第8話 誇りを求めて

 サンドニタウンにポップミュージックの有名なバンドがやってくる。

 他の村での演奏旅行ツアーの途中、スケジュールがちょうど空いていたのをワグナー村長が嗅ぎつけ、頼みに頼んでこの村でも演奏して貰えることになったんだって。

 娯楽などないサンドニタウンでは、村中が楽しみにしているんだ。


 獣人だけで構成されていて、人間種が一人も入っていない、とても珍しいバンドだ。

 

 演奏日前日、メンバー全員をトリミングすることになり、担当はトニー、助手はサリエに頼んだ。

 僕とイライザは、予約と飛び込みのお客さんをこなすことになった。


 バンドのメンバーをトニー達に任せたのには、深い理由があったわけじゃない。

 僕とトニーのどちらが担当しても構わなかった。

 トニーも僕のサポートなんかなくても十分一人で仕事をこなせるからね。


 ただ、僕は音楽は好きだし、そのバンドのことも知ってはいたけれど、トニーとサリエの方が曲もバンドのメンバーについても詳しかったんだ。


 トリミングの間の、お客さんとの会話は重要だ。

 体調のことなどを、たわい無い話しの中で聞き出したりすることもあるからね。

 

 そして、ボーカルの方の異変にトニーは気づいた。

 今回が、トニーが好きな曲を演奏して貰えるのかといった話しの中で、最近、高音がうまく出ないことがあるという言葉を聞き、では、ブライトンさんにちょっと喉を診て貰いましょうか? ということになったらしい。


 そしたら、声帯に炎症があるのが見つかったんだって。

 今の時点なら、炎症を抑える薬を飲んで、しばらく声を出さなければ手術せずに完治するとブライトンさんは保証した。

 だけど、ツアーの最中だから、それは……とボーカルの方は渋ったらしい。


「お気持ちはよく判ります。ですが、治療して喉を休めれば元通りになるんですよ? 完治に長くかかっても数ヶ月といったところです。今、無理をしたら手術しなければならなくなるかもしれず、その場合、元通りの声に一生戻らないかもしれません。そこをよく考えてくださいませんか?」


 演奏を楽しみにしているお客さんのことを思うボーカルの方の気持ちは、ブライトンさんには判っているようで、無理にでも休ませることはできないと思っていたらしい。


 すると、トニーが左足の怪我跡を見せて話したそうだ。


「私は、魔法戦士として戦場で戦うことに誇りを持っていました。他国との戦闘でも、国内治安のためでもです。前線で自身の力をこの国のために使える誇り。争いが終結した後、民間の方から称えられる喜び。私は生涯をかけて魔法戦士として生きていこうと思っていました……」


 トニーは続けて話した。


「だから戦傷を負った時も、たいした怪我ではない、戦いながら治していこう、そうやって戦っている仲間も多いじゃないかと考え、医者の忠告に耳も貸さず、完治させる時間を取らずに戦い続けました。そしてある日、私の左足は言うことを聞かなくなりました。このままでは戦場で足手まといになるからと、やっと完治と向き合おうとしたのです。しかし、完治はしませんでした……」


 左足をさすって、心の内を正直に話していたそうだ。


「私は弱かったのです。戦場で戦い続けられなくなるかもしれない不安を解消できないまま……戦いの場に身を置いていれば、私は大丈夫だと思えたからです。それは過ちだと後で判るのですが……。結果、私はそれまで誇りとしていた何もかもを失いました。私は軍を離れました。私が追いかけていた夢、誇りとしていたモノを、仲間が手に入れている様子を身近で感じていたくなかったのです」


「今、こうして別の仕事に就き、新たな夢、新たな誇りを手に入れています。私は再び幸福を手にいれることができました。ですが、たまに思うのです。あの時、医者の忠告に耳を傾け、自分の弱さと戦えていたならと。今の自分、今の仕事に不満はまったくありません。軍を離れたことにも後悔はありません。ですが、もし……と考えてしまうことがあるのも事実なんです」


「私の話ばかりで申し訳ありません。それぞれの人生ですから、自分の気持ちを優先すべきでしょう。ですが、私は思うのです。今、歌えないことを恐れ、その自分の弱さを隠すために、休まない理由をお客さんに求めていないかと。……生意気なことを申し上げてすみませんでした」


 トニーの話しを聞いたボーカルの方はありがとうと答え、仲間とも話し合い、ホテルでよく考えてみます……と言って帰ったそうだ。


 これらの話しをブライトンさんから聞いて、僕は胸が締め付けられるようだった。

 落ちこぼれ程度の魔法しか使えない僕でも、魔法が使えるという誇りがあった。

 全滅した就職活動でその誇りが奪われ、でも、チョココさんのおかげでささやかながらも僕の誇りは守られた。

 ちっぽけな誇りでも守られた幸せの大切さを僕は知っている。

 新たな誇りを手に入れたとはいえ、一度は全てを失ったトニーはどれほど辛かったのだろう。

 僕には想像できない。


「そうですか。トニーの思いがボーカルの方に届くといいですね」


 そうだねと言って、話しを終えたブライトンさんは医院へ戻っていった。


 その話題には触れず、僕はトニーの仕事の様子を見守った。



 翌日、僕らは役場前の広場で行われる演奏の場行ったんだ。

 どうしたって気になるからね。

 予約が入っていなかったので、演奏最初の場だけでもと、お店を閉めて皆で行った。もちろん店の玄関には、今日はお昼から営業しますと張り紙していったんだよ。


 ボーカルの方はタンバリンを持っていた。

 開演直後に、バンドマスターらしきギタリストが、しばらく歌のない演奏になるけれど、精一杯演奏するから楽しんでいってくださいという挨拶をした。

 

 ボーカルの方は決断したんだ。

 その決断をバンドの仲間が支持したんだ。


 僕は言葉には出さなかったけれど、舞台を微笑んで見つめているトニーに良かったねと心の中でつぶやいた。


 そして僕も決断した。


 トニーをブライトンさんのところで鍛えて貰おうってね。

 彼なら良い魔法医師になれる。

 魔法医師にならなくても、医療現場での経験は彼をきっと成長させてくれる。


 そしたらもっと大勢の人に求められるトニーになれる。

 その日はきっと現実になる。  


 ――この日、仕事を終えたあと、ブライトンさんとトニーと僕で話し合い、トニーは午前中、医院で働くこととなった。


 


 

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