キミは 歌わないから

 フェアリーフェスティバル。

 それは常日頃、働き続けているフェアリーたちが休みをとる休日祭。

 その日ばかりは、空に浮かぶシャボンフェアリーも、慰めてくれるドンマイフェアリーも、ちんぱっぱフェアリーも、みんなゆっくり休んでいるのだ。


 そんな日はみんなで集まり歌って踊る。

 それがフェアリーフェスティバル。太古の昔から繰り返されてきた由緒あるお祭りなのだ。


「やーやー、みんな集まったかーい!?」

「やんややんやー!」


 やぐらの上のニョビくんが、真っ白な長いヒモを腰から下げて大仰に声を張り上げた。その手には大きな草が握られている。

 やぐらの周りには多くの人たちが集まり、みんながニョビくんを見上げて拍手している。どの人もみな、腰にヒモだったり布だったりを巻き付けていて、その手にはニョビくんと一緒の草が握られている。これがお祭り参加の証なのだ。

 そんな大衆の後方に、ひときわ目立つ大きな人影があった。それは知る人ぞ知るヤマダシンゴというカラオケ屋さんだ。

 ヤマダシンゴも、みんなに倣って腰にベルトのようにヒモを巻き付け、後ろ側に一本垂らしていた。こげ茶色の地味な色合いではあったが、立派な参加証明になっていた。


「あらあら、そんなに後ろの方にいないで、前にいってみたら?」

 大きなヤマダシンゴが後ろのほうでお祭りを見ていたのを見付けたチャチャちゃんがのんびりした口調で声をかけた。チャチャちゃんのヒモは真っ黒でつやつやしていた。


「ああ、ありがとうございます。でも、僕は大きいのでここからでも十分ですよ」

「うふふ、本当に大きいのねぇ。立派ねえ」

 小さな氷がカランと音を立てるときのように綺麗な笑い声で上品に笑うチャチャちゃんは、おそらく『イイトコ』のお嬢様なのだろう。気品にあふれていて、余裕たっぷりの物腰だ。

 手に持っている小さなリンゴ飴を大事そうに両手で持っている姿は可愛らしい。チャチャちゃんは『草』を持っていないのかと思ったら、帯の後ろに差し込んでいて背中のあたりからチラチラと草が覗いていた。


「僕のことはお気になさらず、どうぞ前に行ってください」

「うふふ、わたしも大きいから、ここでいいわ」


 そう言うと、ヤマダシンゴの隣にちょこんと座った。

 大きいとはいうが、座っているヤマダシンゴの横で座り込むチャチャちゃんは、それでもヤマダシンゴの肩よりは小さい。

 ヤマダシンゴが立ち上がれば、チャチャちゃんの頭はみぞおちくらいのところに来るだろう。頭突きをするとヤバイのだ。

 二人並んでやぐらを見上げていると、上に上っているニョビくんが身振り手振りを大きくクルクルと回り始める。


「レディースアンドジェントルメン!」

「やんやー!」

「これから始まるのは、フェスティバルの開会式! 歌って踊ろう『レジェンダリー』!」


 ニョビくんの合図で、周りは一斉に盛り上がった。そしてみんながそれぞれにやぐらの周りで輪になって、手に持つ『草』を天にかざす様に構えた。

 それを見ていたチャチャちゃんも、リンゴ飴を片手に持ち直し、ヤマダシンゴにくるりと背中をみせた。


「ちょっと取ってくださいますか?」

「はい、どうぞ」


 チャチャちゃんの帯に刺さっていた草を抜いて、その手に渡すと、チャチャちゃんもみんなのように草を上にかざす。


「あら。あなたはおもちじゃありませんの?」

「ああ、はい。僕は……」


 ヤマダシンゴはちょっと困ったような笑顔を見せて手ぶらであることを示す様に両手を広げた。

 そんな大きな手をしているのに、何ももっていないなんて、もったいないなと思ったチャチャちゃんは、自分の持つ『草』の手をヤマダシンゴに差し向けた。


「一緒にしましょう」

「し、しかし……」

「レディのお誘いを断ってはいけませんわ」


 左手でリンゴ飴、右手で草を握るチャチャちゃんはとびっきりのウインクをしてみせた。そして、右手をそっとヤマダシンゴの左手に近づける。


「畏まりました」


 ヤマダシンゴは少しだけ困った顔を緩めて、その草を握る手をそっととった。

 二人の手と手が繋がって、ひとつの『草』を握る。そしてそれを空へと向けた。美しい青空にいくつもの草が掲げられた。


 『草』は、まるで『すすき』のような見た目をしている。ながぁい茎の先端に花穂がしなだれているのだが、そこにはタネのようなものがくっついていた。

 ヤマダシンゴにはその草の名前は分からなかったので、ハナススキと勝手に命名しておいた。


「しゃん」


 やぐらのニョビくんが音頭をとった。

 その声と共に、大きく持ち上げたハナススキをゆったりと振り下ろす。


 ――しゃん――。


 すると、ハナススキのタネが揺れ、まるで鈴のように音を奏でた。

 鈴のようではあるけれど、それはまるで風にそよぐ草花のような『さわさわ』とした静けさもあった。


「しゃん」


 ――しゃん――。


 ヤマダシンゴと手をつなぐチャチャちゃんも一緒に手をゆったりと振り、ハナススキを奏でると、あっという間にお祭り会場は「しゃんしゃん、さわさわ」でいっぱいになった。


「しゃん、しゃん、しゃん」


 しゃんしゃん、さわさわ、しゃん、さわわ――。


「しらなーかったーよー♪」

『しらなーかったーよー♪』


 ニョビくんの歌から始まり合唱が紡がれていく。ヤマダシンゴは『歌詞』を知らない。

 ヤマダシンゴは歌えない。


 となりのチャチャちゃんは、ヤマダシンゴの隣でにっこりと笑って、歌っていた。


 ♪――しらなかったよ。

 ♪――まいにち はたらくキミのこと。


 ♪――しらなかったよ。

 ♪――キミは 歌わないから。


 ♪――いっしょうけんめいなのは いいんだけど。


 ♪――むだをゆっくり たのしもう。


 ♪――だって むだは いっしょにいてくれる。

 ♪――やくそくになる。


 しゃんしゃん、しゃらら。


 さわわ、さわわ。


「フェアリーフェスティバル! かいまーく!!」

「やんややんやー!!」


 開会式は滞りなく進んだ。讃美歌のような神秘的な詩のあと、ニョビくんが一番手となって、やぐらの上でポップな詩を披露したあとは、みんながこぞってやぐらに上がり、歌を披露する大宴会がはじまるのだ。

 歌い踊り、腰に巻き付けているヒモがふりふり揺れていた。

 ヤマダシンゴはそんなお祭りをただただ、遠くから見つめていた。その瞳がみているものはなんだか楽しいお祭りとは違うようにも見えるのはなぜなんだろう。


「不思議なお祭りですね……」

「なんだか、昔は色々と難しいお話なんかもあったんですけれど、最近はそういうのも無くなってきてますわ」

「それは良かったですね」

「……? 良かった? どうしてそうおもいますの?」

「今のお祭りが、とても楽しそうに見えるから、でしょうか」


 ぽろん、という小さな木の実を落っことしたみたいな笑顔をした大きなヤマダシンゴを見て、チャチャちゃんは「なるほどなー」とリンゴ飴を少し齧った。

 リンゴ飴の甘味と酸味がとろんと口に広がって、チャチャちゃんはそっと瞼を閉じた。


「難しいお話は忘れてしまったんですけれど、あの歌だけはずっと遺って続いていますわ」

「無駄を、楽しもう――ですか」

「忙しなく働くフェアリーのための詩なのですわ」


 うん、とヤマダシンゴは頷いた。

 なんと優しい詩なのだろう。

 その想いをずっと忘れずに紡いでいてくれる彼らは、尊い存在なのだと、教えてくれる。


「わたしも、そろそろ歌ってきますわ!」


 リンゴ飴を食べ終えたチャチャちゃんがすっくと立ちあがり、腰を軽くふりふりしてみせた。


「行ってらっしゃい」

「……ところで、あなたは歌いませんの?」

「ええ、僕は……歌えませんから」

「うふふ、それじゃまるでフェアリーみたいですわね」


 ころころと笑ったお上品なチャチャちゃんは、ふわりを舞うように駆け出した。

 彼が歌わないならわたしがその分歌って差し上げますわ。そんな風に張り切っていた。

 やぐらに駆けていくチャチャちゃんの後ろ姿は、本当に嬉しそうだった。

 お祭り気分は、お嬢様を少女にしてしまうのかもしれない。


 ぽつんとお祭り会場の後ろの方で座っているヤマダシンゴは静かに、詩を聞いていた。


「え・えー。ここで実行委員会からのお知らせです。ご来場のかたのなかに、詩泥棒様、詩泥棒様はいらっしゃいませんでしょうかー」


 やぐらに登ろうとしていたチャチャちゃんの前に、実行委員会のレーくんがお知らせを挟んでいた。

 ヤマダシンゴは何事かと思って、そっと立ち上がってその連絡に耳を向けた。


「詩泥棒様へお手紙がございますー。詩泥棒様、いらっしゃいましたら実行委員会のテントまでいらしてくださいませー」

「やんやー! やんやー!!」


 なんだかとんでもない報告だったようにも思うが、お祭り気分で浮かれた参加者たちは早く歌いたい踊りたいと、連絡の内容はあまり気にしていない様子だった。

 ヤマダシンゴは、ポケットに忍ばせていた『スマートフォン』の録音を停止して、テントを捜した。


 その後、実行委員のテントで「あのう、詩泥棒なんですが」と、挨拶をしに行くのはちょっとばかり滑稽だった。


 そして、手紙を受け取ってそれを読み上げ――。


 その後は実行委員会の面々とやぐらに上って、一緒に歌おうとせがまれることになるのだった。

 歌えないヤマダシンゴは、口笛を披露し、会場のみんなを魅了した。


 フェアリーフェスティバルは、その日一日大いに盛り上がり、誰もが例の難しい言い伝えなんか忘れていた。

 たった一人、その言い伝えを記憶しているのは詩泥棒だけなのだ――。


 ヤマダシンゴは思う。

 彼らにはそんなものは必要ない、と――。

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