちゃんが答えてくれないから、むぅと眉を吊り上げてしまってガッタくんはちょっとだけ怖い声を出した。でも、ガッタくんの声は饅頭くらいの怖さだった。たぶん、ナナちゃんは怖くなかったけれど、一生懸命な様子のガッタくんがちょっとイイなーと思ったので、答えた。
「歌ったよー」
「そ、そんな! 詩泥棒されちゃったなんて!!」
「詩泥棒される?」
「ナナちゃん、お歌を歌える!?」
ガッタくんは、一生懸命な顔でナナちゃんにくっついて来た。ナナちゃんは、心の中で「うひょー」と思ったけれど、言葉に出さずにガッタくんに、うんうんと頷いた。
「聴かせてよ!」
「いいよー」
ナナちゃんは、『夫婦シェイキン・樽。』を歌ってあげることにした。この間お父さんとお母さんがくんずほぐれずをしていたのを見てしまった時、なんだか気まずかったから樽の中に隠れた時に作った。
樽の中に入ると、お父さんとお母さんのどったんばったんさわぐ音が反響して聞こえてきて、真っ暗な中で、外では何が行われているのかなと考えると楽しかった気持ちが溢れた詩だった。
見事に歌い上げたナナちゃんは、ドヤとガッタくんに手を振った。
ガッタくんは、「おぉおぉ」と感激したみたいにナナちゃんの歌を聴いて、安心したようだ。
「詩泥棒じゃなかったのかな」
「なにが?」
「歌ってあげると、歌を盗んでいくんだよ、詩泥棒」
「えー、やばいじゃん」
「どんなヤツだったの? ナナちゃんに歌を聴かせてって言ってきたのは」
「ガッタくん……」
ナナちゃんは、赤い顔をして、ガッタくんのほっぺにツツンと指を押し付けてみせた。あんなに必死に歌を聴かせてなんてくっついてくるガッタくんは、情熱的だなとドキドキした。なんだかお尻がむずむずする。
「ちがうよ! ぼくの前の詩泥棒だよ!」
「えー? 男の人で、黒い髪してて……背ぃが高いのは覚えてる」
「名前は聞いたの?」
「うん」
ナナちゃんは原っぱに腰を下ろし、脚を大きく広げた。ガッタくんもその隣に座った。外からみたら、きっと二人は『おとこ』と『おんな』に見えるだろう。ナナちゃんは自分が大人になったと思った。ナナちゃんはちょっとすごかった。
「その人の名前は、ヤマダシンゴって言ってた」
「ヤマダシンゴ? むつかしくない?」
「絶対、偽名だね」
「泥棒だもん」
その時、空に泳いでいたシャボンフェアリーが、はじけて死んでしまった。ぱちんと小さな音だったが、「おっ」とちょっとだけ驚いた声をだしたガッタくんは、ビビリじゃないことをアピールするように、草を引っこ抜いた。
シャボンフェアリーは死んでしまったけど、まだいっぱい空に泳いでいる。それにフェアリーは死んでも明日になったらまた生まれてくる。雨が降ったらみなごろしになるけれど、それまではずっと空で泳いでいるのだ。シャボンフェアリーは雑魚いけれど、一生懸命に浮かんで泳いで破裂する健気なやつらだ。
「ね、ねえ、ガッタくん」
「なんだい?」
「ガッタくんも聞きたいことがあったんじゃないの?」
「あっ、そうだった」
ガッタくんは、千切った草を振り回してナナちゃんの事をまじまじと見つめてきた。
ナナちゃんは、ガッタくんが割と好きだったけど、さっき身体を強く触られてから、かなり好きに変わった。もしかしたら、つぎは夫婦になるかもしれない。夫婦になるのは『キッス』をするので、ナナちゃんは、ガッタくんの唇ばかりみてしまった。ナナちゃんはちょっとすごいのだ。
「ナナちゃん」
「う、うん」
「どうして、さっき、転がってたの?」
「えっ………………………………」
「えっ……?」
二人は見つめ合ったまま、つぎのシャボンフェアリーが死ぬまでそのまま、ぼんやりし続けた。
シャボンフェアリーが「ぱちん」と割れたので、「ぉっ」とガッタくんは上目遣いになった。ビビリじゃないよと言いたげに、もう一度ナナちゃんに怖い声で聴いて来た。ナナちゃんは羊羹くらい怖いと思った。
「どうして転がってたの?」
「喉に……魚のホネが刺さってて。回転したらでてくるかなーと思ったので、転がっていた」
「出たんだ?」
「ううん、出なかった。でも、ガッタくんが笑わせてくれたとき、飛び出てきたよ」
そこで二人は「いえーい!」と握手した。きっと今日、二人出逢わなかったら、ナナちゃんの中に突き刺さった切なさは、きっとずっと残ったままだったのだ。
ガッタくんは、ナナちゃんの切なさを埋めてくれる尊いひとなんだと、ナナちゃんは気が付いた。
ガッタくんは、実はずっとナナちゃんが好きだったから、カッコ悪いとこを見せたくなくて、シャボンフェアリーの割れる音に驚かないように頑張っていた。
二人は、立派な『おとこ』と『おんな』になったのだった。
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