第7話 成長のきっかけ

 シャーロットタウンにも哺乳類系獣人以外の獣人は居た。

 トリミングに来るお客さんには居なかったけれど、街中やチョココさんの所へ来る患者さんの中に爬虫類系の獣人は見たことがある。

 頭髪は生えているけれど、肌のいくらかが鱗で覆われていたよ。


 シャーロットタウンで見たことはないけれど、世界には鳥類系獣人も居るらしい。

 いや、居るんだよね。

 ……居たんだよ。


 サンドニタウンに来て、僕は鳥類系獣人と初めて会ったんだ。

 それもお客様として……。



「あのぉ、爪切りをお願いしたいのですけれど、大丈夫でしょうか?」


 その女性を正面から見た印象は、ごく普通の人間種の女性だったんだ。

 サイド側に白いメッシュが入った肩までの黒髪が綺麗な、二十代後半くらいの女性にしか見えなかった。

 

 だから、わざわざお金を払って爪切りする必要があるの?

 その時はそう思ったんだ。


 だけど、僕の前に出された手を見て、彼女は鳥類系獣人なのだと判った。


 鳥類系獣人についての知識は一応持っている。

 鳥類系には鳥類と猛禽類がある。

 獣人では、その違いが手足に出る。

 猛禽類系は、手足の指が猛獣並みに太くごつい。

 そして爪は厚くて堅く、のびるのも早い。


 羽毛は首筋から背中に生えている。

 服装次第で、外から見ただけでは鳥類系獣人と人間種の見分けはつかなくなる。

 羽毛の量や生える箇所には、個人差があるらしいけどね。


 このくらいしか知らないけれど、どのみちトリミングに来ることはないだろうなって思っていたんだ。

 思い込みって怖いよね。

 これまでなかったから、これからも無いと考えてたんだ。


 彼女の爪を見て、どうしてここに来たのかが何となく判った。

 猛獣類の獣人にもたまに居るんだけど、もともと爪が厚くなり易いのに、その中でも特に厚く堅い爪を持っているタイプだったんだ。


 だけど、これならうちで処理してあげられる。

 

「はい、大丈夫ですよ。爪が割れやすいなど、そういうことはありますか?」

「自分のことなのに情け無いのですけれど、……判りません……」


 消え入りそうな細く小さな声で恥ずかしそうに彼女は答えた。

 ああ、なるほどぉ、彼女は自分の爪が切りづらいから、いつもは小まめにヤスリで削ってるんだろうな。

 猛獣類の獣人でもそうやってケアしている人は多いから、多分そうだと思う。


「気にされることはありませんよ。でしたら多少お時間を頂くことになりますが、お急ぎでしょうか?」

「いえ、でも、どのくらいお時間かかりますか?」

「このまま切りますと、割れてしまうことがありますので、爪を柔らかくしてワックスを塗ってから切る必要があるんです。そうですね……ネイルケアしないなら、三十分くらいですね。ネイルケアもとなりますと一時間程度はいただきたいですね」


 三十分から一時間程度なら……と呟いたあと、首を傾げて彼女は訊いてきた。


「ネイルケアというのは、どういったものなのですか?」

「爪を切って形を整えるところまでは、爪切りサービスの範囲内なのですが、表面を磨いてネイルオイルを塗るサービスは別途ということになっております」


 人間種の女性ならネイルケアは知っている。

 経済的に貧しい方でも知識だけは持っている。

 でも、獣人ではまだ一般的じゃないから、彼女が知らなくても驚くことはない。


「……でも、お高いのでしょ?」


 そう言った彼女の気持ちが判る。

 やってみたい、でも相場を知らないから手を出すのが怖いんだよね。

 その気持ちは判る。

 トリミングそのものが、サンドニタウンでは新しいサービスだから、これも仕方ない。シャーロットタウンで始めた当初も、相場が判らなくて価格の心配するお客さんは大勢居た。

 馴染んで貰うまではどうしても仕方がないんだよね。


「爪切りとほぼ同額ですので、全然高いとは思いませんが、そうですね、試しにやってみますか? ネイルケアについては今日はサービスさせていただきますよ」

 

 うちの爪切りやネイルケアは、本来はオプションだ。

 そして僕のところのトリミングは、あくまでも獣人の病気の早期発見が本来の目的。その意味では、ネイルケアまでは提供する必要はない。


 ただ、お客さんからの要望を取り入れているうちに、オプションサービスが増えたんだ。ネイルケアもその一つ。


 うちは値段の設定は極力低めにしている。

 爪切りは、パンを二個程度買える程度の値段。

 ネイルケアはもうちょっとだけ高いけど、それでもパン三個程度。

 

 全身浴で使う薬剤の入ったお湯をスチームにする箱状の機材がある。

 その中に手や足を入れて数分経つと、爪は柔らかくなる。

 このスチームには、ブライトンさんが調合した殺菌と肌の健康に役立つ薬剤が、入っている。

 だからお客さんの肌の性質にも注意を払わなければならない。

 せっかくのサービスをうけて、逆に、肌が荒れたり、かゆみが出たなんてこと無いようにするのは当然だからね。

 初めてのお客さんには、問診と簡単な検査も受けてもらったりするから、提供しているサービスが高いなんてことはないと思うんだ。 

 

 とにかく多くのお客さんに、トリミングの良さを知ってもらいたいし、頻繁に利用して欲しいから、価格はけっして高くはないと自信を持っている。


 

 僕の説明で、けっして高くはないと判ってくれたお客さんは、爪切りとネイルケアのサービスを頼んでくれた。


 そして一時間後……。


「いかがでしょう?」


 女性らしいセンスで綺麗な、そして丁寧な作業をサリエが終えたあと、お客さんに確認する。


「……素敵ね」


 自分の手を眺めて、お客さんが微笑んだ。

 このお客さんはシロフクロウ系の獣人で、猛禽類特有の手足のごつくて堅く太い指がコンプレックスなのだそうだ。


 それを聞いたサリエは、長く見えるようスクエアオフに爪先を整え、柔らかみを感じられるような色……ややピンクのはいった肌色のマニキュアを塗った。

 もちろん、甘皮の処理や、爪の表面が美しく見えるよう研磨したり、手のマッサージなどもし、彼女の仕事に怠りはない。


「大きくて太いのは、種族の特性ですのでどうすることもできません。でしたら、綺麗に目立つ方向で整えた方が宜しいのではないかと思うんです」

「そうね。そうよね……」


 手をいろんな角度から見ては微笑むお客さん。

 仕事に満足して貰えて嬉しそうなサリエ。


 帰り際の精算の際、初めてのお客さんには注意も伝える。


「検査してから薬剤の調合しましたので問題はないと思いますが、お肌の性質はどうしても個人差があります。もし、かゆみや他の異常を感じたときはすぐいらしてください。ブライトン先生が治療してくださいますし、その後のケアも責任をもってさせていただきます」

「はい、判りました。……またお願いしても宜しいですか?」

「ええ、是非に。本日はご利用ありがとうございました。またのご来店を心からお待ち申し上げております」


 今まで対応したことのない鳥類系のお客さんにも喜んでいただけた。

 お客さんの笑顔とサリエの自信ある態度に、僕は誇らしく、そして鳥類系のお客さんのことももっと調べておかなきゃと思ったんだ。



「鳥類系の方へのサービスは、私が考えてもいいですか?」


 お客さんに喜んで貰えて、彼女のやる気がいつも以上に溢れている。

 うん、サリエに任せよう。

 彼女の成長に役立つ機会を提供するのは僕の仕事の一つだからね。


「うん、お願いするよ。今日の仕事はさすがだったよ。僕じゃああはできない。これからも宜しく頼むね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る