第9話 ブライトンさんの願い

 獣人は同種でコミュニティを作っているわけじゃないけれど、パートナーは同種になりやすい。それは種族の特性に癖があるから自然なことだよね。いわゆるの時期がある種族もあるし、体毛の有無や生活習慣の差もあるからまったく不思議じゃない。

 もちろん、人間と獣人の組み合わせもあるし、哺乳類系と他の種族の組み合わせもある。だけどやっぱりまだ少数だ。


 シャーロットタウンでは経験しなかった獣人の性質に、このサンドニタウンで出会った。この街で仕事してそろそろ三年が経つんだけど、時間を重ねないと判らない性質があって、その一つが鳥類系の……オシドリ系獣人の性質だった。


 オシドリの雄は飽きっぽい。

 毎年パートナーを替えて交尾する。


 鳥ならば、それでも構わないのかもしれないけれど、獣人となると話は別なんだ。

 雄の性質を色濃く受け継いだオシドリ系の獣人はとても大変だ。さほど受け継いでいなくても苦労はあるらしいけれども。

 とにかく色濃く受け継いだオシドリ系の獣人の雄は、自分の飽きっぽさに悩んでいる。パートナーへの愛情が急速に薄くなっていくのが嫌で嫌でたまらないんだ。


 そこで僕等に相談が来た。

 今のパートナーの外見や匂いを、年に何度か変えてもらえないだろうかってね。

 冬が近づくとパートナーへの愛情が薄まっていく速度が強まるので、秋には特にお願いしたいと。パートナーから感じる何かしらに変化があると、気持ちの変化も抑えられるらしいんだ。


 鳥類系獣人についてはサリエが詳しい。

 以前、手足の指がゴツいのを気にしたフクロウ系獣人のケアをしてから、鳥類系獣人の悩みを解決しようといろいろと調べてきた。おかげで鳥類系獣人のお客さんが増え、口コミでオシドリ系のお客さんも来たというわけなんだ。


 だけど今回は、男性側の都合で女性側をケアするということ。

 体臭を変えるのは、薬剤を入れた入浴を続けて貰えば可能だ。だけど、肌に合う薬剤を選ばなきゃいけないから検査も必要。

 髪のスタイルや色も、理髪店でやってくれるだろう。


 でも、お金もかかるし、女性側の気持ちを大切にしたいことだから、男性側の要望だけで進められる話じゃない。


 だから、「パートナーと一緒に来て下さい。お二人と話してからじゃないと受け付けられません」とサリエはきっぱりと伝えた。当然だよね。


 ……そして後日、二人揃ってやってきたんだ。


 オシドリ系男性のパートナーは、マガモ系獣人女性だった。

 背中に羽毛が生えていて、オシドリ系とマガモ系ではその色に違いが出るという。また、外見にも違いがあるらしく、カモ系の獣人なら見分けがつくとのこと。だが、僕のような人間や、獣人でも他の種族にはさっぱり判らない。

 数多く接していれば判るのかもしれない。でも、今の僕等にはまったく判らなかったよ。

 パートナーの女性は、ゆるやかなウェーブがかかるやや薄めの茶褐色の肩までの髪。黒い瞳に優しげな色を浮かべた温和な空気をもつ方だった。


「種族の特徴と言われても、毎年冬が近づくたびに他の女性に目が向くようじゃ……」


 そう言って、結婚には前向きになれないのだと、目尻に皺を寄せて少し悲しそうに笑う。


「良い人なのは判っているんです。きちんと話を聞いてくれるし、仕事も頑張ってます。私にはそそっかしいところがあるんですけど、それも笑って受け止めてくれるんです。……でも……」


 二人の顔を見比べながら、サリエは黙って話を聞いている。いつトリミング用の検査に向かうことになっても良いように、女性の肌や髪を僕は観察していた。


 イライザはトリミング用の器具の手入れや薬剤の補充。トニーは接客中。

 必要な検査を指摘して貰えるように、ブライトンさんが同席してくれている。


「お気持ちは判りました。それで、彼氏さんはうちのサービスで対応できるところはやってみたいと仰りました。彼女さんは……どうお考えです?」


 トリミングで対応できるところは対応する方針で良いのか、サリエは彼女に訊いた。


「……今年うまくいっても、来年は? 来年もうまくいっても再来年は? この先ずっと毎年心配しなければならないのは……」


 うん、そうだよね。今年うまくいったとしても先のことは判らない。

 このこと自体は、どんなカップルでも同じことだけど、トラブルが生じる可能性がとても高い相手と判っているから、他のカップルより不安が強いのも当然だ。


 それに、ここまで話を聞いてきて大きくなってきた疑問がある。

 ただ、それはカップルの事情に踏み込むような気がして僕は口にできずにいた。


「立ち入ったことを言うね」


 ずっと話を聞いていたブライトンさんが口を開いた。


「彼氏さんは、自分の事情に彼女さんを合せさせようとしている。種族の性質だからと、自分自身に対しては逃げている。そんな姿勢じゃあ、この件でうまく行っても他のことで破綻するよ」


 ああ、言葉にできずにいた僕が感じていたことをブライトンさんが言ってくれた。

 ブライトンさんはきつい口調で話を続けた。


「私もそうだが、結婚して長く続いている夫婦ってのはね。出会った当初の愛情をずっと持ち続けているわけじゃないんだ。もちろんずっと変わらない愛情を保ち続けている夫婦も居るだろうけど、とても少ない」


 彼女さんは顔を横に向けて彼氏さんの反応をじっと見守っている。


「じゃあ、長続きしている夫婦には愛情がないのかと言えば、それは違う。最初の恋愛感情とは違う種類の愛情や他の感情があるから続くんだ。例えば、夫婦愛だったり尊敬だね」


 彼氏さんは怒る様子もなく、ブライトンさんの言葉に耳を傾けている。

 

「彼氏さんに不利な面があるのは判るよ。種族の特性が足を引っ張っているという点も理解できる。だけどね? 恋愛感情があるうちに彼女さんを尊重できるようにならなきゃダメなんじゃないかな? 他の種族の方より短い期間で、尊敬できるところをたくさん見つけなきゃいけないんじゃないかな?」


 それはそうだな。

 意識したわけじゃないけれど、イライザの良いところを一緒に仕事しているうちに僕も見つけた。いつも支えようとしてくれる姿勢に感謝している。


「その努力をしているかい? 恋愛感情が失われても彼女さんを大切にできる自分になろうとしているかい?」


 恋愛感情の先にある愛情をわざわざ意識しなくちゃならないのは大変だろうな。僕は意識せずにイライザの中に見つけられた。だけど、彼氏さんの場合は、期限が区切られていて、それは一年と短い。そこは同情する。


「自分の努力だけでは届かないところを、彼女さんに補って貰うならいい。でも今は、彼氏さんの努力が足りないから、彼女さんはこの先に不安を強く抱えているんじゃないかな?」


 そうそう。彼女さんの話を聞いていて、僕も同じことを感じていた。彼女さんがこうしてくれれば上手く行くんじゃないかという話ばかりで、彼氏さんの努力が見えなかったんだ。


「もう一度二人でとことん話し合ってごらん? 彼氏さんの気持ちを彼女さんが認めてくれるなら、彼氏さんのお手伝いすることもできる。例えば、ホルモン注射なんかで多少は種族特性を和らげることもできる。でも、その治療は良いことばかりじゃない。彼氏さんも大変な場面が出てくる。今日のところは詳しく説明しないけれど、人によってはとても辛いかもしれないんだ。だから勧めはしない。でも、それでも彼女さんと長く過ごしていこうという覚悟があるなら相談にのる。ここに居るアレックスもサリエも相談にのるよ」


 彼女さんが見守る中、彼氏さんはブライトンさんの話を真顔で聞き終えた。

 

 正直なところ、個人的な事情の話だからと、余計なお世話だと、彼氏さんが怒るのではないかと僕は心配していたし、チラチラと彼らを見ていたサリエもビクビクしていたんじゃないかな。


 だけど、最後まで話を聞き終えた彼氏さんは、ブライトンさんにペコリと頭を下げた。


「判りました。もう一度二人で話し合ってみます」


 彼氏さんもずっと悩んでいたのだろうな。

 だから怒らなかったんじゃないだろうか?


 本当のところは判らないけれど、僕にはそう感じられたんだ。


「またのご利用を心からお待ちしています」


 いつもの挨拶を終えたあと、ブライトンさんは僕とサリエに近づいてきた。


「年寄りの余計なお世話なのは判っていたんだ。でもな? あのままじゃ、別れる他はない……そんな感じだっただろ?」

「そうですね」


 苦笑しつつ話すブライトンさんにサリエは頷く。


「オシドリ系の獣人は浮気性。そんな見方で固まっちゃうのは嫌でね。他の種族よりオシドリ系の男性は努力すると見られるようになればなと……。でもやはり余計なお世話だったな」


 そう言って医院へ戻っていった。

 

 ブライトンさんを見送った僕とサリエは顔を見合わせた。

 うん、あの二人が上手くいってくれるといいと、ブライトンさんの言葉から彼らなりの答えを見つけてくれるといいと、そんな気持ちを共有していた。


「さ、次のお客さんが待っている」


 サリエの肩をポンと叩いた。

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続 落ちこぼれ魔法師のトリマー 湯煙 @jackassbark

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